ルピナス(2)
中編です。
「やっと落ち着いた…」
「普段から土日はこんなもんよ。次からは私いないんだからもっと大変よ?」
脱力する俺に姉ちゃんが呆れたように忠告する。
開店直後はお客さんも余裕で回せる程度の数しか来なかったが、やはりお昼時になったら一気に忙しくなった。そこからは必至に仕事をこなし続けて時間の感覚が無くなって、やっと店内に残ったお客さんが2グループほどになった。これを1人で捌ける海晴さんは人間なのだろうかと疑ってしまう。
「2人ともお疲れ様―。悠斗くん、初日とは思えないくらいちゃんと出来ててビックリしちゃった!特に接客の態度が満点!」
「ありがとうございます。そう言ってもらえて安心しました」
ここでも俺の外面の良さが役に立った。ほんと身についてよかったとしみじみ思う。安心したらお腹空いてきた。洋介さんの作る料理は見た目も匂いもすごく食欲を刺激されて大変だ。3月に来た時に食べさせてもらったビーフシチューも絶品だった。
「そろそろ閉めようか」
「はい」
奥から出てきた洋介さんの言葉に従って、俺は表のドアプレートを『close』にする。
この店は10時から14時までのランチタイムと17時から21時までのディナータイムで営業時間が分かれている。17時までは休憩と掃除などをすることになる。
「さ、2人とも!お昼だよ!」
海晴さんがカウンター席を指して座るように促す。お昼は洋介さんのまかないを食べる。メニュー表に関わらず、洋介さんの気分や海晴さんのリクエストなどで決まるらしい。姉ちゃんはすごく楽しみにしていたようで、小さい子のようにはしゃいでいる。
「洋介さんの料理久しぶりです!今日は何を作ってくれるんですか?」
「今日は明日香ちゃんが食べる久しぶりのまかないだからね、明日香ちゃんが好きな物にするよ」
「ほんとですか!?ありがとうございます!」
「姉ちゃんが好きな物ですか?」
「そうだよ、バイトしてくれてた時はよく作ってくれってせがまれてたよ」
洋介さんが懐かしむように笑って話してくれた。
「じゃあ、楽しみに待っててね」
そう言って洋介さんは厨房へ向かった。一体なんだろうと考えていると、海晴さんが話しかけてきた。
「悠斗くん、高校はどう?楽しい?」
「そうですねー、いろいろ想定外の事が多くて困ってます」
「想定外?」
首を傾げる海晴さんに姉ちゃんが面白そうに話す。
「海晴さん、実はですね。この子、小学校まで一緒だった幼馴染と再会したんですよ」
それを聞いた瞬間、海晴さんのテンションが今日1で上がった。
「なにそれ!?悠斗くん!もしかしてそれは女の子!?いや、間違いなく女の子よ!」
なんで何も言ってないのに断定しているんだ。間違ってないけど。それでも海晴さんはまだまだ止まらない。
「あぁ、いいわね!青春!素敵!」
「いや、そんなことは…」
「私と洋ちゃんも幼馴染なの!だから悠斗くんも大丈夫よ、頑張って!応援してる!」
どうやら海晴さんは自分の思い出と重ねてヒートアップしているらしい。応援されても何を頑張ればいいのやら。その後も海晴さんの思い出話や質問攻めを受けていると、厨房から料理を持って洋介さんが出てきた。
「海晴、厨房まで声が聞こえてた。少し落ち着きなよ。あと昔の話は恥ずかしいからしないでくれって言っただろ?」
「えー、いいじゃない。減るもんじゃあるまいし」
「そういう問題じゃない。あと、悠斗君も困ってるんだから質問攻めをするなよ」
洋介さんが出てきてくれて助かった。こう言ってはなんだけど、よく暴走列車みたいな海晴さんをコントロールできるなと尊敬の念すら覚える。
洋介さんは海晴さんの熱を冷ましてからカウンターに料理の皿を置いてくれた。置かれた皿には付け合せのサラダと一緒に、焼いた卵を纏った豚肉らしき料理が乗っていた。俺はこの料理を見たことが無かったので、洋介さんに質問する。
「洋介さん、これは何ていう料理なんですか?」
「これはね、ピカタっていう料理だよ。簡単に言うと豚肉に、粉チーズなんかを混ぜた溶き卵をからませて焼いたものだね」
「へー、知りませんでした」
俺はナイフとフォークを持って未知の料理を食べることにした。
「いただきます」
一口食べるとすぐに美味しさが口いっぱいに広がった。これは美味しい、姉ちゃんが好きなのも納得だ。
「美味しいです」
「でしょ?」
なぜか姉ちゃんがドヤ顔をしているのか。しかし俺はツッコむよりもピカタを食べることを優先する。夢中になって食べていたので完食するのにそれほど時間はかからなかった。
お昼も食べ終わってディナータイムのために店内清掃などの準備を進めながら、俺は海晴さんに質問をする。
「海晴さん。店名の『ルピナス』ってどういう意味なんですか?」
「ん?気になる?」
「はい、聞いたことない単語なので」
「じゃあ教えてあげるね。ルピナスっていう花があるの」
「あー、花なんですね。詳しくないですけど、花言葉とかもあるんですよね?」
「もちろん。『いつも幸せ』って花言葉なの」
「へー、いいですね。いつも幸せになれるお店ってことですか」
「ん?違うよ?私と洋ちゃんがいつも幸せってことだよ?」
「…なるほど」
惚気だった。せっかく良い花言葉なのに、なんか聞かなきゃよかった。
この質問でむしろ仕事の集中力が上がった俺は黙々と働いて、気付けば営業時間が残り1時間になった。さすがにこの時間にもなるとお客の入りも緩やかだ。そう思って安心していると、ドアベルが鳴った。接客のために入口へ体を向けてお客さんにあいさつをすると、そこには見たことがある人物が立っていた。
「いらっしゃ…いませ」
「こんばんは店員さん♪」
倖楓が楽しそうな顔で挨拶してきた。ここまで来るともう驚かなくなってきた。本来必要性のない自分の成長に泣きそうになる。とりあえず仕事中だし、やるべきことはしっかりやらなければならない。俺はマニュアル通りの接客をする。営業スマイルが出来てないのは許してほしい。
「おひとり様ですか?」
「残念ながら…」
店員にそんなことを言われても困る。ダメだ、冷静に対処しないと。普通ならお客が1人の場合はカウンターに通すが、空いてる時間帯ならテーブル席に通したりするので今回はテーブル席に通すことにする。
「テーブル席でよろしいでしょうか?」
「はい、よろしいです。よかったら店員さんも座ります?」
「座りません。ちょっと担当の者を変わりますね」
「あー!ごめんなさい!ちゃんと接客して!」
それならちゃんとお客さんをやってほしい。まったく、どうしてすぐふざけるのか。俺は近くのテーブルに案内した。お冷などの準備のために下がろうとするが、倖楓が一向に座らないので倖楓に声をかける。
「お客様、どうかなさいましたか?」
「椅子を引いてくれたりしないんですか?」
「そんな格式高いレストランみたいなサービス行っておりません」
「けち」
クレーマーか。倖楓が諦めて座ったので俺は今度こそお冷を取りに行った。
後編もすぐ上がります。




