番外編 デュレオ・ビドロ(4)
「……そうね、これ、冷めたっていうのかもね。なぜかしら……なんでワタシ、エドのことあんなに大事だと思ってたんだろう? ……それがエドをもっと調子づかせてたのに。こんなにあっさり興味がなくなるのも変。ワタシって意外と冷たい女だったのかしら」
「スヴィアさん……」
「積み重ねが限界に来たんじゃない? 優しい部分も知ってるから、それで保たれてきたところはあったのかもしれないけど、それってDVに遭ってる時の洗脳状態に近いんだよねぇ」
「でぃーぶい?」
「ドメスティックバイオレンス。暴力や暴言を受けても、優しい一面に絆されて自分が悪いように責任転嫁して自らを洗脳した状態になること。及び、暴行を行う者、及びその被害者。君の中の“いい思い出”が許容範囲を超えたんだよ」
なにがとどめになったのかはわからないが、スヴィアがエドワードから自由になったのはいいことだろう。
「そ、そんなのがあるの」
「当事者は気づきにくいし、自分で抜け出せたのは運がいいねぇ」
「そうなんですね。よかったですね、スヴィアさん」
「そうなのかな……? ワタシが冷たいからとかじゃないの?」
「え? 自分のことしか頭にないクズに時間割くのは無駄じゃないの? 人間の時間は有限なんだから、他人じゃなくて自分に時間を使いなよ。俺の時間は有限じゃないけど、自分のためにしか時間を使わないよ〜」
「ぐっ」
そう、これから歌うのも自分のためだ。
自分のためのはずだ。
[アイテムボックス]——空間をずらして収納ボックスを作る魔法。
その中から、何百年ぶりかの四角い小箱を取り出した。
手のひらサイズのそれの側面を、二回素早くカチカチと押す。
パカリ、とカバーが外れて、四角いマイクが出てきた。
あまりに昔のことすぎて、なぜ歌手になって歌を歌っていたのかはもう思い出せないけれど、最初は資金集めのためにやらされていたような気がする。
そのあとは共和主義連合国軍の広告塔、兵士集めのために。
自分のためにしか時間は使わないが、自分のために歌ったことはない。
ただ、唯一、あの男のためだけに歌ったことはある。
忌々しくも血が近いせいか、自分が“歌い手”だと発覚した時は、仕方なく、命令で。
(別にシズフに言われたから歌うんじゃないし)
——あれは正気だろうか?
あの男のことなので、本気ではあるだろう。
正気で言ってるのなら本当に狂気の沙汰だ。
こんな化け物と、永遠を生きようなどと。
(懐かしいねぇ。シズフには初めて会った時に一発で俺が死にたがっているのを見抜かれた。次に会った時、いきなり眉間を撃ち抜かれたの、笑っちゃったよねぇ)
本気の殺意。
冗談でもなんでもなく「殺す」と宣言されて、誰よりも真っ先に死にそうなくせにデュレオを殺そうとした男。
あれの兄も相当なお人好しだったが、人間にあんな仕打ちを受けてどうしてああも平等に他者に優しくあれるのか理解ができない。
あまりに無垢で、ゾッとする。
「————」
思い出してまた笑みが溢れた。
ギア・フィーネのギア5は神の領域。
ラウト・セレンテージが証明した、人間の神格化。
神がどんなものなのかはまだよくわからないが、同じ“人外”の枠の中に収まろうと言うのだからやはり正気の沙汰とは思えない。
けれどなぜだろう。
死ぬことばかり考えていた。
消えたかった。
いなくなりたかった。
不良品で失敗作なのに、処分もしてもらえないのはなけなしの慈悲さえ奪われたも同義だったから。
せめて“母親”同様、人の心のかけらすら持たなかったら、死にたいとも思わなかったのかもしれない。
でも処分されていく“きょうだい”が羨ましくて仕方なかった。
毒は苦しいし傷つけられれば普通に痛い。
痛みも苦しみも慣れれば悪いものではないけれど、死への憧れはとめられなかった。
生き物が必ず持つもの。
美しく尊いもの。
生の反対。
生まれてきたらひとしく等しく与えられるはずの、尊厳の最終着点。
その尊厳すら与えられなかった。
同じく“命”をあれほど踏み躙られても美しく優しいあの男が、それはもう、本当に——心の底から憎い。
憎くて憎くて、そしてあの儚い短命さが羨ましくて妬ましい。
自分がほしくて堪らないものを持っているくせに、それを捨ててこんな怪物と共に生きると言うのか。
(俺はそれを望んでるのか)
マイクカバーが床に落ちて、四角い小箱に戻ると浮き上がる。
トントン、と指でまたマイクの側面を軽く叩いて曲を選ぶ。
「さぁて、久しぶりのライブだよ。レナ・ヘムズリー、ご要望にお応えして魅せてあげる」
「は、はい!」
すう、と息を吸い込む。
人間のように歌わないと劣化するわけではない身。
何百年ぶりだろうと、関係ない。
「なっ!」
「っ!」
唇を開く。
音を、言葉を歌を紡ぐ。
空気を揺らして、どんなに遠くにいても届くように。
スヴィアとレナが息を呑む。
その音さえ一つの楽しみにして、千年前の“歌い手”の歌が世界に響き渡る。
(いや、関係ないね。シズフ、俺の歌で本当に至れるのなら昇っておいでよ。ここは全ッッッッ然、人間が憧れるようなもんじゃないよぉ? それでもよければ、俺と一緒に地獄を歩こうか。ねぇ?)
裏設定
デュレオとシズフは二十年近く前に某ロボアニメから生まれた己の呪いを独自解釈でなんとかしたくて書いてた二次創作出身なんですが、当時からの二人の設定と関係性は変わってません。
癖ですね(でもなんかこうBLみたいな関係じゃないんだよなぁ!っていう強めな拗らせ)
デュレオはシズフが短命なのを知っているので、「お前が死ぬのが先か、お前が俺を殺すのが先か。まあ、お前が死ぬのが先だろうけど」という考えのもと煽る煽る。
シズフはデュレオの本音が透けて見えたので、なんとかその望みを叶えるためにガチで殺しに行く殺意高めの人でした。
広告塔のアイドル歌手なので、お兄ちゃん(イクフ)には「全身が商売道具の奴を傷つけようとするんじゃない」と怒られてもお構いなしだったので、周囲は「この二人は会わせると、殺し合いになるほど仲が悪い」と思われていました。
千年前、寿命間近のシズフはカネス・ヴィナティキへ“クイーン”の除去へ向かう前にデュレオをビームライフルで蒸発死させました。
これならさすがに死ぬだろう。無事に殺せただろう。
と、心残りを消してから向かったのです。
残念ながら世界に残った血痕の痕跡などからじわじわと再生し、デュレオは蘇りました。
その時にはシズフは結晶化した大地の一部に取り込まれ、眠りについていたのでデュレオは「ほらやっぱりお前が先に死んだ」と諦めたのです。
ただ、突然現れた結晶病はさすがに意味がわからず、しばらくは様子見をしていました。
三百年ほど観察して、人が結晶病で死ぬのを確認後「じゃあ俺はどうかな?」と試しに結晶化した大地に踏み入りましたが、取り込まれたのみで死ぬことは叶わず、マロヌが見つけるまで眠り続けました。