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覚醒(2)

 

「お前、なんていったか。まあ、名前はどうでもいい。そこのお前、どうして恩人であるルオートニスの王子を殺そうとした? 返答次第では命を助けてやる」


 なにが愉快なのか、綺麗な顔を邪悪な笑みに染めて、ラウトはくるりとハルオンの方を見た。

 地面に押しつけられていたハルオンは、出会った頃の整った顔と同じとは思えないほどに顔を歪ませて「黙れ!」と叫ぶ。


石晶巨兵(クォーツドール)だと? そんなもの……たとえ本当だとしても、条件が良すぎるだろう! 我が国を属国にして、我々を奴隷にするつもりだとなぜ父上もわからないのだ!」

「ハ、ハルオン! 貴様、ヒューバート王子の話を聞いていなかったのか!?」

「聞いていましたよ? しかし、そんな旨い話があるんけがない! 父上は耄碌(もうろく)してしまわれたのだ! さっさと私に大公の座を譲って、隠居でもすればいいものを!?」

「——っ!」

「!」


 その発言には俺も咄嗟に憤りを感じた。

 大公の気持ちが俺にはわかる。


「ふざけるな……ふざけるな! お前! 大公の子どもなのに、大公の気持ちがわからないのか! 国が終わる時の、最後の王に……自分の息子を国を終わらせる王にしたくないから! だから大公は大公の座を渡さなかったんだ! そんなこともわからないのか! お前!」

「なっ」

「……! ……ヒューバート王子……」

「代を重ねるごとに“いつ終わるかわからない”国を背負うことになるんだぞ!? せめて自分で終わりにして、子どもに……我が子に国を終わらせる責任を背負わせたくないって思ってるのが、どうしてわからないんだ……!」


 俺は父上のあの表情を知っている。

 いつか自分が背負うかもしれないもの。

 だから、俺ももう、その覚悟をしている。

 いつ終わるかわからない。

 できるだけ引き伸ばして引き伸ばして、子に、孫に渡せたらと思う。

 でも、石晶巨兵(クォーツドール)はその思いから、開放してやれるかもしれない。

 子に、孫に、豊かな国を渡せたらと。


「……なんということだろうか……」

「閣下……」

「ああ……我が子に理解されなかったこの思いを、よもや他国の、まだ幼い王子に見抜かれ理解されるとは……っ」


 大公が地面に膝をついて崩れる。

 大公妃が寄り添って涙を流すのを、ハルオンは戸惑いながら見つめていた。

 本当に知らなかったのか。


「申し訳ない。申し訳ない……! 愚息がとんでもないことを……!」

「……っ」


 大公と大公妃が頭を下げて土下座する。

 俺に。俺なんかに。

 でも、困った、どうしよう。

 俺は自分が、自分で思ったよりも冷静でなくなっている。

 体の芯から全部熱い。

 ランディをこんな目に合わせた奴らを許せない。

 けど、ラウトが殺してしまった狙撃者の惨たらしい死体も、直視することはできなかった。

 毒の治療ですっかり体力をもっていかれて眠るランディの体を抱き締める。


「ふふ。いいじゃないか。俺は貴様のような愚者が嫌いではない。人間はそうでなくては」


 それなのに、とても冷たい声がその場のあらゆる熱を奪っていく。

 怒りも冷め、恐怖に近いものが底の方から手を伸ばしてくるような。


「滅びに瀕してなお、人間は疑心で他者の善意を陥れる。そうして何度も何度も繰り返し続けて、未来に希望などありはしないとどうしてか気づかない。——信じる。……なにが信じるか。その想いがこの世でもっとも罪深い。人類に未来……そんなのいらないだろう」


 いつか聞いた、あの声。

 あの言葉。

 結晶化した大地(クリステルエリア)の総意であるかのような空耳。

 あれは、まさか。


「な……なんなんだ、貴様は!」

「そもそも! ……四六時中、それこそ寝ても覚めても国のことばかり考える国のトップと? 疑うことばかりで? しかも自分の欲望を最優先するお前のどちらが国の舵をとるのに相応しいか? そんなの考えるまでもないだろう? そこに思い至らない時点でお前にその資格はないんだよ。いいなお気楽で。生きている価値がないな、素晴らしい」


 ハルオンがラウトの異様な空気に押されて叫ぶが、ラウトのご高説は終わらない。

 相手のことなど一切考えていない、冷えたご高説だけど。

 なにが素晴らしいのだろう。

 ハルオンに対して言っていることは、俺もその通りだと思うけれど。


「はは、はははは、はははははははは! あはははははははははははははははは!!」

「……ひっ」


 喉が張りつくようだ。

 思わず生唾を飲み込む。

 その場の誰一人動けない。

 物音の一つも立てられないほど、笑い続けるラウトに狂気を感じた。

 デュラハンが剣に手を添えたあの瞬間の意味が、よくわかる。

 ラウトは……。


「馬鹿馬鹿しい! あいつらが命を懸けて守った世界の末路がこれだ!」


 ビクッと肩が跳ねる。

 千年前の、世界大戦。

 結晶病が蔓延る前から、世界は人間の戦争で滅びに瀕していた。

 それを救った人たち。

 命を懸けて、どれほど多くの人が血を流し、未来に希望を託したのだろうか。

 ……本当に、どれほどの……。

 生きたかった人が、たくさんいただろうに。

 ——俺だって、本当なら……いや、俺は、前世この世界の人間じゃないから、いいけど。

 でも無関係ではないから。


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