お話はケーキのあとで
俺はつい先刻、脅迫され抵抗も出来ずに誘拐された。犯人は10代の女である。見知らぬ建物に連れて行かれ、机を挟んで向かい合って座らされる。そして目の前にいる犯人は――――
「んんー!おいしい!ここ来たかったお店だったの!」
ケーキを頬張っていた。
「そうなんだ…」
一体どこに連れて行かれるのかと思えば、雛ノ川駅の学校方面とは反対の出口からすぐのケーキ屋だった。どうやらネットで話題らしく、周りにはスマホで写真を撮る女性客でいっぱいだ。
俺1人では絶対来られない場所だ。しかし、連れがいてもこの空間は居心地の悪さを感じる。緊張からかケーキとセットのアイスカフェオレをハイペースで消費していく。俺のケーキはガトーショコラで、彼女はモンブランにアイスティーのセットだ。
しかし、今日は沢山この子の笑顔を見た気がするけど、ケーキに舌鼓を打つ笑顔はまた別物だ。俺はすっかり毒気を抜かれてしまった。
ふと彼女の動きがフォークの先を咥えたまま止まる。視線の先を見ると俺のガトーショコラに注がれているものだとわかる。とてもわかりやすい。
「食べる?」
「いいの?」
「どうぞ」
今日の学校での行動と違ってわかりやすかったのが面白くて、つい許してしまった。まあ、幸せそうだしこれくらいはいいか。
またモンブランに戻って一口掬ったかと思うと、俺に差し出してきた。俗にいう「あーん」というやつだ。わかっていても受け入れるわけにはいかない。
「なに?」
「一口くれたお礼。あーんして」
「いいよ、気にしなくて」
「あーん」
「だから、だいじょ―」
「あーん」
「ほんとに――」
「あーん」
無限ループ怖い。それに、やり取りを聞いていた周りの客がこっちを見ている。観念するしかないか。素早くフォークからケーキを食べる。
「おいしい?」
「…うまい」
「それはよかった♪」
周りの視線が生暖かいものに変わった。勘弁してくれ。早く食べて出よう。そう考えて俺はフォークの動きを速める。
でも、それでは聞きたいことが聞けないまま終わってしまう気がする。俺はまず疑問を解消することにした。
「なあ」
「うん?」
「どうして自己紹介の時、わざわざ小学校のこと言ったんだ?」
彼女は少し考え込む顔をして、あまり時間をかけず答えた。
「だってゆーくん、教室に入ってから全く私の方見ようとしないし。せっかくまた会えたんだから、仲良くしたかったの」
それならもっとやり方はあっただろうにと思う。だがそれと同時に、他のやり方では俺は関わろうとしなかっただろうなとも思った。しかし、現実はもう起こってしまった後だ。考えても仕方がない。
「それとね?」
「ん?」
急に申し訳なさそうにするので驚いた。
「久木君と槙野さん、友達でしょ?置いて行くようにしてごめんね。今日を逃したらもう無いような気がして…」
たしかに結果的に置いて来た事にはなるが、そもそも俺を見捨てたのはあいつらだから気にしなくていいと思う。思い出したらムカついてきた、次会ったら絶対許さん。
「いや、特に約束してたわけじゃないし。それに今日は2人とも親が見に来てたらしいからすぐ帰るだけだったと思うよ」
「そうなの?それならいいんだけど…」
まだ申し訳なさそうにしている。さっきまで俺の平穏を乱していた人物と同じに思えなくなってくる。あの薄情者達のためにそんな顔をさせているのも面白くないので別の話題を振ることにした。
「そういう遊佐は?今日家族は見に来なかったの?」
「へ?う、うん。2人とも忙しくて」
うちと同じか。あれ?昔は遊佐家のお母さんは専業主婦だったような。まあこのご時世だし疎遠になった間に働きだしたのかもしれない。
「だからゆーくんとここに来ようとしたの」
「よくうちも見に来てないってわかったな」
「ほ、ほら、私今日さ、答辞で壇上に上がったでしょ?それで見渡したときにいないなってわかって」
「そんな余裕あったのか。遊佐、すごいな」
やっぱり新入生代表になるだけあって違うのだなと感心する。
「ねぇ」
急に不機嫌そうな声で呼ばれる。何かまずいことを言っただろうか?恐る恐る尋ねる。
「ど、どうした?」
「呼び方。どうしてそんなに余所余所しいの」
なるほど、そこか。ここは素直な気持ちを伝えた方が良いな。
「だって昔の呼び方はさすがにこの歳になって呼べないよ。それに同じクラスで男女が名前で呼び合うなんて目立ってしょうがないだろ?俺はさ、極力目立たず平穏に無難に過ごしたいんだよ」
「周りのことなんてどうでもいい!」
彼女が今日口にした中で1番本音だとわかる言葉だった。飛び出た言葉に自分でも驚いているようだった。今にも泣きだしそうな顔をしている。そんな顔をしている事とそんな顔をさせてしまった事に辛くなる。俺はまた―――――
「わかった。じゃあ倖楓のことは今日からサチって呼ぶから。サチは俺の事をユウって呼ぶ。これが精一杯だ」
精一杯どころか、かなり無理をしている。今朝までの俺では考えられない選択だ。
「…ㇸタレ」
よく聞き取れなかった。
「なんて?」
「わかったって言ったの!じゃあこれからはユウって呼ぶから!」
倖楓の笑顔を見て安心する。本当にコロコロ表情が変わるやつだ。
俺と倖楓はケーキの残りを食べ終えて、セットの飲み物が無くなるまでなんてことない話をして店を出た。
まっすぐ駅へ向かって改札の近くに着くと、倖楓から口を開いた。
「ここでいいよ。今日はありがとう、ユウ」
少し呼び方にぎこちなさを感じる。呼び始めたばかりだから仕方ないのかもしれないけれど。
「お前なぁ、さっきまでの呼び方の方が恥ずかしいだろうに」
俺が苦笑気味に言う。倖楓がムキになった顔をして反論してくる。
「だって、ずっとそう呼んでたんだから仕方ないでしょ!」
最悪に近い再会をしたっていうのに、こんな自然に話せるようになっていて俺はおかしくなってしまう。
「早く慣れろよ。じゃあなサチ、また明後日」
そう言って俺は家路に向かう。
「またね!ゆーくん♪」
後ろから倖楓の大声が響いた。駅を利用する人の大半の視線が集まっていた。俺は早足でその場を後にする。
「あいつ、最後の絶対わざと呼んだだろ…」
家路を歩きながら呟く。先が思いやられて仕方がないという声色。窓ガラスに映るその顔がどこか楽しそうだったのを俺は気付かなかった。
なんとか同日更新が出来て安心しました。
次回は早ければ明日に更新できればと思っています。
年末なのでハイペースですが、今後も間が空きすぎないようにしたいです。




