俺の夢
「平和条約と不可侵条約。そして石晶巨兵の非武装契約。技術面における石晶巨兵の共同開発の申し出。どれも我が国には利しかない。属国になれと言われても断りようがないほどの好条件。貴国にとって利益があるのか?」
「ありますよ」
「ほう? どこがだ? 同封されていた条約の書面の方にも、我が国に利のあるものばかり。なにを考えておる?」
さすが、高齢の王。
鋭い視線はこちらを訝しんでいる。
上手い話には裏がある、ってやつを警戒しているのだろう。
「まず、属国を要求しないのは我が国には他国の面倒を見る余裕はないからです。石晶巨兵の働きにより、土地は確実に増えてきていますが、まだ属国とした他国を支援するほどの余裕はありません。もっとも近いミドレ公国には食糧支援の代わりに、技術者を多く借り受けています。おかげでかなり石晶巨兵の性能は上がりましたが、まだ問題は多い。ハニュレオ国には我が国にも、ミドレ公国にもない技術があるのではないかと期待しています」
「わからんな。属国とし、吸い出せば良いだけの話ではないか」
「いいえ、それでは私の目的が叶わなくなる」
「目的?」
属国にして、搾り上げるだけ搾り上げる。
本来はそうなのだろう。
でも、それではダメなのだ。
「私は人類が一度とて成し遂げたことのない、偉業を成し遂げたいと思っているのです」
「人類が成し遂げたことのない、偉業だと?」
「はい。そのためにはハニュレオ国の協力も、必要不可欠なのです」
「……」
ある程度もったいつける。
それから、十分に興味を持ってもらってから立ち上がった。
大袈裟なぐらいのパフォーマンスは、小さい子もいるし必要だ。
「世界平和です。すべての国が手を取り合い、競争してお互いを高めあう。——戦争のない世界です」
俺の目的を告げると、ソードリオ王が目を見開いた。
なんなら口まで開いた。
マロヌ姫はまるでわからない、という顔をしている。
まあ、彼女にはまだ早い。
「確かに現状もある意味では戦争のない平和な世界だと思います。……そう思っていた。けれど、情報によるとコルテレとソートレスは交戦中だそうです。この国も、決して平和とは言い難いと聞きます」
「む……うむ……」
「私が欲しいのは、そうした争いのない世界です。人類史が一度も成し得ていない、偉業です。それを達成するには、ルオートニス王国だけでは意味がありません。今残る国。これから生まれるであろう国。すべての国の協力が、必要不可欠なのです」
自分でもでかいこと言ってるなぁ、と思うよ。
今はまだ国内もミドレ公国も俺の考えを支持してくれているけれど、他国はどうだかわからない。
っていうか、うちの国の隣には爆弾よろしいセドルコ帝国がありますし?
綺麗事だとわかっている。
それでもギア・フィーネの登録者になった時から、ずっと考えていた。
ラウトとディアス——二人の神と、一国を容易く滅ぼせる力。
俺には多分、やろうと思えば世界の支配も可能なのだろうと。
でも、それって怖い。
ただただ、ひたすらに、怖い。
俺の手には到底守り切れるものじゃない。
手に入れたその先がある。
俺一人では守れないのだから、手に入れることそのものをしなければいい。
争いのない世界を、戦争に人生を奪われたラウトとディアスに見せたい、という気持ちもあるし。
圧倒的すぎる力があるのなら、前世の世界でもなし得なかった世界が見られるかもしれないじゃん?
——戦争のない世界、というやつを。
「…………」
「どうでしょうか。ご協力願えませんか?」
あとはディアスが言っていた。
ギア・フィーネを造った男、王苑寺ギアンが、ギア・フィーネを造った理由。
戦争のない世界を見たかったんじゃないか。
人類がギア・フィーネという圧倒的な“力”を、自ら捨てるところを見たかった——っていう説。
確かに、人類がギア・フィーネを捨てたら世界は本当の意味で平和になるだろうし、人類は自ら戦いを捨てたことになる。
それは、ある意味新しいステージへと人類が登ったことになるのだろう。
俺もそれが見たい。
見てみたい。
だから真っ直ぐに、自分の本気をソードリオ王に訴えた。
ソードリオ王は俺の目線を逸らすことなく受け止めて、数秒後にふっ、と微笑んだ。
「……生きている間にこのような志を持つ若人に会えるとは——」
そして、ゆっくりよろよろと立ち上がる。
慌てて近づくと、手で制された。
そして、テーブルに手をつきながら俺の方へと歩いてくるので、俺も少し早足で近づく。
「ぜひよろしく頼む。我が娘、マロヌにもその世界を見せてやってほしい」
「! では」
「うむ……。とはいえ、マロヌはまだ幼い。長男エドワードは使い物になりそうになくてな。マロヌが成人し、王として問題なく判断を下せるようになるまでは大した力にはなれんかもしれん。それでもよいかな」
「もちろんです。私もまだまだ若輩者。学ばなければならないこと、やらねばならないことが山のようにあります。マロヌ姫と共に成長していけたらと、そう思います」
「なんと嬉しい言葉よ」