番外編 シズフ・エフォロン
シズフ・エフォロンには兄が二人いた。
母は強化ノーティスだったからこそ体が強いわけではなく、シズフを産んですぐに亡くなったと聞く。
兄は母の最期の言葉を「呪いのようだ」と言っていた。
「長生きしてね」なんて、ブラッディ・ノーティスシリーズなどと呼ばれる“実験体”たちにとっては確かに呪いだろう。
しかし、幸いにも長兄は無事母の年齢まで生き、次兄はそもそもノーティスの体質を一切受け継がなかった。
少なくとも次兄は普通の人間と同じ寿命で、長生きできることだろう。
——問題は、そうやって普通の人間と変わらぬ寿命があっても、戦争でいつ命を落とすかわからないというところ。
養子に出された次兄は戦争に巻き込まれて死んだ。
長兄も、次兄が守ろうとした“希望”を守って亡くなっていた。
ギア・フィーネはきっと戦争を終わらせる“希望”だから。
兄たちがそう呼んだ希望は、純白と金のギア・フィーネ。
五番目のギア・フィーネ——ブレイク・ゼロ。
だからだろうか、存外五号機と五号機の登録者には、思い入れのようなものがある。
彼の父を殺したのが自分であったのは少し意外だが、彼の父は軍人として職務をまっとうした尊敬すべき人物だと思う。
彼が自分を本気で怒っていた理由が、自分が兄の遺体をビームライフルで焼き尽くして海に沈めたことだと聞いてからは親しみすら感じる。
兄たちの願い通り、戦争を終わらせたのは五号機だから。
それは——世界を終末に導くという形ではあったけれど、少なくとも千年後であるという今の時代の方が遥かに穏やかだ。
子どもが笑いながら、制服を着て学校に通っている。
(学校……)
軍学校には通ったが、そこで学ぶのは人を殺す術だ。
生き延びるための術だ。
平和とはかけ離れている。
帰り道に寄り道をする話や、試験の結果の話や、将来なにになりたいかを話す場所ではない。
うつらうつらとしながらも、そういう話し声が聞こえるのは心地がいい。
「おい、寝るな」
「……んん……」
「そもそもなぜ、待ち合わせの場所が学院なんだ。騎士団の詰所とかでいいだろう」
気がつくと夕方。
窓が暁色に染まっていた。
そして白生地に金縁の軍服のような装いのラウト・セレンテージ。
五号機の登録者。
不機嫌そうでいつもイライラしている若者。
それでも千年前より穏やかそうな、余裕はある。
そういえば今日は、騎士団と魔法騎士団を連れて夜間演習に行くと言っていた。
今の時代は対人をまるで予想していない。
隣国セドルコ帝国が、いつ襲ってくるかもわからないのに、それでは駄目だろうとラウトが教育し直している。
ルオートニス王国はセドルコ帝国より、幾度かの侵略を受けているので、他の国よりは危機感が高い。
それでもやはり平和な時間の方が長いので、戦争の悲惨さには想像が及ばないようだ。
「エドワードの様子は?」
「少しはマシだな。徹底的にこき下ろしていたが、結局無駄なプライドのせいで孤立している」
「……まあ、しばらくはどうしてもそうなるだろうな」
「寝るな」
仕方なく起き上がって、少しぼーっとした。
ディアスに「一応」と渡された薬は飲んでみるが、強化ノーティスの体には薬があまり効かない。
理由は説明されたことがある気がするが、どうせなにを言っても実験の中止などありえないから覚えていない。
デュレオの歌、声は耳障りで、脳が聴こうとするので目が冴える。
あれは血が近いせいだろう。
耳障りだが嫌いなわけではない。
戦闘の時と似た物質が、脳から出るのだと思う。
「この国は平和だな」
「そうか?」
「そうだ」
たとえ侵略の危機にさらされていても、子どもが笑顔でいる間は平和とは言える。
不安に怯えた笑顔ではなく、恐怖を押し殺した笑顔でもない。
子どもが戦うことを強いられるわけでもなければ、戦場に送られるわけでもない。
晶魔獣という脅威がある以上、この学院に通う者の何割かは騎士団か魔法騎士団へ入るだろうけれど、全員がそれを選ばされるわけではないのだから。
「……そういえば晶魔獣というのは、『結晶病の権能』を持つお前でさえも知らぬものであると聞いたが」
「ああ、知らない。俺自身も“素材”になったものに権能を用いて生み出せるものなのか試したが、できなかった」
「擬似生命兵器。……ギア・フィーネに似ているな」
「? ギア・フィーネが擬似生命兵器……?」
「ザード・コアブロシアの立てた仮説の一つに、そんなものがあった。電波を用いて脳波波形を操作する。エネルギーの出どころがわからない。自家発電だとしてもエネルギー回復の速度から考えて、まるで生物を模したもののようだ、と」
「…………。王苑寺ギアンが晶魔獣の造り主だとでも……?」
「そこまでは知らん。これから石晶巨兵が結晶化した大地を開拓していけば、いずれ晶魔獣が生まれる瞬間にも立ち会うことになるかとしれない。俺もお前も王苑寺ギアンに会ったことがあるわけではないが、デュレオを見てわかるだろう? ……頭にネジのない科学者は、戦場よりも命を軽いものだと思っている。この世界はいつでも“実験場”であり“実験体”だ。俺たちが戦うべきなのは——そういうものだと思う」
「……そうか。……そうだな」
視線を少しだけ持ち上げて、ラウトを見上げた。
興味もなさそうな表情が一変したのを見てから、目を閉じる。
(お前たちの見立てはやはり間違っていなかったと思う。イクフ、ガルト)
弱い者の怒りの体現者こそ、戦争を終わらせる希望だ。
小ネタ
ラウト「いや、寝るな。行くぞ!」
シズフ「うーん」
ナルミ「おやおや。あまりシズフを乱雑に扱わないでほしいなぁ、セレンテージの坊や」
ラウト「姦しい! 貴様らが甘やかすからだろうがこの体たらくは!」
ナルミ「そ、そんなことは………………ない、と、思う」
ラウト「自覚はあるようだな」
シズフ「ナルミは今でもイクフを好いていてくれるので俺も好ましいと思っている」
ナルミ「ううぅぅぅうるさいよ早く行きなさいよ」