耳寄りな情報と悪ふざけ
結局、陽介さんはまだ作業が残っているということで厨房に下がってしまったので、相談は海晴さんが受け持ってくれることになった。
「…うーん。その友達2人のことを聞く限り、もう行きつくところまで行っちゃってる感じなんだよねぇ」
海晴さんは食後のケーキを食べながら唸っている。
このケーキは厨房に下がった洋介さんが、すぐに海晴さんへ持ってきたものだ。
さっきの喧嘩の謝罪のつもりなのだと俺は察した。
ちなみに、俺と倖楓にも用意されていた。
「そうなんですよね。中学の頃から出来上がってたんで、特別感を出すのに何が正解か見えて来なくて…」
俺も海晴さんと同じように唸る。
すると、倖楓が小声で海晴さんに質問をした。
「あの、海晴さんと洋介さんがお付き合いした時が特別感のあるシチュエーションだったかどうかだけでも教えてもらえたらなって」
まあ、それだけなら洋介さんも怒ったりしない気がする。
「私達の場合はクリスマス当日だったから、それだけでいつもと違った空気だったなー」
「クリスマス!いいなぁ、憧れます!」
倖楓の食いつきが一層強くなった。
クリスマスと言えば、たしかに新しいカップルが出来たりするイメージがあるが、倖楓にそんな憧れがあるとは知らなかった。
「だそうだけど?悠斗くん」
海晴さんは、ここぞとばかりに二ヤついた顔で俺を見ている。
普段は良い人なのに、こういう時は本当に人が悪い…。
「…俺に振られても困ります」
俺は話を広げないように、何でもない顔をしてケーキを口に運ぶ。
しかし、すかさずに倖楓が加勢してきた。
「でもでも、私としてはイベント時じゃなくても365日いつでもウェルカムです!」
「そんなことは聞いてない!あと、サチの話じゃなくて明希達の話をしてたんだけど?」
「はっ!いつもの癖でついっ!」
「どんな癖だよ…」
俺は呆れてため息をこぼしつつ、話を戻す。
「で、海晴さん達は特別な日だったわけですけど、明希達は夏休み中に告白しようとしてるんで、クリスマスまで待てないんですよ」
「うーん…。それなら、やっぱり夏休みだからこそのシチュエーションを選べばいいんじゃないかな?」
「やっぱり、そうですかね」
一応、海晴さんが言うような案も事前の会議で出てはいた。
「そうなると、夏祭りは終わってるし、海くらいかな」
「私達みたいにプールでもいいしね」
俺と倖楓が考えをまとめようとすると、海晴さんが待ったをかけた。
「ねぇ、もしかして、まだ花火大会があるの知らない?」
「この辺りですか?そんなのありましたっけ?」
雛ノ川は地元から電車で30分とはいえ、夏祭りは昔から行ってたのに花火大会の存在を知らないなんてことあるだろうかと俺は疑問に思った。
海晴さんに確認しながら、倖楓にも目で問いかけてみる。
すると、倖楓は首を横に振った。
「私も聞いたことないなぁ」
やはり倖楓も知らないらしい。
俺の疑問はすぐに海晴さんが解消してくれた。
「雛ノ川から電車で40分くらいのところなんだけど、週末にあるんだよね」
俺と倖楓が知らないということは地元とは逆方面の電車なんだろう。
となると、地元から1時間くらいか。
遠いと言えば遠いが、難しいわけでもないと思う。
「結構、規模も大きいし屋台も出てたりするから、ほぼ夏祭りに近いんだけどね」
「へー」
「いいですね!」
そう聞くと、もうそれ以外に良い案が無いように思えてきた。
まあ、最終的に決めるのは本人達なわけだけど。
俺達は海晴さんから花火大会の詳細を聞いてメモに残し、ディナーの営業に向けての準備を始めた。
俺がテーブルのセッティングをしていると、海晴さんが話しかけてきた。
「ねぇ、悠斗くん」
「どうかしました?」
「お盆の倖楓ちゃんとのプールはどうだったの?」
「え?そうですね、楽しか―――、ん!?海晴さん、どうしてそのことを!?」
あまりにも自然な流れで聞かれて、一瞬気付けなかった。
倖楓が話したのかと思ったが、倖楓はさっき裏に行ったばかりし、そんなタイミングは無かったはずだ。
「ふふっ、やっぱりお盆は一緒だったんだね」
海晴さんはお見通しだと言わんばかりの悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「俺、そんなこと一言も…」
「さっき、悠斗くんと倖楓ちゃんが話してたでしょ?“私達みたいにプールでもいいし”って」
海晴さんに言われて初めて気が付いた。
まさかそんなミスをしていたとは…。
これ以上誤魔化すのは、最早意味がないだろう。
俺は諦めて白状することにした。
「…行きました」
「やっぱり!」
海晴さんは両手を合わせて楽しそうにしている。
と思いきや、すぐに神妙な面持ちに変わった。
「もしかして、何かあった…?」
女の勘というやつなのだろうか?
いや、海晴さんの場合は勘というより千里眼みたいだ。
「まあ、多少…」
俺がそう答えると、海晴さんは再び楽しそうな顔をする。
「そうだと思った!朝来たときから2人の間の空気感が変わってたもの!」
「…そうなんですか?」
「うん。なんて言うか、今までには無かった、やわらかいような優しいような?そんな雰囲気があったなー」
自分じゃ気付かないだけで、周りから見たらそんなに変わったのだろうか?
「特に変わったのは倖楓ちゃん」
「サチですか?」
「今までの悠斗くんへの焦りみたいなものが無くなって、良い意味で落ち着いたなって」
「焦り…」
お盆の最初の夜、倖楓と話したことを思い出す。
あれが海晴さんの言う、“焦り”の現れだったんだと思う。
そして、その時に話してくれたことが理由の全部ではないとわかってもいる。
だからこそ、最後の夜に俺の想っている事を倖楓に伝えた。
海晴さんが「良い意味で落ち着いた」と言ったということは、ちゃんと倖楓を“安心”させることが出来たのだろう。
俺がお盆の記憶を軽く振り返っていると、海晴さんが一歩近づいてきた。
「で、何があったの?」
本人は至って真剣なのだろうが、その目は新しいおもちゃの箱を開けたくてたまらない子どもみたいだ。
いくらお世話になっているとはいえ、遊ばれてたまるか。
「海晴さん、もうすぐ営業再開ですから、仕事しないと」
俺はそう言って、残った仕事を終わらせるためにその場から動こうとした。
すると、海晴さんは俺の左腕を両手で掴んできた。
「雇い主の権限です!何があったのか教えて!」
海晴さんは懇願するような声を出して、掴んでいる俺の腕を神社の鈴を鳴らすように左右に揺らす。
「パワハラ反対!洋介さんに訴えますよ?」
「だって、この後の営業中気になって集中出来なくなっちゃうでしょ?」
「良い大人なんですから、我慢してください」
「えー!ちょっとだけでいいからー!」
本当に、いい歳して駄々をこねないでほしい…。
俺がいよいよ洋介さんに助けを求めようかと考えたその時、右腕も誰かに掴まれた。
―――あ、これ面倒なことになるやつだ。
「私は仕事をしてきたのに、どうしてゆーくんは遊んでるのかな?」
その台詞と同時に、右腕を掴む倖楓の両手の力が強くなる。
振り向くと、倖楓は笑顔だったが目の端がピクついている。
「待った!俺は仕事してたけど、海晴さんに邪魔されたんだよ!」
「あ!悠斗くん酷い!私のせいにするんだ!」
「どう考えても海晴さんの悪ふざけのせいですよね!?」
海晴さんはどう見てもこの状況を楽しんでいる。
もしかして、倖楓が戻ってくるのを予見して腕を掴んできたのか?
「私は真剣だったのに!」
真剣と言うには、あまりにもわざとらしい顔。
俺が呆れて何も言えずにいると、倖楓が俺の腕を強く引っ張り、海晴さんの両手から解放された。
改めて倖楓を見ると、相当ご立腹な様子。
そして―――、
「ゆーくん!海晴さんは人妻なんだからね!?」
「急に何を言い出してんの!?」
とんでもない勘違いをした倖楓を宥めるのにはかなりの労力を要したのは言うまでもない。
ちなみに、悪ふざけが過ぎた海晴さんには、洋介さんのきついお叱りがちゃんとあった。




