怪談「大好きな伯父さん」
これはある女性チサさんの幼い頃のお話です。
それはチサさんが小学生1~2年生の頃。両親の実家が遠い事もあり、周りに親戚など居なかったのですが、唯一母方の伯父さんが近所に住んでいて、よくチサさんを可愛がってくれていました。
遊んでくれたり「ママに内緒な?w」と言って、お菓子やジュースを買ってくれたりしてくれる伯父さんがチサさんも大好きでした。
そんなある日、チサさん家族と伯父さんとで旅行に行くことになりました。
大好きな伯父さんとの旅行にチサさんは大変喜んだそうです。
二泊三日の楽しい旅行。 になるはずでした・・・
その旅行の移動はチサさんの父親が運転する車での移動でした。
助手席にチサさんの母親、後部座席にチサさんと伯父さんが乗り、その時チサさんは寝ていたそうです。
心地よい揺れにいい気持で寝ているチサさん。そんなチサさんに悲劇が襲いました。
キッーー!! ガシャーーーーン!
きゃああああああああああああ!!!
突然の轟音と激しい衝撃・・・チサさんが覚えているのはここまでです。
次に気が付くとチサさんは真っ暗なトンネルのような所にいたそうです。
真っ暗で何もない空間・・・チサさんが立っている後ろの方からは「オオオォォ・・・」と言う声なのか風の音なのかわからない音がする・・・
前にも後ろにも真っ暗なトンネル・・そこに一人ぽつんとたたずむチサさん。
そんな状況で幼い女の子が一人きり・・普通なら泣き叫ぶはずですが、不思議とチサさんは怖い恐ろしいという感情より、「早く行かないと怒られる!」というよく分からない衝動に駆られていたそうです。
どっちに向かえばいいかわからなかったチサさんは、取りあえず音のしない方へ歩いて行ったそうです。しばらく歩くと何となく前の方に薄っすらとした明かりが見え、それが出口だとなぜか確信したそうです。
「やった!出口だ! これで怒られなくて済む!」
チサさんは嬉しそうにその出口へと走って向かいました。
出口に近づき、どうにか長いトンネルを抜けたチサさん・・そんなチサさんの行く先に今度は二股の道が現れたそうです。
その道は上へと向かう険しい坂道と、下へと下る緩やかな坂道・・そんな道の前でどっちに行こうかと悩んでいると・・
「 チサちゃん・・・ チサちゃん・・・ こっちだよ チサちゃん・・・」
チサさんを呼ぶ声・・・それは大好きな伯父さんの声でした。
「え!伯父ちゃん! どこ!? どこ伯父ちゃん!!?」
そう声を上げ伯父さんを探し、チサさんを呼ぶ声の方をよく見てみると・・・下へと下る緩やかな坂道にニコニコと笑顔のあの大好きな伯父さんが立っていました。
「やあ!チサちゃん! 探したよ! よかった・・・ ケガもないようだし。さあ!こんなさみしい場所にいちゃだめだ!伯父ちゃんと早く行こう!」
優しい大好きな伯父さんは安堵の表情を浮かべると、すぐにチサさんを不安にさせない様な笑顔になり、チサさんに優しく手を差し伸べました。
そんな大好きな優しい伯父さんの笑顔にほっとしたチサさんは、その手を掴みに歩き出すと・・・
「こら!! なにしちょるか!チサ!! そげな所おらんで早よこっち来い!! 」
急に聞きなれない言葉で怒られたチサさん。とっさに首をすくめながら声のする方を見ると・・
そこには浴衣のような服装をした白髪と白鬚のお爺さんが、すごい剣幕で立っていました。
「なにしちょる!! 早よ来い! わからんか! こっち来い!」
「さ!チサちゃん!早く行こう!ママとパパも心配してるよ!」
怖い知らないお爺さんとニコニコ優しい大好きな伯父ちゃん・・・チサさんが選んだのは・・・
次に気が付くと・・・ベットの上でした。
チサさんは色々なコードや音の鳴る機械に囲まれて意識を取り戻しました。それは病院でした。
あの時旅行中何があったのか?
それは交通事故。
それも8台を巻き込む大事故でした。
その衝撃は凄まじく、チサさんが乗っていた後部座席はほぼ潰れかけ、前に乗っていた両親はどうにか助かったが、後部座席のチサさんと伯父さんは意識不明の重体となったそうです。
いつまでも意識の戻らないチサさんに医者も「残念ですが、後は奇跡に頼るほかありません。」というほど絶望的な状況だったそうです。
そんな状況でチサさんの意識が戻り、両親は泣きじゃくるほど喜び、医者は「本当に良かった・・無事意識を取り戻したのは奇跡としか言いようがありません。」と驚きを隠せない様子だったそうです。
チサさんが意識を取り戻したのは事故から二週間過ぎていて、まともに会話できるようになったのはさらに一週間後でした。そして、会話ができるようになったチサさんは「伯父ちゃんは何処にいるの?」と両親に尋ねたそうです。すると両親は言葉に詰まり・・・
「チサちゃん・・・伯父ちゃんはね・・・ もう・・遠くに行ってしまったのよ・・・」
と、涙ながらに言われたそうです。
そう。チサさんが意識不明の重体になっていた時、伯父さんも意識不明となり同じ病院へと担ぎ込まれてしました。
チサさんと同じくもう奇跡でしか助からない状態だった伯父さんはチサさんが意識をと入り戻す二日前に帰らぬ人となっていたそうです。
幼いながらも涙を流しながら語る両親の様子に「ああ・・伯父ちゃんは死んでしまったんだ・・」と分かり涙を流したそうです。
その後、順調に回復したチサさんは医者が懸念をしていた後遺症も無く、無事に普段の生活へと戻ることができたそうです。
あの時見た暗いトンネルや分かれ道、怖いお爺さんと優しい伯父さん・・・あれは何だったのか、幼いチサさんはあの不思議な体験をおぼろげに思い出しすが全く見当がつかず、成長するにつれその事もほとんど忘れていたチサさん。
しかし、ある事がきっかけで鮮明に思い出すことになったそうです。それは、中学一年の夏休み、父親の実家に行った時でした。
あの事故以降、家族で遠出をする事をしなくなってしまったチサさんの家族でしたが、チサさんが中学生なった事もあり、一度も行った事も無かったので行く事となりました。
父親の実家は九州でした。
車とフェリーでの旅は順調で、とても楽しかったそうです。
無事父の実家に着き、初めて会う祖父と祖母に歓迎され、海の幸がたっぷりのおいしい夕食を食べ、一家そろって居間で父の思い出話や祖父や祖母からの昔話などを聞き団欒をしていました。
ある程度時間が過ぎたころ、祖母が席を立つと一冊の古いアルバムを持ってきました。それは、父の幼少期の写真や、古い写真などが入っていました。
「昔の写真は戦争で焼けてあんまり残ってないけどねぇ」と優しい声の祖母がペラペラとアルバムをめくりながら昔の話を語っていると・・・チサさんは何気なく見た一枚の写真を見て驚きました。
「え?! この写真・・・」
と一枚の写真の指さすチサさんに祖母は老眼鏡をかけなおし写真を見ると、
「ああ、この写真ね。 これは・・・ひいお爺さんの一枚だけ残った写真ねぇ」
と教えてれました。
その写真に写っていたのは、紋付の羽織を纏った白髪で白鬚を蓄えたとても厳格そうなお爺さんの写真でした。
「私・・・このお爺さんに・・・」
そう思った瞬間・・・チサさんはあの日の幼いチサさんに戻っていました。 そうあの日・・・大事故で重体となり生死の境をさまよい、暗いトンネルへと立ったあの時に・・・
あの時何が起こったのか・・チサさんはすべてを思い出しました。あの時・・チサさんが暗いトンネルを光に向かって歩き、二股の道の前に立ち・・・そして、何が起きたか・・・あの時・・
「なにしちょる!! 早よ来い! わからんか! こっち来い!」
「さ!チサちゃん!早く行こう!ママとパパも心配してるよ!」
怖い知らないお爺さんとニコニコ優しい大好きな伯父ちゃん・・・二人からの誘いに困惑したチサさんは当然大好きな伯父ちゃんの方へと行こうとしました・・・が、なぜか一歩踏み出せない・・
いつも優しく笑いかけてくれる伯父さん・・その笑顔は・・・
「さあ!チサちゃん!一緒に行こう! チサちゃん 一緒に 行こう」
手を差し出す伯父さん・・そのチサさんに向けた笑顔は・・どこか違和感がある・・
幼かったチサさんには説明ができないのですが・・・とにかく素直に手を取る事が出来ずにチサさんはその場で固まってしまった・・・その時、
「「はよこっちこんか!!チサ!」」
突然大声で怒鳴りつけられたチサさん。びっくりしてその声の主である怖いお爺さんを見ると、お爺さんはすごい剣幕でこっちを睨んでいました。
しかし、なぜかチサさんは怖いと思えず、何故か自然と・・・足がお爺さんの方へと歩き出していました。
覚えているのはそこまでです。お爺さんの方へ一歩踏み出した所で意識が遠くなり、次に気が付いたのはもうベッドの上でした。
「そうか・・・あのお爺さんは・・・私のひいお爺さんだったんだ・・・」
その時サチさんはあの時感じた安堵の意味を知り、
「じゃあ・・・ひいお爺さんは私を見守ってくれていたのか・・・」
と、妙にうれしくなったそうです。
さて、ここで疑問があると思います。
何故幼かったチサさんは大好きな伯父さんの方に行かなかったのか。
あの時伯父さんに感じた違和感が何だったのか?
何故幼いチサさんは怖いお爺さんの方に行ったのか?
大好きな伯父さんと知らないお爺さん・・・幼いチサさんは何故お爺さんへと歩き出せたのか?
この答えは大人になったのちにチサさんが語ってくれました。
「あの時、幼かった私には説明できなかったのですが、今思えばあの時の伯父さんの笑顔は私に向けた笑顔じゃなくて・・・
仲間を見つけた様な
笑顔でした。
そして、その笑顔を見た時に私は日頃母親から言われていた事を思い出していました。それは・・
知らない人に笑顔で話しかけられたり、パパとママが呼んでるから一緒に行こう!と言われたりしても、決してついて行ってはだめだよ!
と言う言葉でした。」
その言葉を思い出した時、チサさんは伯父さん方へどうしても踏み出すことが出来なかった。・・・と語り、じゃあ何故お爺さんの方へ行けたのか?と言う疑問には、
「あの時初めて見たお爺さんは怖いという印象でしたが、伯父さんに手を差し伸べられても動けない私を怒鳴りつけたあの声に、何故か安堵を覚えました。
今思えばあの安堵は父が私に怒る時の感じによく似ていて、心配しているから怒っているという感情だったのだと思います。」
と語り、きっとひいお爺さんは私を見守ってくれていて、死にかけている私に
「そっちに行くな!こっちへ帰ってこい!」
という必死な訴えだったのだと今は理解しているそうです。
もしあの時チサさんが伯父さんの方へ一歩踏み出していたら・・・
もしあの時、ひいお爺さんが怒鳴りつけてくれなかったら・・・
きっとチサさんにも奇跡は起こらなかったのだと思います。
そして、もしあなたがいつの間にか暗いトンネルに立ち、光の方へ歩んだ先に二股の道があり、そこに
自分に微笑んでくれる人
と
自分に怒ってくれる人
どちらかを選ぶ時、一度考えてみてください。
その笑顔はあなたに向けた笑顔でしょうか?
その怒りはあなたを怒るだけの感情でしょうか?
その人は何故微笑んでいるのか?
その人は何故怒っているのか?
笑っているから良いものとは限りません。
怒っているから悪いものとは限りません。
あなたが正しい道を選ぶことを祈ります。