帝国からの使者
「ヒューバートよ、出がけにすまんな」
「はい、なんでしょうか父上」
いざハニュレオへ、出立の朝。
城を出る前に父上に呼び止められて振り返る。
やけに神妙な面持ちだな。
「なにかあったのですか?」
「セドルコ帝国より使者が来ているそうだ。昼頃には到着する」
「!?」
眉を顰めてしまった。
セドルコ帝国——ルオートニス王国と隣接する、元大国。
数年前から皇帝健在にも関わらず跡目争いが激化しており、度々侵略戦争を仕掛けられていた我が国は国境に壁を築いて国交を断絶している。
血の気の多い人種らしく、石晶巨兵のことを知れば十中八九兵器転用を行うだろう。
なので、隣国だが石晶巨兵の技術提供を行うのは最後にするつもりだった。
それの使者?
石晶巨兵のことを嗅ぎつけられたにしても、よくツラを出せたな?
「石晶巨兵のことでしょうか?」
「おそらくな。国境兵の報告では『ルオートニスが、我が国へ攻め込むための兵器を開発している。宣戦布告ならば受ける』などと言いつつ、『兵器が結晶化した大地を治癒する効果を持つのならば、隣国のよしみで技術を提供するべきだ』などと、ずいぶん面白おかしい主張をしているようだ」
「あははははは」
面白すぎて笑っちゃった。
言ってること無茶苦茶じゃん、なにそれ大丈夫? その使者。
使者なんでしょ?
は? 使者そんな支離滅裂で大丈夫?
いっそ心配になる。
「セドルコ帝国にも技術提供する予定です、って言ったら帰ってもらえますかね?」
「どうであろうな。どちらにしても聞いた限り『一刻も早く自分達を優遇しろ』と言うだろう」
「はぁ……」
なんだろう、すごく、平和だな、と思ってしまう。
主張が小さな子どもみたいだ。
先日の俺の誕生日に騒いでたレバー伯爵みたい。
「対応をお任せしてもいいですか?」
「ああ、遭遇しないように西から出るといい」
「わかりました。あ、父上、交渉するのならナルミさんを同席させて——」
「呼んだかい?」
「わーーー!」
ここ城ですが?
俺の背後からナルミさんが顔を出す。
やめて、普通にびっくりする。
っていうかなんでいるの。
「ナルミさんて、なんで城の王族しか入れないところにいるんですかっ」
「騎士たちからボクも“守護神”認定されてるみたいで、普通に入れてくれたよ」
「う、うーーーん」
あながち間違ってないような、間違ってるような。
「わかりました、じゃあそれでいいですけど……」
「で? 帝国との交渉を私に任せてくれるのかな?」
「いいんですか?」
「任せてもらっていいですよ。でもどの辺りまで譲歩するつもりなのかは、確認したいかなあ?」
「そうですね」
相手の目的がわかりやすく石晶巨兵みたいだから、技術提供をするかしないか。
まあ、大人しく帰ってくれるのならそれに越したことはないんだけど。
「わかりました、しつこいようならCデータを渡してください」
「ああ、アレを。ふふ、悪い子だね。好きだよ、そういう子」
「ギア・フィーネ——遺物を寄越せというのなら、その時はうまく丸め込んでほしいです。それはナルミさんの方が得意だと思いますけど」
「そうだね。任せて」
「武力で脅してくるようなら、迎え撃つのも吝かではない——とは伝えてください。ラウトはついてきてくれるみたいですけど、サルヴェイションとディアスは残していくので」
「うん、相手にはならないだろうねぇ。了解」
残るのがラウトじゃなくてよかったな、セドルコ帝国。
ラウトだったらセドルコ帝国消えてるぜ……。
「あと、父上の言うことはよくよく聞いていただければ。それ以外はナルミさんの好きにしていただいて構いません」
「そう、容赦しなくていいんだね?」
「はい」
「了解」
「「…………」」
笑顔が……やっっっっばい。
俺、前世と今世合わせてもこんなやばい笑顔見たことない。
これが世に言う“悪魔の微笑み”。
目の当たりにすると寒気がするな。
指示しておいてなんだけど、セドルコ帝国の使者殿には同情するよ。
「という感じでよろしいですか? 父上」
「うむ……しかし、ヒューバートよ、Cデータとはなんだ?」
「あぁ、石晶巨兵に大地治癒効果を見た時からリーンズ先輩とジェラルドとギギとディアスに頼んで、石晶巨兵の制御盤にちょっとした仕掛けのあるモノの開発を進めてもらっていたんです。ナルミさんが来てくれてからより精密で、仕組みが複雑化したものができたのでちょうどいいかな、と」
「ふふふ、悪いことに使うとお仕置きできる特別なデータなんですよ」
「お、おお……そのようなものが……」
こんな時のために作っておいたものだ。
今使わないでいつ使うよ?
「ですので石晶巨兵の製造方法は、教えていただいても構いません。それでは、定刻通り出立いたします。西から」
「うむ、心配はしておらんが……それでも重々に気をつけてな」
「はい」