番外編 デュレオ・ビドロ(3)
これは些か意外。
素直に感心してしまうと、レナはいい笑顔で「はい! 結晶化津波は天災なので、いつ来るかわからないとヒューバート様がすごく心配していたので!」と答える。
結晶化津波は天災。
規模によっては国一つを呑み込むものだ。
過去、数日かけて国が呑まれた記録もある。
なので、聖女は数日間休むことなく結界を維持し続けなければならない。
非常に過酷な役目だ。
本来一人では、到底耐えられない。
「し、知らなかったわ……」
「ヒューバート様が『結晶化津波に限らず、災害は常に備えておくことが重要』とおっしゃっていました! 火事が起こった時の避難訓練や、嵐が来た時の避難所などもルオートニスには作られているんですよ!」
「そ、そうなの!? 来るかわからないのに!?」
「はい! ヒューバート様は本当にすごいんです!」
「……用意周到なのね。本当にすごいわ」
そしてどうやらルオートニスでは、結晶化津波が起こった時のマニュアルもあるらしい。
医療改革の時に村や町をできるだけ見捨てず済むよう、ディアスの[死者の村]を浮かせた超強力な[浮遊]魔法と石晶巨兵とギア・フィーネの通信機の技術を応用し、離れた場所から聖女の力を通す簡易結界が開発された。
まだ出番はなく、実際に効果があるかは未知数というやや残念なものだが、その存在は人々の心に安心感を齎すだろうと。
もっと改良して行く予定で、それは仕事を溜め込んだヒューバートにより有力貴族数名に丸投げされている。
ルオートニスに帰ったら、発つ前よりいいものになっているかもしれない。
かなり専門的なものなので、これ以上の改良にジェラルド並みの知識が必要だろうけれど。
「でもそれとオズを連れてきた関連性がわからないわ!」
「“歌い手”として興味があったんです! デュレオ様も元々は歌手だったそうですから、歌はすごく上手いと思うんですよ!」
「だからそれがわからないのよ……!」
なんとも会話がずれているような。
「それに、ヒューバート様が『デュレオにも“聖女”みたいな力があるのかなぁ?』って呟いていたので、デュレオ様が聖女かどうかも検証しましょう!」
「聖“女”ではないよね? 俺。誰がどう見ても」
「こんな人喰いの化け物が聖女なわけないじゃない!」
「ツッコミがおかしい」
「そんな、わからないじゃないですか、スヴィアさん!」
「間違ってないけど間違ってると思うなぁ?」
「いいえ! ワタシはこんな聖女認めないわ!」
「俺にツッコミをやらせないでもらえるかなぁ!?」
聖女ってみんなこうなんだろうか?
特に痛まない頭が痛み出した気がして、思わず頭を抱えてしまう。
全体的に会話にズレが大きくて、つい突っ込んでしまった。
「スヴィア殿! ヒューバート王子殿下方が接敵されたとの報告が!」
「わかりました! 仕方ないわ、レナになにかしたら、このワタシが引っ叩きます!」
「わぁお、痛ソーダナー」
くらいが低くともお嬢様。
あまりにもご丁寧に宣言するのがなんとも笑える。
「この国の者として、ヒューバート王子たちの力になるわよ! 行きましょう、レナ!」
「はい! デュレオ様も行きましょう!」
「はいはい」
そうして二人と共に城の屋上へと行く。
そこにはなぜか、しっかりとしたビュッフェの準備が万端になっていた。
レナの侍女たちが丁寧に頭を下げて、「お待ちしておりました」と二人を出迎える。
ちょっと気合い入れすぎでは?
「ありがとうございます、パティさん、マリヤさん! わたし、頑張って歌いますね!」
「ヒューバート様が用意されていた蜂蜜飴もありますよ」
「わあ、わたし、これ大好きです!」
「蜂蜜飴?」
スヴィアがパティの差し出した飴を覗き込む。
今の時代に蜂蜜が残っていたのにも驚きだが、その効能を正しく理解して作られたお菓子だ。
その点にも驚く。
(……あー、でもディアス・ロスが側にいるならあの男の入れ知恵かもねぇ)
だとしても蜂が現存していることに驚くが。
まして蜜蜂。
花々は生産性もないので、かなり早めに根絶しているものが多い。
薬草効果のあるもの以外は、王侯貴族の庭ぐらいにしか残っていまい。
(……そういえばカネス・ヴィナティキはこれに近いことになると思って『レッドデータプロジェクト』を始めたんだっけねぇ。あのクソババァに悪用されたけど——)
つまり、カネス・ヴィナティキのあったこの地のどこかに、その名残が隠されている。
種の保存。
動植物の遺伝子が保管され、完全な絶滅を防ぐための計画。
形は違えど、終末は来た。
しかし、ヒューバート・ルオートニスが石晶巨兵を生み出したことで、その終末は回避されるかもしれない。
近い未来、カネス・ヴィナティキの遺した『レッドデータ』が発掘されれば、世界は再び息を吹き返すかもしれないのだ。
「ヒューバート様がわたしが無理をして喉を枯らさないように、作ってくださったんです」
「へ、へー……」
「すごく甘くて喉にも優しいんです! スヴィアさんもぜひ食べてみてくださいね!」
「え、ええ、あ、ありがとう……。……レナは本当にヒューバート王子に、その……愛されてるわね……」
「え! えへへへへ」
照れ、照れと頬を染めながら嬉しそうなレナに、スヴィアの複雑そうな表情。
エドワードと比べるまでもなく、一目瞭然の結果。
「ふん。なぁに、冷めちゃった?」
「は!? な、なにがよ!」
「物欲しそうな顔してたよぅ? 愛されてる女が妬ましい羨ましいって顔。聖女といえど所詮は女だねぇ?」
「そ、そんなんじゃない! ……こともないけど」
素直だ。
顔を背けてはいるが、存外簡単に認めるものだとまた意外に思う。
小ネタ
デュレオ「蜂、よく生き延びてたねぇ? ルオートニスにはまだたくさんいるの?」
ヒューバート「あ、うん。リーンズ先輩が植物の研究過程の中で、虫の研究もしていて、その中に蜂もあったんだ。俺もセドルコポイズンビーで死にかけたことあるし」
デュレオ「セドルコポイズンビー? なにそれ?」
ヒューバート「暗殺用に特化させた人工の毒蜂だよ。うちの国には血清もないし、リーンズ先輩がいなかったら死んでたなぁ。あはははは」
ランディ「笑いごとではありません」(真顔)
レナ「そうです」(真顔)
ヒューバート「……は、はは……はい」