01
読むのは自己責任で。
会話のみ。
4月6日、天気は晴れ。
今日から高校1年生――ということはなく、2年生。
1年生時代はぼうっと過ごしているだけであっという間に終わってしまっていた。
GW、初めてのテスト、夏休み及び冬休みも、家と学校を行ったり来たりしていただけ。
「お姉ちゃんもう行くの?」
話しかけてきたのは妹ちゃん。
私と違ってお母さんから期待されているしっかり者。
だからって憎んだりはしていない、だってこうして可愛く話しかけてくれるし。
「うん、行くよー」
「私も一緒に行く」
「分かったー」
今日から高校1年生なのは妹、小衣の方だ。
同じ高校を選んでくれたのは「お姉ちゃんがいるから!」なんて私にとっては嬉しい理由。
だが、母にとってはそうではなかったらしく、最近会話しているところを見ていない。
「小衣、お母さんに言ってからじゃなくていいの?」
「いいよっ、お母さんはお姉ちゃんに悪く言うもん」
「そっか、じゃあ行こうか」
本当はもっと上の高校だって余裕で狙えた。
それをどこかにやって普通のこの高校に来たんだから怒っても当然かもしれない。
母に好かれていない私がいるからここを選んだのが、なによりも悪かったんだろう。
「どう? 緊張してる?」
「うーん、入学式の時に返事をしなければならないでしょ? その時変な声になっちゃうかもって」
「大丈夫、私なんてお腹鳴っちゃったからね」
「それは可愛いくていいじゃん」
可愛いのか? 私でも恥ずかしくて早く教室に逃げたいくらいだったけど。
おまけにそこから地獄の自己紹介タイム、まあ無事終えることはできたからホッとした。
「つ、着いちゃった……」
「1年生はあっちでしょ、頑張って」
「う、うんっ、お母さんと喧嘩してまでお姉ちゃんと一緒のところを選んだんだから頑張る!」
もし小衣が別の高校だったら、また1年間ぼうっとしている間に終わっていたんだろうな。
「よいしょっと」
靴から上履きに履き替えて廊下を歩いていく。
3年生が2階、2年生が3階、1年生が4階と逆になっている。
「あ……教室確認してくるの忘れた」
「なにぶつぶつ言っているのよ」
「教室確認してくるの忘れちゃった」
知らない子だけど関係ない、話しかけてきたのに無視はできない。
「あなたは1組よ、ちなみに私も同じだけど」
「おー、ありがとー」
なんで同じ教室なのをわざわざアピールするのかは分からないがお礼を言って1組へ。
「おはよー!」
「あー、この子に言ってるんだよね?」
知らない相手に対しても挨拶をできる彼女は素晴らしい。
でも、先程の子に挨拶をしているのだとしたらもう少しタイミングをズラしてほしかった。
だってそうしないと勘違いして恥ずかしい思いをするかもしれないでしょ?
「ち、違うよっ、大鐘さんにだよ」
「おおかね……あ、私か、おはよ」
どうやら私だったらしい。
私の名字を知っているとかファンなんだろうか。
ぼうっと過ごしていても注目されてしまうなんて凄い話だな。
「なんでそんな他人行儀なの? 去年も一緒だったよね?」
「――? きみ、いた?」
「ガーンッ!?」
おおっと……なんか物凄くショックを受けている。
ぼうっとしている間になんか会話とかしていたのかな。
「小雪、もしかして私のことも忘れたの?」
「うーん、誰?」
「はぁ……じゃあ今から覚えなさい。私は織宮紫音、この子は」
「風雛風璃!」
おぉ、書いてくれた漢字を見てみたら風の使い手さんだった。
「フウフウとオリシーっ」
「「え……?」」
ふっ、今年は楽しくなりそうだ。
「あぁ……やっぱり失敗したぁ……」
「まあまあ、お腹が鳴るより恥ずかしくないよ」
「恥ずかしいよっ、同級生にも先輩さん達にも笑われたんだから……」
私と違って可愛い。
唇を尖らせている小衣の両頬を挟んで中央に寄せる。
「にゃにぃー……?」
「せっかく可愛いんだからそういう顔は駄目」
そういう顔は母にでも任せておけばいい。
笑っていてほしい、それくらいの失敗くらいなんてことはないんだ。
「あら、小雪の友達?」
「あ、オリシー。違うよ、この子は私の妹の小衣」
「へえっ、こんなに可愛い妹さんがいるんだ!」
「そう、自慢の妹だよ」
自慢の妹過ぎて問題がないというわけでもないけど。
しっかり者だと分かるやいなや、小衣にばかり集中するようになった。
キツく当たるという行為は全くせず、そういうのはこちらにだけされる毎日。
小衣が私のところに来てくれるから嫌ではなかった。
でも、家ではなく、わざわざ外で仲良くしなければならないのが面倒くさかったけど。
「お姉ちゃんの方が素敵ですから!」
「ふふ、どっちもすてきな姉妹でいいじゃない」
「お姉ちゃんが特にすてきです!」
「い、意外と強情だなー……」
「なにかおかしいこと言いましたか? お姉ちゃんはこんなに可愛いんですよ?」
変な返事になって恥ずかしがっていた子と同一人物だとは思えない。
母にあれだけ刷り込みというか「あなたの姉は駄目」と言われ続けているのに、どうしてこんなにもお姉ちゃん子が出来上がったのかよく分からなかった。
ふたりと別れて帰路に就く。
その間も小衣は興奮冷めやらぬ感じ。
だが、家に着いたら流石に態度を改めたのが分かった。
いつもなら「おかえりなさい」と間違いなく迎えに来るのに、今回は来ない。
それどころか入学式にも来なかった、別に働いているというわけでもないのに。
小衣が私と同じ高校を志望すると分かった時からずっとこんな感じだ。
恐らくギリギリまで隠し続けていたのが1番影響していることなのかもしれない。
「お姉ちゃん、お菓子食べる?」
「私はいいよ。お母さんに言ってごはん作ってもらったら?」
「いい、自分で作るから」
完全に興味を失ったのか母がこちらを叱ってくることもなくなった。
お金とかは出すから後は勝手にしろ、なにが起きても責任取らないからというところだろうか。
「おかえりなさい」
「お、お母さん……」
なんでこんな2階の廊下でコソコソとしているんだ。
「小衣の入学式だったのに行かなくて良かったの?」
「あなたは余計なことを気にせず小衣にとっていい姉でありなさい」
うん? 普段ならこんなこと言わないのに。
「おねえちゃーん、もうできるよー」
「分かったー」
とりあえず制服から着替えて1階へ。
「おぉ、いい匂い」
「お昼からオムライスじゃ重いかな?」
「大丈夫、小衣が作ってくれたやつならなんでも嬉しい」
「えへへっ、私はお姉ちゃんに食べてもらえるだけで嬉しいよ」
お昼から小衣が作ってくれた美味しいオムライスを食べて幸せおねむ状態になってしまった。
「すぅ……はぁ……動きたくないなー」
「いいよ、休んでて」
「ごめんよー……姉なのに……」
「寧ろ全部任せてくれてもいいくらいだから」
流石にそれは申し訳ないから無理だ。
うーん、本当になんでこんなに可愛い妹に成長したんだろう。
母が厳しかったおかげだろうか、もしそうなら感謝しなければならないが。
「そういえば風雛さんと織宮さんとは仲いいの?」
「んー? あー……今日初めて話したんだよー」
「え、その割には織宮さん、お姉ちゃんのことを名前で呼んでいたけど……」
別にそういうにこだわらないから自由に呼んでくれればいい。
でも、小衣のことを名前で呼ぶのは許さない。
ちゃんと仲良くして、いい人だって分かったらその時は認めるかもしれないけど。
「ねえ……あんまり他の人とばかり仲良くしないでね……そしたらせっかく同じ高校を選んだのに寂しいから」
「大丈夫だよー……小衣こそ友達を作ってそっちばかり優先しないでよー」
「それは大丈夫! 毎時間お姉ちゃんのところに行くから!」
「はは、そっか、でも適度じゃなきゃ駄目だよ……ふぁぁ……友達作らなきゃ駄目」
「はーい……」
それこそフウフウとオリシーを紹介が済んでいるわけだしあのふたりにも協力してもらえばいい。
なんとなくだけど、あのふたりになら小衣を任せてもいいと思える。
「フウフウとオリシーに友達になってもらったら?」
「それはいいねっ。でも、なってくれるかな……?」
「大丈夫、私が説得するからー……ごめん、寝るね」
「うん、おやすみ」
断ったら許さない。
姉として絶対に友達にならせてみせると決めて、眠気に任せたのだった。
「――なのでお友達になってください!」
「いいわよ」
「いいよー、小雪たんの妹なら大歓迎!」
「ありがとうございます!」
良かった、風雛さんも織宮さんも優しい人で。
「あの、お姉ちゃんは……」
「小雪ならベランダで寝ているわよ」
「えっ」
慌てて向かってみると本当に寝転んでいた。
ぽかぽかしているから気持ちいいのかもしれないけど、汚れちゃうのでやめてほしい。
「お姉ちゃん」
「んー……おぉ、小衣ー」
「ふたりともお友達になってくれたよ」
「良かったねー……そうだ、小衣も寝転ぶー?」
「う、ううんっ、それよりもう帰ってゆっくりしようよ」
私はのんびりマイペースなお姉ちゃんが好きだ。
あとはなんでも誘ってくれるところが嬉しい。
で、でも、さすがにここでは他の人の目もあるし恥ずかしいからできない。
「小雪、汚れるわよ」
「んー……」
「そうだぞ小雪たん、早く帰ろうよー」
「分かったよ……よいしょっとと……」
む……私が言った時は聞いてくれなかったのに。
あとなんかお姉ちゃんに対して馴れ馴れしいというか、なんか距離感が気に入らない。
だけどお姉ちゃんが怒っていないなら言うこともできないから、非常にもどかしい時間になった。
「表情、なんとかしなさい」
「えっ?」
「顔に出ているわよ、お姉ちゃんを取らないでほしいって」
嘘っ!? そ、それは凄く恥ずかしい……。
慌てる私を見て「ふふ、面白いわね」と織宮さんは楽しそうだった。
……その笑顔が魅力的に見えて、ドキッとしてしまったことが1番良くないことだったが。
「……去年のお姉ちゃんってどうでしたか?」
「そうね、基本的に自由人って感じだったかしら。ぼうっとしてて話を聞いていなくて、でも誰かのために行動することができる優しい子でもあったわ」
「そうですか、教えてくれてありがとうございます」
そうだよ、他の人にドキッとしている場合じゃない。
私はいつだってお姉ちゃんと一緒にいたい。
いてもらいたいし、いてあげたい、必要とされたいのだ。
「小雪のことが好きなの?」
「大好きですっ」
「そうじゃなくて、女の子として、よ」
なんか唇の動きがえっちで見つめてしまった。
お姉ちゃんと同級生の人なのになんでこんなに色気があるんだろう。
「聞いてる?」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
「小雪のこと、女の子として好きなの?」
「え、えぇ!? そ、そんなつもりは……」
お姉ちゃんは大好きだけど、そういう意味かどうかは分からない。
とにかく一緒にいたくて私は引っ付いていた。
ひとりで行動することが多かったから、逆にいてあげてるなんて偉そうに考えつつだけど。
だけど実際は違う、お姉ちゃんが私といてくれてるんだ。
私では絶対にお姉ちゃんに敵わない、そのことは凄く分かっている。
「そう」
「はい……」
「ならあなたは私がもらおうかしら」
「え……」
い、いまなんて……?
聞き間違いではないのなら、私をもらうって言ったよね?
女の子して好きなのか云々の話をしてからこの発言。
つまり織宮さんは私のことを……えぇ、そ、そんなのって!
「冗談よ」
「え……な、なんだ……あはは、そうですよね」
そうだ、有りえない。
お姉ちゃんの方が可愛いのに、ほぼ初対面の私を望むなんておかしい。
「あら、もしかして少し想像しちゃった?」
「そ、そんなこと!?」
「ふふ、可愛いわねあなた、もっと欲しくなるわ」
瞳から視線を逸らすことができない。
普通にお姉ちゃんの方を見ておけばいいのに吸い込まれるかのように織宮さんの瞳を凝視していた。
「ねえ、ちょっと違う方に行きましょう? あのふたりはこちらに気づいていないようだし」
「あ、あの……」
「いいでしょう?」
「はい……」
さり気なく手も握られて、1番最初に思ったのは手汗かいてないかなって乙女みたいなこと。
ほぼ初対面の相手に握られて嫌と感じるどころか、嬉しくすら感じてしまっていた。
「ね、キス、していい?」
「はぇ!?」
「いいでしょう?」
どんどんと顔が近づいてくる。
手は握られたままだから逃げることはできない。
ついでに言えば今度は薄ピンク色の唇から視線を逸らすことすらできなくて。
――初めての体験をした。
まさか本当にされるとは思わなくて、織宮さんを思い切り押してしまう。
「ふふ、どうだった?」
「あ……」
最低、有りえない、おかしい、お姉ちゃんに言う。
そんな考えは出てくるのに、表に出てくれない。
あ、あっ、と馬鹿みたいに漏らすのが精一杯。
「小雪には内緒ね、あなたが望むならこれからもしてあげる。それじゃあね」
最後まで彼女は余裕な態度のまま帰っていってしまった。
私は先程唇で触れられた己の唇を撫でて、そこに崩れ落ちる。
「これじゃあお姉ちゃんといられないよ……」
好きでもない相手とキスをする妹なんて受けいれられるはずがない……。
当然、すぐに家に帰ることなんてできなかった。