死にたくない
じわり、と涙が滲んできた。
死ぬ前に会いたいと思う人の顔。
両親でも、兄弟たちでもなく、レナに会いたい。
大好きだった漫画の登場人物でもなんでもなく、俺はレナ・ヘムズリーという女の子に本気で恋して好きなんだ。
こんな俺のことを、本当に好きになってくれた女の子を、悲しませないためにも死にたくない。
死にたくないのに……。
『大丈夫です。ヒューバート様は死にません! わたしが守りますから』
「……?」
レナの声?
そんなはずない。
レナはルオートニスに置いてきた。
聞こえるわけがないんだ、レナの声なんて。
なんだ? 死ぬ前の走馬灯?
『違いますよ。わたしの歌がヒューバート様のところに届いているんです。わたし、今歌っているんです。ヒューバート様を守るために』
「レナ……じゃあ、本当にレナなのか?」
『はい! わたしですよ、ヒューバート様』
情けないけど、決壊した。
ボロボロボロボロ、涙が止まらない。
そこにいないレナに抱き着いて、情けない声で「レナ、レナ」と繰り返し名前を呼び続けた。
「死にたくない。死にたくないよ……おれ、もっと生きていたい……! まだやりたいことがたくさんあるんだ……!」
『はい。わたしもです。ヒューバート様のお力に、もっとなりたいです。だから諦めずに、落ち着いてわたしの声を聞いてください』
「……レナの、声……」
『はい。わたしの歌を聴いてください』
目を閉じて、耳を澄ませる。
……本当だ。
シャルロットさんたちの歌は聴こなくなって、代わりに遠くからレナの歌声が聴こえる。
んん? レナだけじゃなく、デュレオの歌声も聴こえる?
『聴こえますか? わたしの歌が』
「うん……聴こえる」
『わたし、ヒューバート様の力になりたいです。だから頑張ります! 結婚式の準備も頑張っていますから、安心して帰ってきてくださいね? 帰ってくる時は、ご一報ください。……わたし、ずっと待っています』
「……レナ……」
ああ、そうだ。
帰りたい。
帰りたい、レナのところに。
だから死にたくない。
こんなところで、ここで、死にたくない!
レナのところに、俺は——帰る!
目を開ける。
目の前がさっきよりも鮮明に外とドック内とリンクしていた。
それに、他の機体との情報も。
それから、時間がとてもゆっくりと流れている。
ドラゴンたちがスローで再生されているみたいだ。
他にも、機械類に触れたら全部が自分の思い通りにできそう。
「これがギア4……?」
誰かがなにかを叫んでいる。
ああ、エアーフリートがエネルギー不足で墜落しそうなんだっけ。
「——イノセント・ゼロ」
機体の名前を呼ぶ。
それだけでイノセント・ゼロは俺の意図を理解して、膨大なエネルギーを生成してエアーフリートへ送り込む。
そういえばファントムはエネルギー不足で攻撃に回せない、とかさすがに操縦と攻撃を同時にはできない、とか言ってたっけ。
でも、不思議だ。
今なら——。
『!? ヒューバート!?』
「うん、そう。ファントム、エアーフリートの操縦は俺がやるから、ファントムは外でシャルロット様たちのことを守って」
『……よく生き延びたもんだな。だが、まあ、それならその言葉に甘えようか』
『正気かい?』
『今のコイツなら多分、できる』
さすが、ファントムは今の俺の状況を理解しているな。
そう、多分今の俺ならエアーフリートのエネルギーを補給しながら、操縦とエアーフリートでの攻撃もできる。
ギアが3から4に上がっただけで、万能感が桁違いになった。
ラウトとシズフさんは、これより上——ギア5。
ああ、体験してみて思うけど、確かにこれより上は“神”しかないな。
ザード・コアブロシアがギア4を『新生領域』、ギア5を『神性領域』と呼称したのも理解できる。
あまりにも、人間離れしているもん。
『俺もギア・イニーツィオ、アヴィドで出る。あのデカブツをそろそろ地面に寝かせてやろう』
『まあ、このエネルギー量なら……ぼく一人でもヒューバートの補佐はできるけど……』
「ナルミさん、西に向けて舵をお願いします。みんなの援護をします」
『りょ、了解』
ファントムが艦橋から移動を開始する。
その間に、エアーフリートの上にギア・フィーネ三号機が落下してきて着地した。
「三号機!? 誰が——」
『ヒューバート! 大丈夫!?』
「ジェラルド!?」
『うん、認めてもらったんだ。この艦はぼくが守るから安心して!』
「っ」
ジェラルドが三号機の登録者に、なった。
俺と同じ。
でも、きっとすべてを覚悟の上で乗ったんだろう。
なら、俺から言うことはなにもない。
ジェラルドが俺とともに歩んでくれるというのなら、存分についてきてもらおう。
俺の方こそ、ジェラルドにも、シャルロット様やミレルダ嬢にも、指一本触れさせない!
「——対空ミサイル、連装砲照準合わせ。主砲充填開始。リニアカノン一番二番、前方大型空竜へ発砲。レーザー砲、地上のレックス種を一掃する」
淡々と、エアーフリートの装備を把握してどこになにを使えばいいのかが理解できる。
奇妙な感覚。
俺ではない誰かが最適解を教えてくれている。
味方に当たらないよう、味方の動きを把握した上で予測してエアーフリートの火力を最大限に発揮するのだ。