事後——登録者(2)
鼻にティッシュを詰めたまま、ディアスの治癒魔法を引き続き受ける。
冷たくて気持ちいい。
「……これは話すか悩んでいたが」
「は、はい?」
「ギア・フィーネの操縦者がなぜ“登録者”と呼ばれるか——ラウトに聞いたか?」
「え? いえ……詳しくは……」
そういえばなんでだろう?
なんとなくすごい特別感はあるけど。
なんか登録者にならないとギア・フィーネを動かせない、的な話は聞いている。
俺がサルヴェイションを動かせたのは——自立起動してたサルヴェイションを、俺が動かせてたって言わないけど——ディアスがレナを守るために“借用許可”を出してくれていたからだ。
でも、あれだけ凄い機体だし、盗難防止とかでパイロットが登録制なのは当たり前なんじゃないの?
「……サルヴェイションの話を例に、教えておく」
「え、はい?」
「サルヴェイションは最初、『インクリミネイト』という名称で、幼い少女の前に現れた。少女を登録者としたあと、メイゼアの軍事施設に送られメイゼアの軍人が調査のために数名搭乗を試みた。だが、登録者以外の人間が操縦席に座ると、脳波に干渉されて五人もの軍人が脳を破壊され死亡したのだそうだ」
「……え」
の、え、え?
「ゆえにギア・フィーネの操縦者に選ばれた者を“登録者”と呼ぶ。ギア・フィーネは選んだ登録者以外の搭乗を、基本的には殺害という形で絶対に許さない」
「え、え、え……? で、でも、あの、俺……」
「お前たちのことは、何者かが搭乗した時点で俺に報せがくるようサルヴェイションに命じておいた。サルヴェイションの解析の結果、レナが“歌い手”のようだったからお前に守るよう、貸すことを許していたのだ。ギア2までしか上げられなかった俺だが、そのくらいのことはできる。しかし本来ならばありえないことだ」
「……っ」
それって、もしあの時乗ったのがサルヴェイション以外のギア・フィーネだったら——俺とレナは死んでたってこと?
ひ、ヒェ……!
うそぉ!
「登録者は一度選ばれると解除できない。メイゼア軍は当時それを知らなかった。一号機の初代登録者は、『どうしたら解除できるのか』を試すために多くの実験につき合わされて、最終的に“処分”となったのだ。……登録者が死ねば、機体は新たな登録者を選ぶのではないか、と。実際それは正しい。登録者は死ぬ以外にギア・フィーネの登録者から解放される術はない」
「……」
「ザードはずっと、生きたまま登録を解除する方法を探していたが……結局あれほどギア・フィーネに詳しかった者でも、その方法を突き止めることはできなかった」
故に『登録者』。
ギア・フィーネに脳波を“同調”という形で改造されていく者。
一度登録者に選ばれると、死ぬまでギア・フィーネの登録者のまま。
恩恵は大きいのだろう。
あれほどの力だ。
しかも、ギア5は神の領域。
人間の神格化。
でも、それを望まぬ者にはただただ恐ろしい存在。
ごくり、と喉が鳴る。
覚悟はしてたつもりだけど、想像よりやばい。
やばかった……!
「つまりな、ヒューバート」
「え? は、はい?」
「ギア・フィーネのGF電波には人の脳を破壊する力が十分にある」
「…………」
わかるな?と言わんばかりの目に表情。
理解せざるを得ない。
俺は、かなり危険な状態なのだ。
自分の状況を理解すると、ディアスの言う通りだと思う。
「ところでGF電波ってギア・フィーネ電波的なのの略ですか?」
「そうだな。ギア・フィーネのエンジンはGFエンジンと呼称されていた。そう呼んでいたのはザードだったが」
「割とそのままなんですね」
「そうだな。ただ、GFエンジンは特に謎が詰まっていると言っていたよ。GF電波を放つのもエンジン——動力炉だと言っていた。エンジンは黒い球体で、なんの物質なのかさっぱりわからないそうだ。削ってみようとしても傷ひとつつかず、あらゆる手段で中身を解析しようとしたがすべて徒労に終わったとか」
「ええ……?」
「そここそがギア・フィーネの心臓であり脳なのだろう。ザードがいれば、魔法も使って調べそうだが……」
動力炉……ギア・フィーネの。
サルヴェイションとディプライヴ、ブレイクナイトゼロのアホみたいなエネルギーを見た直後だと、確かに中身が気になる。
どうしたらあんなありえない高出力を出せるんだ?
しかも無尽蔵。
核エネルギー、とか?
いや、それにしても限度があるだろ……。
それになにより、メンテナンスもしてないし。
ラウトは自分で機体掃除したり、いじったりしてるのを見たことあるけど、ディアスは「そういうのはメカニックの仕事」とサルヴェイションの[洗浄]はしてもメンテナンスはしてないしな?
メンテナンスも基本不要で、破損したら時間差で自己再生。
人間を神格化させる“ギア”。
「…………」
「ヒューバート、難しいことを考えるのも禁止だ。体温が上昇している。頭が痛いのではないか?」
「は、はい……」
「今はとにかく脳を休めること! できるだけ冷やして、眠るようにしなさい。寝すぎ頭痛は今の状態では起こらないだろう」
「は、はぁい」
ディアスに頭をもう一度治癒魔法で治癒される。
ほんのり冷たいのが気持ちいいんだよなぁ。
裏設定
ザードは一号機の初代登録者の少女、コピア・ウェルズンのことが好きでした。
幼馴染であり、同じ登録者。
毒の後遺症に苦しみながら、暴走していたとはいえ壊滅させたメイゼアの都市に住んでいた人々を殺してしまったこと、一日も忘れず苦しんでいる彼女を救いたかったのです。
幾度とない襲撃に晒され、二号機と五号機が同時に拠点の一つに襲ってきた時、ピンチに陥ったザードを助けるためにコピアは再び一号機に乗りました。
それがきっかけでコピアは『凄惨の一時間』で味わった恐怖と罪悪感に苛まれ、再び暴走状態になってしまいます。
ザードはこれ以上コピアが苦しまないよう、操縦席を撃ち抜いて彼女を殺害することで救済しました。
しかし、コピアが一号機の登録者だったことがザードの親友キサキ・ユイ・パシュミナにバレてしまい、新たな悲劇の引き金となりました。
キサキは『凄惨の一時間』で故郷も家族も失った生き残りだったのです。
キサキとコピアが恋人になりそうな空気だったので、ザードはそのことをずっとひた隠しにしていました。
自分の気持ちもコピアに告げるつもりはなかったのです。
そんな努力がその一件で完全に無に帰し、PTSDで再び苦しむようになったキサキはイゼルがこっそりと修理した一号機の、二代目の登録者に選ばれてしまいます。
精神崩壊状態のキサキがザードに願ったのは復讐でしたが、キサキが復讐したかった相手——コピアはすでに亡く、ザードはキサキのことも救うべく、親友の命も奪いました。
アベルトはそれを、誰よりも間近で見ていました。