待ち時間(4)
「だが、ギア上げは一人でやるより極限状態でやった方がいいぞ。たとえばそこの邪神にぶん殴られながらとか」
「貴様に邪神呼ばわりされるのだけは癪で堪らんな……!」
「戦いながらの方がいいってことですか。……でも俺、ギア・フィーネで戦ってるとギア・フィーネ酔いで吐いてしまうんですが」
「そうだな!」
ラウトから強めの実感入り「そうだな!」いただきました〜。
あの時は本当にさーせんっした〜!
「…………。ギア・フィーネの登録者がギア・フィーネ酔いするって初めて聞いたんだが」
ですよね。
「四号機が選んだ登録者だからな」
ラウトさん?
その理屈通るもんなんですか?
「ああ、四号機だからか」
納得されんのおかしくない!?
その理屈通るのおかしくなぁいいぃ!?
「じゃあ俺が相手をしてやろう」
「え?」
「言っておくが俺は過保護どものように優しくはないぞ。本気で殺してやるから、気を抜くなよ」
「え、あの、え?」
待って待って、なんか話が思いも寄らない方向にいってませんか!
は? ファントムが? ギア・フィーネに乗った俺と?
「あ、危ないですよ!?」
「馬鹿者!」
「痛い!」
なぜか俺がラウトに殴られる。
脳天を、グーで。
「この男の装備を見ろ。薄葉甲兵装だぞ!」
「え、あ」
「ヒューバート、カネス・ヴィナティキ帝国の薄葉甲兵装は『対疑似歩兵前身兵器』、『対二足歩行兵器』として開発されたものなんだよ。つまりその対象はギア・フィーネも含まれる」
「……。ん!? え? そ、それは、その……」
「気を抜けば死ぬぞ、本当に。こいつは——十年間、たった一人で世界と敵対してきた男なのだから」
「…………」
そうだった。
何度も聞いてきた。
ギア・フィーネシリーズ、三号機アヴァリスの登録者。
圧倒的に不利な、世界との敵対。
あらゆる接触を躱し、武力には武力で対抗し、最終的に“一勢力”として対国家級の警戒をされることとなった伝説。
そんなのが、『対疑似歩兵前身兵器』、『対二足歩行兵器』を持って俺と戦う?
「……っ、死、死にません? 俺」
「だから言ってるだろう。気を抜けば死ぬぞ」
「本当に殺されることはないと思うけど、本当に殺しに来るのがこの男だからね」
なに一つ安心できない!
「それに、先程ジェラルドと石晶巨兵の改良の話をしていただろう。つまりあの男、きちんと現代の『魔法』にも精通しているぞ」
「!?」
「いくら君が硬くても、疑似歩兵前身兵器や二足歩行兵器を真っ二つにする攻撃を直接受けると命に関わると思うから死ぬ気で避けた方がいいと思うよ」
「!?」
ヤバみが増していくんですが。
え、待って?
「ほ、本当にやらないとダメですか……」
「俺がアヴァリスにまだ乗れたなら、アヴァリスで狙い撃ってやることもできたんだが——ノーティスの体では乗れないからな。薄葉甲兵装の俺で我慢しな」
むしろ薄葉甲兵装のあなたの方がヤバくありませんか!?
「ノ、ノーティスの体だとなんで乗れないんですか!」
「お、時間稼ぎか? まあいい、別に隠してないから教えてやろう。ノーティスの体は脳波を調整できない。人間の脳と違って容量がないんだ。だからたとえば——ラウトが俺に対して『ハッキング』を行えば俺は動けなくなる」
「ほう? それはいいことを聞いた」
「ちなみにこれはナルミにも有効だぜ」
「余計なこと言うな!」
ぐっ、時間稼ぎがあっさりと見破られてしまっている。
そして簡潔に答えられてしまった。
どうしよう、他になにか……えーと、えーと。
「さあ、さっさとイノセント・ゼロに乗りな、雑魚。近接戦闘型のイノセント・ゼロで、狙撃タイプの俺を追い詰めるのは簡単なはずだろう?」
「っ」
「まあ、俺は——簡単に捕らえられるほどすっトロくはねぇけどなぁ」
そう言って、マントの留め具を外すファントム。
もうさぁ! すでに怖いんだよこの人ぉ!
一歩近づかれるごとに威圧感が増していく。
シズフさんとはまた違った意味でチートの空気バリッバリなんだよ!
「ラ、ラウト、本当にやらないとダメかなぁ!?」
「お前の同調率は問題だと俺も思う。地道な自力のギア上げは、絶対に必要だ。それに、お前の操縦技術は控えめに言ってなにも成長していないに等しい。俺が相手をしてもいいが……」
「五号機では目立つ。それに、お前テンション上がると絶対ビーム兵器撃つだろ」
「…………」
撃たない自信がない顔してるんだよなぁ!
「俺は撃っても外さない」
「俺が撃ったら外すみたいな言い方はやめろ」
「だが避けるだろ、全力で。お前のは。当たったら一巻の終わりだからな。ただの手合わせで環境破壊はどうかと思う」
「む……」
それはそう。本当にそう。
全力で避ける。当たり前すぎるほどの当たり前。
……そうだな。避けたら大惨事だな。
「さあ、無駄話は終わりだ。乗らないなら生身でぶん殴る」
あ、多分マジでやる、この人。
ぐっ……の、乗るしか……やるしかないのか!
裏設定(裏?)
薄葉甲兵装は、カネス・ヴィナティキ帝国が大和の薄葉イカル氏を招き、一緒に開発したためこの名称が名づけられました。
カネス・ヴィナティキは第一次基帝大戦でアスメジスア基国の二足歩行兵器に遅れを取り、大敗をしました。
東の地域(のちにレネエルの一部となる地域など)は解放されてしまい、屈辱を味わったカネス・ヴィナティキにとっては威信をかけての開発です。
その重圧に負けず、薄葉甲兵装は完成しました。
無論、当時のものはファントムが使っているものと違い、直接着用するようなものでした。
しかし第二次基帝大戦が開始すると、スヴィーリオ・イオという鬼才により薄葉甲兵装はその役目をしっかりと果たしました。
領土を取り戻すには至りませんでしたが、雪辱を果たしたカネス・ヴィナティキとアスメジスア基国は停戦。
冷戦時代に突入します。
その間にも改良は進められ、スヴィーリオ専用機や、皇族近衛騎士専用機など、個々の戦闘スタイルに合ったものが多数開発されました。
扱いはその分アスメジスア基国の二足歩行兵器以上に難しく、薄葉甲兵装で戦えるのはまさしくエリート中のエリート。
実力者でなければ不可能というところまできて、薄葉イカルは脳の病で研究を離れることとなり、それが原因で薄葉甲兵装の改良と更なる開発は頓挫。
カネス・ヴィナティキは大和の疑似歩兵前身兵器を導入することを決定し、薄葉甲兵装は衰退しつつも皇族近衛師団のみに許された、特別な装備として各国に“脅威”を残しました。
なお、第二次基帝大戦で薄葉甲兵装の強さを知らしめた英雄スヴィーリオ・イオは『残影の万人殺し』と異名を取るほど恐れられました。
これは『振り向けば残されたのはその影のみ。万に届く人を殺した者』という意味を縮めた呼び名で、本当に怖かったみたいです。
スヴィーリオ本人は、とても穏やかで戦いを好まない人でしたが、故郷を人質に取られていたので必死で戦っていました。
二次基帝大戦後は故郷の“領主”として認められ、爵位を賜りましたが、本人はグイグイ迫ってきた皇帝の愛娘に絆されて自治権の主張を諦め、領土運営を故郷の人々に任せて皇都で暮らすことを選びました。
結局成り上がりを許さなかった宮廷の貴族たちにより妻ごと陥れられて、娘を守るために平民に戻ったようです。
あまりにも権力者に踊らされたスヴィーリオですが、国を恨むことはなく、ただ娘の幸せだけを願って、彼女を守ることに一生を捧げました。
とても誠実で優しい人物だったのです。