歌い手の歌とギア・フィーネ
「うわ、スッゲェ」
と、俺が呟いた理由は二号機だ。
皇帝飛蝗は人の腕ほどあるが、石晶巨兵とギア・フィーネ相手だとやはり小さく感じる。
それを的確にビームライフルや魔法で撃ち抜いているのだ。
とはいえ数が凄まじくて、焼け石に水って感じだが。
『大きいの、いくよ〜』
「え、ジェラルド大丈夫なのか?」
『燃費が改良されてるし、ぼくの魔力容量も増えてるからイケるよ〜。っていうわけで、シズフさんちょっと気をつけてね〜!』
『了解した。好きに撃て』
よ、よっゆ〜!
ジェラルドが珍しく小声で『シズフさんが言うと説得力が違うねぇ〜』と呟く。
会って間もない相手をここまで評することは、ジェラルドの実力を思うと滅多にない。
『星。雨降るが如く。炎となり、風と土の加護に身を任せ、雷鳴を纏いて我が敵を狙い撃て! [追矢の絡翔]』
無数の光の矢が、皇帝飛蝗を狙い、貫く。
追撃機能付きなので、かなり多くの皇帝飛蝗が射抜かれた。
広範囲を光の矢が縦横無尽に駆け抜けたが、皇帝飛蝗の数は減った気がしない。
ジェラルドの魔法すらすり抜けて、一塊の群れの一部がついに俺とランディの守る防衛線に迫る。
ヤッベェ!
『ヒューバート!』
「!」
この声は!
見上げると固まった一団を、魔法の真空空間が包む。
ぐにゃ、と歪んだ空間は、皇帝飛蝗の一団を呑み込んだまま凝縮して消滅した。
こんなハイスペル魔法を使えるのは、俺の知る限り一人だけ。
「ディアス! え、早すぎない!?」
『[転移]魔法を使った。それよりこれはまさか結晶病津波か!?』
「そ、そう!」
『チッ! これほどの規模は久しぶりに見たな! よかろう、まずはこれを鎮める! ……ところでシズフ、お前体調は大丈夫なのか!?』
真っ先に“患者”の心配。
やっぱりディアスは優しいなぁ。
そういえば、シズフさんの薬も持ってきてくれるって言ってたっけ。
——ん?
イノセントのモニター……各機の反応の上に数字がある。
いや、数字があるのはギア・フィーネだけか?
ラウトと五号機には5。
シズフさんと二号機の上には3。
俺とイノセント・ゼロの上にはゼロ。
ディアスとサルヴェイションの上には1。
「これ、もしかして現在のギア?」
『そうだよ』
イノセント・ゼロが答えてくれた。
マ、マジか〜、初めて知った。
っていうか、今気づいた〜。
結構わかりやすくなってたのね。
今までいかに操縦でいっぱいいっぱいだったか……。
『ギアは一気に上げると、体調を崩す登録者が多い。“歌い手”の歌がないうちは、無理して上げることはやめた方がいいよ』
「あ、はい。それは、もう、とても、わかります……」
初めてギア上げた時、レナの歌があったにも関わらず一週間寝込みましたから。
あの時の頭痛と吐き気と顔と耳から血が垂れたのは、本当につらかった。
『でも——』
「あ」
シズフさんの二号機、ギアが4に上がった!
真紅の機体はアクアグリーンに変化する。
さらに変色するとか、かっけぇぇぇぇっ!
その状態で『ラウト・セレンテージ、ディアス・ロス、こちらに向かって最大火力を撃て』と命令する。
「は?」
『『は?』』
まあ、は?である。
なにをおっしゃってるのかしら?
『歌が聴こえる』
理由になってない理由を呟くシズフさん。
いかん、そんな気はしてたけどやはり電波受信してるタイプの人だ……。
「…………え?」
そう思っていたが、俺の耳にもなにかが聴こえた気がした。
次の瞬間——
真っ黒な夜空に 星も月もなく 堕ちてく
長い廊下を真っ逆さまに
時々息継ぎできなくて
不器用な自分に 飽きてきて
手のひらを 掲げてみても
隠し事だらけで なーんも見えやしない
迷宮どっかに忘れ物?
奥、底 実は右隣に あったりしない?
憎くくて可愛い 嫌い嫌い でもまだ会いたくて
くだらない感傷と馬鹿にする
でも 自分にはそれしかない
強く 穿て 痕も 残らないぐらい
あなたのもとへ 突き抜けろ
「歌……」
どれだけ離れた場所から歌っているのか。
少なくとも数キロ単位のはず。
それでも聴こえる?
ど、どうやって?
——『さあ、押し上げてあげる』
「ひっ!」
ねっとりとしたデュレオの声。
イノセント・ゼロの数字が一気に2へ上がる。
サルヴェイションの数字が3……いや、4へ!?
『なんだ、これは!』
ディアスも困惑してる。
聴こえるの、やっぱり俺だけじゃない!?
どーなってんだよこれ!
……これが、まさか……!?
『まあ、お前らは俺の歌じゃそれより上には昇れないだろうけどね』
「え?」
『さあ、もっとアゲてくよ!』
「っ!」
今度はレナの歌声も一緒に聴こえてきた。
ディアスとレナの、二人の歌声。
全然別な曲なのに、二箇所、同じ歌詞がある。
タイミングもバッチリ重なり合い、その瞬間のエモさマジやべー!
「——あ……」
アクアグリーンの二号機が、そのギアをついに“5”へと上げた。
その瞬間を見てしまった。
そして、ラウトとディアスに改めて「撃て」と命じる。
なにか策があるのか。
ギア5『神性領域』に到達した今なら、もしかしたら……。
「ディアス、ラウト! シズフさんの指示通りに撃て!」
『っ、了解した!』
『ハハ! いいだろう! お前ごと殺してやろう!』
「ラウトは殺しちゃダメ!」
止めてもまあ、あそこまでテンション上がったラウトは止まらないだろうけど。
いや、オールドミラーを一つの大砲に変形させて、ラウトの胸部電子融解砲と同時発射してしまったのでもう遅いけれど。
シズフさん、マジで信じるよ!?
「……っ」
微笑まれた気がした。
一号機と五号機の最大火力攻撃を白い光を放つ二号機が、束ねて回転し、結晶化津波のほぼ中心部まで移動させてその場で上向きに捻じ曲げる。
高熱高温高エネルギーのそれをぐるぐるぐるぐる、回転させて一つにして、竜巻のようにしたのだ。
皇帝飛蝗も雷竜も風竜も陸竜も、あの超巨大な陸帝竜すらも。
竜巻のようになっているから上昇気流が起こり細かな皇帝飛蝗は回収のごとく呑み込まれ、高温で雷が発生し、雷鳴が鳴り響く。
……この世の終わりか?
「……あ!」
雲が裂ける。
静かに消えていく高熱の竜巻は、白と赤の光を纏うギア・フィーネ二号機の神鎧ディプライヴを残して消えた。
差し込む太陽の光を浴びて、それはまさしく神々しい光景。
「………………なんとか、なったね」
『そうだね……』
『な、な、なりました、ね……』
世界を幾度となく襲った天災、結晶化津波。
三機のギア・フィーネで、それは鎮められた。
俺、実質なにもしてないような?
今更か。はい。