声優になりたい少女が、声優になるまでの話 1
私の名前は山崎汐音。高校二年生。容姿は中の上くらい。体型は痩せ型で胸はある方ではない。
どこにでもいる普通の女子高校生だ。
そんな私にも一つの大きな夢がある。
それは声優になる事だ。声優を目指すきっかけは中学3年生の頃、たまたま見ていたアニメに出ていた声優さんが高校一年生だった事にある。
当時の私は内気で中々人に物を言えないようなタイプの子だった。
そんな中、人前で公開録音、生アフレコ、他の声優さんと楽しそうにトークを繰り広げる彼女は私の光だった。
彼女……御堂有栖さんと年が近いこともあって気になり彼女の事を調べてみると、多彩なアニメに出演しメインでパーソナリティを務めるラジオ番組も幾つか持っている事が分かった。
声優の雑誌でも最近人気爆発中の高校生声優として紙面に大きく捉えられていた。
彼女は誰とでもすぐに打ち解ける事が出来る人で彼女の魅力は画面越しからでも十分に伝わった。
そして彼女から元気を貰う内に、いつしか自分もあのような舞台に立ってみたいと思った。自分を変えたいと思うようになった。
そして中学を卒業した後、親を説得し高校に通うかたわら、声優の養成所にも通った。幸いな事に小さい頃、親に勧められて子役をしていた時期があったので受け入れ先はすぐ見つかった。
もちろん正規の手続きをし、試験に合格した上での入所だったが。
私の養成所はレベル別でクラスが分けられていた。私は試験の結果が良かったのか一番上のクラスで受けれる事になった。このまま声優になれるかも。そんな淡い期待が私の中で溢れかえった。
それは私の傲りだった。
現実の壁は厳しかった。周りにいる人はみんな何年もここで学んでいる人や劇団で演技力を培った実力者ばかりだったからだ。挫折しそうな時が何度もあった。その度に御堂有栖さんが出ている番組を観て、自分を奮い立たせた。
基本的に同じクラスに在籍出来るのは2年間までだ。私の場合、2年以内に事務所に所属出来なければ養成所から追い出される。
そしていよいよ事務所に所属する為のオーディションが始まった。
「エントリナンバー8番。山崎汐音さん」
「はい!!」
声優は第一印象が重要だ。だから私は努めて明るく元気に、はきはきとした声を出す。
憧れの声優、御堂有栖さんのように。私は自分が出せる全てを出しきった。
数日後、オーディションの結果が返ってきた。私は封筒の中身を恐る恐る取り出し、中身を確認する。中には紙切れが一枚入っていた。私はそれで全てを理解した。
A4サイズの紙の表紙には三文字でこう書かれていた。
『不合格』
私はその場で立っていられなくなり、そのまま泣き崩れた。丁度その時、玄関から声がした。
「ただいまーー。汐音〜? いないのー?」
私を呼ぶのは10、20代に人気のモデルとして働く姉の声だ。
装飾品の数が私とは大違いだ。髪は明るい栗色に色鮮やかなネイル、そして毎日身につけているネックレス。姉妹で同じ所と言われれば胸と目の色くらいしかない。
背も姉の方が断然高い。
「なんだいるじゃん。どしたの?」
そしてリビングで蹲っている私を見つけ、テーブルの上にある不合格と書かれた紙切れを手に取る。
「あぁーそゆこと。汐音、一回落ちたくらいでくよくよするなって。ほら、お姉ちゃんが汐音の大好きなプリンを買ってきてあげたぞ」
「いらない! それにモデルとして順風満帆な生活を送っているお姉ちゃんには私の気持ちなんて分からないよ」
「そんな事ないわ。お姉ちゃんだって昔は何度もオーディションに落ちて落ちて落ちて。その度に落ち込んでまた性懲りもなく挑戦したもんよ」
だから元気だしなよと言われ、差し出されたプリンを手に取る。
思えばまだ一年間猶予がある。次こそは必ず合格するぞと決意を胸に私はプリンの味を噛み締める。プリンはほんのり甘くちょっぴり苦く感じた。
私は今日も声優という夢に向かって歩み続ける。いつの日か必ず……憧れの人の隣に並ぶ為に。