混ぜるな危険
本日の更新です。
突然、俺のバイト先に同僚が出来た。普通なら喜ばしいことなのだろうが、今回は全くそんなことはない。明らかに偶然でも何でもなく意図的に雇われたのがわかったからだ。いや、正確には意図的に雇ったになるのだろうか。自分の頭だけで考えても、卵が先か鶏が先かみたいな話になるので直接本人達に聞くことにする。
「で、どっちが先に言い出したんですか?」
容疑者達は互いが互いを指さしている。どっちも仲間を売っている酷いコンビだ。いや、結局どっちが先かわかってないから良いコンビネーションになるのだろうか?呆れて下らないことを考えていると、同じく呆れていた洋介さんが俺に謝ってきた。どうやら洋介さんも知らなかったらしい。
「悠斗君、すまない。海晴はこういう、むちゃくちゃなことをしでかす習性があってね…」
「あぁ!洋ちゃん酷い!私のことそんな風に言うなんて!」
「事実だろう。とりあえずちゃんと悠斗君に説明くらいしてあげろよ」
「…はーい」
洋介さんに怒られた海晴さんが不服そうに返事をした。それを横で倖楓は楽しそうに見ている。自分も容疑者だということを忘れるなと言ってやりたい。
海晴さんがこっちに向きを直した。どうやら説明してくれるらしい。
「そう、あれは昨日の夜に起こったこと…」
なんか事件の被害者みたいな語り方をし始めた。どこまでいっても自分が悪いと認めるつもりがないみたいだ。
「私と明日香ちゃんと倖楓ちゃんの3人で楽しく話していた時。悠斗くんのバイト姿の話題になってね…」
やはりその時か、俺も残って話を聞いておくんだった。ていうか人の格好を知らないところで話し合わないでほしい。
「倖楓ちゃんに私の趣味だって言ったら絶賛してくれてね?その流れで明日香ちゃんの格好もかわいいってなったの。それで倖楓ちゃんも着てみたいってなって…」
話の流れが不穏になってきた。あとは誰が言い出したのかが問題だ。
「そしたら明日香ちゃんが、ここでバイトさせてもらえばいいんじゃない?って言ったの。それで採用しちゃった♪」
「採用されちゃった♪」
あんのバカ姉貴ぃ!お前か!ただ知ってたから楽しそうだったんじゃなくて、お前が主犯だったからか!それにしても、そのノリはいつ打ち合わせしているのか。タイミングが完璧なのが癪だ。
「あー、もうわかりました。あとで姉ちゃんには文句言っときます…」
「でも、倖楓ちゃんが一緒でうれしいでしょ?」
「でしょ?」
誰だ!この2人を引き合わせたのは!危険物は混ぜるなって習わなかったのか!
もう、こうなってしまったのなら仕方がない。俺に採用などの決定権が無いのはわかりきっていることなので受け入れるしか選択肢が無い。最近何かを諦めることが増えている気がする。こうやって人は大人になっていくんだな。
「はぁー、開店準備はじめまーす…」
「あ、あれ?悠斗くん?」
「ゆーくん!?無視!?」
これに付き合っていたらバイトが始まる前に力尽きるのがわかりきっていたので、俺は仕事をすることで忘れることにした。裏に行って掃除用具などを取りに行こうとすると洋介さんの手が肩に置かれた。
「悠斗君、今日もがんばろう…」
「はい…」
あぁ、ここに味方がいてくれることが何よりの救いだ。もしかして、こんなに俺の味方でいてくれる人は初めてじゃないだろうか。泣けてきた。
俺は他人を信頼してないが、それは学校など身近な同年代が主だ。それ以外の知らない人や関わりが無い人を信頼できないのは誰でもそうだろう。甲斐夫妻のことは姉ちゃんが信頼していることや人柄もあって最初から素で話せているが、改めて信頼出来る人だなと思う。
俺が掃除用具の準備をしていると後ろから倖楓が声をかけてきた。
「ゆーくん、怒ってる?」
なんだかんだ気にしてるらしい。そうなるなら最初からしなければいいのでは?と思うが今回は言い出した人間が別なのはもう知っているので、俺はそれを素直に伝える。
「怒ってないよ。提案したのは姉ちゃんで、それを採用したのは海晴さんだしね」
「ほんと?」
「うん。誰が悪いって言うつもりはないけど、仕方ないんじゃない?それに誰がどこでバイトするかなんて俺がどうこう言えないよ」
「ありがとう」
俺の言葉に安心したのか笑顔になった。それで調子を取り戻したのか、続けて俺に尋ねる。
「ところでさ、どう?」
倖楓がスカートの裾を摘まんで広げ、お嬢様の挨拶のようなポーズを真似てウェイトレスの格好をアピールしてきた。後で知ったが、『カーテシー』と呼ばれるらしい。
「…ウェイトレスは使用人側だと思うし、そのポーズは違うんじゃないか?」
「そうじゃないよ!似合ってるとかそういうこと!」
わざと明言しないようにしたのに許してくれなかった。さて、ここでなんと言うのが正解か考える。たぶんテキトーにあしらったら、この後の業務に支障が出そうだと考えて褒めておくことにした。
「似合ってると思うよ。ポニーテールも新鮮だし」
倖楓は昨日の姉ちゃんと同じ格好をしていた。姉に憧れた妹といったところだろうか。
「ふふっ、嬉しい。ありがとう」
言わせた側が照れないでほしい。こっちが困る。俺は居心地が悪くなって表に戻ろうとする。
「ほら、早く行かないと怒られるぞ。…たぶん」
なんか、海晴さんが本気で怒っているところを想像できないな。
2人で表に戻ってから、俺は掃除。倖楓は接客やレジ打ちを海晴さんに指導されていた。
昨日と同様に、すぐ開店時間になった。
「ありがとうございました!」
倖楓がお客さんを見送る声が店内に響いている。店内の男性客からの視線が倖楓に集まっていた。カップルで来ているはずの男も目を奪われていて、彼女に叩かれてる。自業自得だ。
突然、30代くらいの男性客が海晴さんに話しかけた。
「海晴さん、あの子今日からここで働いてるの?」
「そうですよ、良い子で助かってます!」
どうやら常連客のようだ、倖楓について聞いている。
「へー、ここに来る理由がまた1つ増えたなぁ!」
飲食店なんだから料理を食べにだけ来い。なんだか不純な考えにイラついてしまった。落ち着こう。
すると、海晴さんが常連の客に笑顔で忠告する。
「もう、そんなこと言ってると奥さんに怒られますよ。あと、料理が1番じゃないとうちの旦那も怒っちゃいますよー」
「うっ」
結婚してるのかよ!と思わず言いそうになってしまった、危ない。洋介さんを出して怯んだところを見ると、やっぱり男らしさというか威厳のようなものが違うなと思う。羨ましい。
「あと、あの子に手を出したら怖い幼馴染が飛んできますからね」
「出さないよ。でもそっかぁ、あんな子が幼馴染だなんてそいつが羨ましいな」
勝手に人を使って脅さないでください。あと飛んでは行きません。それから、常連さんは俺の苦労を味わってからそういうことを言ってもらいたい。
「羨ましいらしいわよ?悠斗くん」
「ちょっと、海晴さん!?」
ここで俺の名前を出すんですか?それを聞いていた店内の男性客の鋭い視線が俺に集まった。あー、デジャブだ。お客さんにこんなこと言えないけど、さっさと食べて帰ってほしい。
痛い視線にうんざりしていると、倖楓が話しかけてきた。
「ゆーくん」
「なに?」
倖楓の顔を見たら悪い顔をしてる。またか…。
「飛んで来てくれるの?」
「…うるさい」
今の俺にそれはオーバーキルだ。ほらみろ、視線の鋭さが増したじゃないか。またカップル客の男が叩かれてる。いい加減懲りたらどうなんだろう。
「まだまだ忙しいんだから手を動かせよ」
「はーい」
全然気持ちが入ってない返事をしてきた。本当にわかっているのだろうか。いや、絶対わかってないんだろうな。
そんな風に、お客の視線に刺されながらも時間は過ぎていった。
ランチタイムの営業が終わって掃除などをしていると海晴さんが声をかけてきた。
「2人とも、お疲れ様!倖楓ちゃんは初日だったのに全部完璧!」
「ありがとうございます!」
そう、倖楓はとても優秀だった。朝に説明を受けてから、営業中に全くミスをしなかった。俺なんて昨日はいっぱいいっぱいで姉ちゃんにフォローしてもらったところも少なくなかったのに、倖楓は余裕のある表情でやり通していた。これが秀才との差かと、勝手に1人で自信を失ってしまう。
「ところでゆーくん、このあとはどうするの?」
俺と倖楓は、今日のバイトはこれで終わりだ。俺はラストまで働いても問題ないと考えているのだが、月曜からまた学校なので遅くまでバイトをしなくていいという海晴さんの考えだ。実際、俺のシフトはかなり緩い。週に決まっている出勤曜日は金曜のディナーと土曜のみ。今日は慣れのために入っただけだ。しかも、予定などが入ったらいつでも休んでいいという、今までバイトをしたことない俺でもわかる無茶苦茶な雇用形態だ。元々、海晴さん1人で回せていたのだから問題ないのだろう。でもそれ以上に学生には時間を大切にしてほしいという、海晴さんの思いからこういう決まりになった。恐らく倖楓も同じ内容になっているはずだ。
ということで午後からはフリーだ。前からわかってはいたけど、何も決めていなかった。
「特に決めてない。帰ってダラダラするのでもいいかなって思ってる」
「それならさ、私とお出かけしよ?」
「えぇ…」
「なんで嫌そうなの!」
だってバイトより疲れそうだし。なんて言ったら叩かれそうだ。俺がうまい断り方を考えていると、海晴さんが話に入ってきた。あぁ、嫌な予感しかしない。
「デート!?いいわね!楽しんで来て!」
「違います。行くとも言ってません」
「もうっ!なんでよ!最近は素直になってきたなと思ってたのにー」
それは素直じゃなくて諦めてたって言うんだって。
「まだバイトに慣れてないから疲れたんだよ。サチみたいに俺は要領良くないからね」
「うぅん…」
なんとかそれらしい理由を言ったことで倖楓も怯んだようだ。今日はなんとか乗り切れそうだと安堵する。しかし、俺は何度経験すれば気が済むのか。―――油断大敵だ。
「そっかぁ。悠斗くんはお家デートをご所望みたいよ、倖楓ちゃん」
「よし、サチ。どこに行きたい?今なら海外旅行にでも付いて行く」
今日最速の頭の回転だったと思う。危ない。ここには倖楓と同種で、しかもレベルが圧倒的に上な人がいることをすっかり忘れていた。
「なんか不本意な決まり方だけど…。結果が望み通りだから許してあげる!」
なんで俺が悪いみたいになってるんだ。洋介さんなんてカウンターでコーヒーを飲んで遠くを見てる。触れちゃいけないと本能で理解しているのだろう。この人も苦労したんだろうなぁと同情してしまった。
「よし!そうと決まったら早く行こ!」
海晴さんのアシストのせいで、俺の日曜の午後が遊佐倖楓に強襲された。
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