千年越しの和解(2)
確かに。
千年の間、どれだけ多くの人が結晶病で亡くなったのだろうか。
世界の滅びを望むほど、ラウトは自分のことも世界のことも憎かったんだろう。
でもそれを俺たち以外の人間に、理解してもらうのは難しい。
「でももう、そんなことはしないんだろう?」
「……」
「約束してくれ、ラウト。もうこんなことしないって」
「……」
「ラウト」
腕を組んだままプイとされてしまった。
返事がないのはさすがに不安。
実際危険に晒されたルオートニス王都の人たちにも、なんとか納得させる理由がほしいし……あ、そうだ。
「ラウトは神様になったんだろう?」
「ああ。不本意ながらもう人間ではない」
「不本意ながらって……。でも、それならデュラハンと一緒にルオートニスの守護神になってよ」
「「は?」」
この世界に神はいない。
いなかった。
けれどラウトとデュラハンは神様になったらしい。
神様の基準がよくわからないが、神様だというのなら正しく祀ればいいんじゃない?
「そして守ってよ。あとミドレ公国はブレイクナイトゼロをずっと守護神の御神体って崇めてたんだし、あの国もどうか守ってあげてほしいな。でないと、俺はこの先もずっと死ぬまで、四号機の前の登録者みたいに……ラウトのことを諦めないよ」
「っ! …………」
揺らいだ緑色の瞳。
改めて見ると本当に…………本当に顔がいいなぁ。
流れるサラサラの金の髪が太陽の光に透けている。
右側の襟足だけ少し長いらしく、風にふんわりと靡く。
黄金比か?ってくらい整った顔を歪めてはいるが、その表情すら美しい。
少年からすっかり青年に成長しているので、俺より高くなった背丈。
それなのにほっそりした優男っぷりで、しかしさすがは軍人だった頃の名残りか無駄な筋肉など一切ない均衡の取れた体躯。
は? 芸術品か?
声も一回り低くなっていて、デュラハンほどではないにしてもイケボと評して差し支えない。
デュラハンも顔に傷がなくなって、完全無欠では?
いや、傷があった時からもうすでに腰が砕けそなほどの美形っぷりだったけれども。
表情が穏やかになったせいで、『救国聖女は浮気王子に捨てられる〜私を拾ったのは呪われてデュラハンになっていた魔王様でした〜』の漫画の中のレナに嫉妬しそうなほど推せる。
おぇ……美しすぎてまた吐きそう。
「ラウト、ヒューバート様の提案を受け入れてくれませんか?」
「…………」
「ラウト」
「っあぁ、もう! わかった! ……千年も経ってまた四号機に付き纏われるのは不愉快極まりないからな! ……仕方ないから守護神とやらをやってやる……」
「俺も特に異論はないな。神というのはよくわからないが……どうせなら医療分野の神の方がしっくりくるというか」
「ああ、貴様はその方がらしいな。……だがいきなり神と言われてもなにをするべきなんだ?」
「さあ?」
「? ヒューバート様?」
立ったまま、三人の会話を聞いている。
なんかさ、口の中に酸っぱいのと鉄臭いのが充満してるんだよな。
あと、頭がどんどんガンガン痛んできて、目が、こう、じわぁ〜と熱くて……全身ガタガタと震えている。
なんだこれ、俺、いつの間にか毒でも食らったんだろうか?
立ってるのしんどい。
また吐きそう。
でもこれ以上吐いたら、ラウト絶対怒るだろうし……。
「ヒューバート様? どうしたんですか? ヒューバート様……きゃああああああああ!?」
レナの悲鳴にびっくりしたのだが、反応ができない。
なんか口からすごい唾液が垂れてて……立ったまま吐いてる?
え、ラウトごめん?
「いかん! ギア上げの拒絶反応か! 寝かせろ!」
「ヒューバート様、ヒューバート様しっかりなさってください! ヒューバート様!」
「操縦もままならないのに一気に二つもギアを上げるからだ……これは一週間を見た方がいいな」
「ヒューバート様の鼻と目と耳から血がっ! 血がぁぁぁぁっ! デュラハンさん! ヒューバート様の鼻と目と耳から血が出てますううぅ!」
「落ち着け、レナ! 一般的なギア上げの拒絶反応だ! 俺もラウトもなったことがある! ……ちょっとここまで酷いのは久しぶりに見たが!」
拒絶反応?
ああ、そういえばギアを上げた時、ギア1とギア2は脳への負担が大きすぎて、体調が悪くなるとかなんとか……言っていた、よう、な……。
「ヒューバートさまぁーーー!」
そこで俺の意識は途絶え、多分倒れた。
***
「……う」
「起きたか?」
「デュラハン……?」
俺が目を覚ましたのは一週間も経った頃だった。
デュラハンが点滴を打ってくれたり、甲斐甲斐しく治療してくれた結果、少し早めに目を覚ますことができたらしい。
……一週間意識不明で早目に目を覚ませたとか嘘だろ……。
「ラウトの時よりは少し症状が軽いくらいだったな」
「えぇ……」
「まあ、ギア・フィーネの登録者が誰しも必ず一度は通る道だ。……本当に登録者になってしまったんだな」
「ラウト……」
見下ろしてくるラウトの不満そうな表情。
……ところでここは城の俺の部屋か。
天井を見るのが久しぶりな気がするなぁ。
小ネタ
デュラハン「懐かしいな。お前が初めてギアを上げて倒れた時も俺が点滴をして治療したんだったな」
ラウト「ぐぅっ」
デュラハン「あまりにも症状が酷すぎて足にまで点滴をして、栄養剤を送り込んでいたんだが覚えているか?」
ラウト「足に点滴!? き、貴様、そんな恐ろしいことを!?」
デュラハン「右にも左にも薬を点滴していたから仕方ない。ちなみに意識がない時の排泄物も俺が片付けた」
ラウト「〜〜〜〜〜!」
ナルミ「……ラウト、キミそこまでしてくれた相手によくフルボッコかませたね」
ヒューバートが目覚めるまでラウトはとても大人しかったそうです。