夏の終わり
本日最後の更新です。
いくつもの光が弾けては消えていく。
それを眺め始めてどのくらい経っただろうか。
まだそれほど経っていないようにも、とても長い時間が過ぎたようにも感じる。
終わらないで欲しいなと名残惜しくなり始めた時、隣にいる倖楓が袖を引いた。
「どうした?」
「そろそろ帰ろっか」
突然の提案に驚きつつ、本当に良いのか確認をする。
「まだ終わらなそうだけど、いいの?」
「うん。電車込んじゃうし、歩きながらでも見れるから」
「そっか。サチがそれで良いならいいよ」
俺は倖楓の提案を受け入れて帰ることにした。
結局、俺達は実家ではなく今住んでいるマンションに帰ることになった。
帰りの電車は花火が終わった直後くらいに乗ることが出来たが、それでも満員電車になってしまった。
これで花火を見てから帰っていたらどうなっていたのかと考えると恐ろしい。倖楓の機転に感謝だ。
なんとか満員電車を乗り越えて最寄駅に辿りつき、改札の外まで出ることが出来た。
長時間の人混みから解放されて、ドッと疲れを感じる。
「やっと帰れるなー」
「うん、さすがに疲れたね」
いつも元気な倖楓も、慣れない満員電車には勝てなかったようだ。いや、あれを慣れることが果たして幸せかどうか怪しいけど。
マンションに向けて歩いていると、俺のスマホから通知音が鳴る。
一応確認してみると、明希からだった。
『無事に仲直りした。あと、ちゃんと伝えて付き合うことになったから、改めてこれからもよろしく』
たぶんまだ一緒にいるのだろう。とりあえずの報告だからか、文が簡潔に書かれている気がした。
何はともあれ、上手くいったようで良かった。
これで長年の―――とは言っても3年だが、俺の心配事が1つ減ったわけだ。
とりあえず倖楓にも伝えようと隣を見ると、そこにいるはずの倖楓の姿が無い。
驚きつつ振り返ると、数歩遅れて倖楓が後ろにいた。
俺は傍に駆け寄る。
「サチ、どうした?」
「あ、えっと…」
倖楓は何か言いづらそうに下を見ている。
その視線の先には下駄の鼻緒を挟む、真っ赤になった足の指だった。
「痛いんだろ?言ってくれればよかったのに」
それ以上に、気付けなかった自分が情けなく感じてしまう。
「でも、もうすぐマンションに着くから我慢出来るかなって…」
倖楓の言い分を聞いていて、母さんからこの時のための物を渡されたことを思い出した。
俺は巾着から絆創膏を取り出しつつ、
「変なところで気を遣わなくていいんだよ」
苦笑しつつ、絆創膏を倖楓に見せる。
「母さんに渡されたんだ。とりあえず、これ貼ろう」
「うん、ありがとう」
倖楓に足を上げてもらい、指と指の間に貼り付ける。
「帰ったら剥がして消毒な」
「はーい」
「歩けそう?」
「うーん…、大丈夫…」
言葉に対して表情が明らかに反対なのがわかる。
まあ、マンションまであと少しだ。多少の恥ずかしさは受け入れよう…。
俺は頭にあった解決策を実行することにした。
「ほら」
倖楓の前で、背中を見せてしゃがむ。
それだけで何を意図しているのか伝わったのだろう、倖楓が戸惑っているのが後ろからでもわかった。
「…いいの?」
「怪我人が余計な事を気にしない」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」
倖楓は下駄を脱いでから俺の背に抱き着いた。
「立ち上がるぞ」
「うん、お願いします」
「よっと」
思ったよりもすんなり立ち上がることが出来て、逆にバランスを崩すかと思った。
そういえば前にお姫様抱っこをすることになった時も軽いと思ったなと振り返る。
「…重くない?」
それを悪い風に受け取ったのか、倖楓は不安そうに聞いて来た。
「重くないよ。むしろ軽くて、逆に驚いてた」
「…ありがとう」
どうやら、今度は照れているらしい。
倖楓が静かなうちにと、俺は歩き始めた。
ふと、そもそも話そうと思っていたことを思い出した。
「そうだ。明希達、無事に付き合ったって」
そう伝えると、倖楓が背中で大きく動いた。
「ほんと!?」
「あぶなっ!」
「ご、ごめんごめん」
まあ、ずっと気にしていたし無理もないか。
「でも良かったぁ。うん、本当に良かった」
自分のことのように喜ぶ倖楓。その気持ちは俺にもわかる。
「いろいろあったけど、ちゃんと気持ちを伝えた明希はすごいよな」
「うん、そうだね」
―――ほんと、どっかの誰かとは違う。
俺がそんなことを考えていると、無言の時間が生まれる。
たぶん、細かいことは違うだろうけど、倖楓も“待ってる側”と“待たせてる側”のことを考えているんだと思う。
何か別の話題を話そう。そう考えて思い付いたのは、やっぱり今日の花火のことだった。
「花火、満足した?」
「うん、綺麗だったね」
俺の唐突な話題の変更にも、倖楓は自然に合わせてくれる。
「私のワガママを聞いてくれてありがとう、ゆーくん」
「いつものことだしな」
「もうっ、すぐそういうこと言うんだから」
拗ねた倖楓に笑いつつ、疑問に思っていたことを聞いてみようと思った。
「あのさ、どうしてサプライズみたいなことを頻繁に起こそうとするの?」
再会してから何度もあった。
バイト先に突然現れたり、そのまま勤めたり、お盆の帰省に着いて来たり、今日の浴衣だってそうだ。細かいことを言い出したらもっとある。
昔はこんなに悪戯のようなことをするタイプではなかったと思う。
不思議というか、違和感だろうか。無理をしているという雰囲気でもないので、単純に性格というより趣味が変わっただけなのかもしれないが…。
「あのね」
そう切り出した倖楓の声は、優しい。
「私、ゆーくんに毎日楽しく過ごしてほしいの。ちょっとしたハプニングとか、いつもと少し違うことを一緒に体験して、そんな毎日を笑って一緒に過ごしたい」
これまでの日々を振り返っているのか、少し楽しそうに話している。
「一緒にいられなかった時間はあったけど、それに負けないくらいの1日でいっぱいにしたいんだ」
倖楓はそんな風に考えていたのか。
俺は失った過去ばかり視ている。でも、倖楓は今ある時間と未来を視ている。
いや、視てくれていると言うべきかもしれない。それで救われたものが確かにあるのだから。
お礼を言うべきなのか迷っていると、倖楓は笑って、
「結局、自分のためなんだけどね」
と、自嘲気味に言う。
俺にはそれが許せなかった―――いや、違う。許したかった。
「いいんじゃないか?」
「…え?」
「誰かに笑っててほしいとか、幸せでいてほしいとか、自分がそう想って実現したら嬉しい。それでいいんだと思う」
そう願って、俺は過去に失敗してしまった。でも、想ったことは間違ってないと言い切れる。
「それに前にも言ったけど、俺は今が楽しいと思ってるよ。それは変わってないし、むしろもっと自覚してる。それは倖楓のおかげだから、たとえ自己満足のためでも俺は責めないよ」
俺が言いたい事を言い終えると、倖楓の抱き着く力が強まった。
「ありがとう」
そして再び無言の時間が流れたが、それはどこか心地よくて、必要な時間なように感じた。
気が付けば、もう倖楓の部屋の前まで着いた。
倖楓を背中から降ろそうとするが、なかなか降りない。
「サチ?」
今度はどうしたのかと、顔を後ろに向けて名前を呼ぶ。
すると――――、頬に倖楓の唇を当てられる。
一度、口同士でしているのに、頬ですらあまりの衝撃に動けなくなってしまった。
そんな俺に倖楓は耳元で、
「今日はありがとう。また明日ね」
そう囁いて、するりと背中から降りて自分の部屋に入って行った。
俺はキスされた頬に手を当てながら、そんな倖楓の背中を見ていることしか出来なかった。
ああ、やっぱり俺はこの子のことがどうしようもなく好きなんだなと、再認識させられる。
そんな形で、長いようで短かった俺の―――俺達の夏休みは終わりを迎えたのだった。
以上で4.5章は終了になります。
本当に長くかかってしまいましたが、楽しんでもらえていたら嬉しいです。
次回から5章となりますが、次で終章となります。
どうか、最後までお付き合いしていただけたらなと思います。
なるべく4.5章のように更新ペースが遅くならないようにしたいとは思いますが、締め括りなので上手く書けなかったりしたら遅れてしまうかもしれません…。
なるべく早く書き上げれるように頑張ります。
感想なんかを頂けたら励みになりますので、よろしければお願いします。
5章の更新開始が決まりましたら、活動報告にてお知らせしますのでチェックしていただければと思います。
長くなりましたが、今後もよろしくお願いします。




