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プロローグ


 右を見ても、左を見ても、見覚えのない知らない場所が広がっている。

 私が立っているのは広場のような所にある噴水の前だ。

 広場の周りには大通りが何本かあり、遠くの方にはお城まで見え、話で聞いたことのある王都みたいだなって思った。


 大通りに立っているお店の壁には同じポスターな何枚も貼ってあり、目を凝らして書いてある文字を読んでみる。

 どうやらお祭りが開かれているようだ。

 確かに人が多い。


 現実逃避を辞めて、現状を整理する。

 私は迷子だ。

 それも、親とはぐれたってわけでも無く、母が目を離した隙きに庭の柵を飛び越えて、街へ出できた質の悪い迷子。


 だが、何故こんな所に居るのだろう。

 私が暮らしているテージ村は王都から馬車で1日半だと聞いたことがある。

 対して私は家を出てからまだ30分も経っていない。

 つまり、ここは王都ではない……のかな。


 周りでは、お祭りを楽しむ人達が笑っていて、とても楽しそうにしている。

 大人も子供もみんな1輪の小さな花を持っていた。

 花の名前は知らないが薄紫色の綺麗な花。

 確かこの国の象徴とされている花だったはず。

 まだ9歳だが、たくさん勉強しているから(自分で言うのも何だが)物知りなのだ。


 しばらくぼーっと立っていると走ってきた子供にぶつかって尻もちをついた。

 ……ごめんなさい。

 得意気に胸を張っている場合じゃないことを思い出し、立ち上がってお尻についた土を払う。


 とにかく家に帰ろう。

 いつまでもここに居るのは良くない気がした。

 帰り道はわからないけど、歩けばきっと着く。

 ……多分。

 来た方向もわからないので、近くの大人に聞いて見る方がいいかな。

 取り合えず、同じく広場の噴水の前に立っている2人組の男の人に話しかけてみる。


『あの、テージ村ってどっちにありますか?』


 2人組の男の人はぷつりと話をやめて私の方を見た。

 なんだろう。

 よくわかんないけど……逃げなきゃいけない気がする。

 2人組の男の人は一度私から視線を外し、何かをこそこそと話した。


 少しすると、話が終わったのか1人は感情の読めない無表情で、もう1人は卑劣な笑みを浮かべて私に視線を戻した。

 対称的な雰囲気が恐ろしくて、2人から視線を反らす。

 ゆっくりと近づいてくる手がどちらの手か分からない。

 怖い。

 この人達は何をするつもりなんだろう。



 ……逃げなきゃ。

 でも、恐怖で身体に力が入らなくなっている。

 動かない身体に苛立っている間に腕を勢いよく掴まれた。

 掴まれているところがミシミシと音を立てている……気がしなくもない。


 いや、絶対している。

 腕が取れそうなくらい痛い。

 もう少し力を加減してくれても良いと思うぐらいには痛い。

 掴まれた腕を引っ張られる。

 どこかに連れて行かれるようだ。

 やばい…このまま連れて行かれたら売られちゃったりするのかな……。

 あと、もうちょっと優しくして欲しい。


 力の入らない身体で精一杯の抵抗をする。

 大人しくしていた(大人しくした覚えはないが)のに急に暴れたから驚いたのか、腕を掴んでいる力が一瞬弱まった。

 腕を勢いよくブンッと振り、手を振りほどき、後ろへ向かって走り出した。


 逃げれた!っと思ったのもまた一瞬で、大人の足に子供が叶うわけもなくすぐに捕まった。

 どうやら逃げようとしたのがお気に召さなかったようで、めちゃくちゃ怒ってる。

 さっきよりも雑に扱われ、腕だけでなく、引っ張らたときに捻った脚も痛くなってきた。

 もう駄目かもしれない。お母さん、お父さん、今までろくに親孝行出来なくてごめんね。


 連れて行かれる事を諦め、親に向かって念を送る(届くことは無いと思うが)。

 一度駄目だったからって…って思うが、大人2人相手だと太刀打ちできないのだ。

 引っ張られるままついていこうとした。



 そのとき、誰かが私の身体を優しく抱き上げた。

 いつの間にか腕を掴んていたても消えていた。

 驚いて2人組を見ると地面に転がっていて、その横には黒いローブに黒い服を着ている人達が5,6人立っていた。


 ……誰なんだろう。

 だが、恐らく助けてくれたのだろう。

 お礼を言うため、顔を上げる。視界に入ったのは物凄く整った男の人の顔だった。


 色素の薄い長い髪の毛に、蒼い宝石のような瞳。

 髪の毛は後ろで緩く結んでいて、脇の下辺りまでありそうだ。

 太陽の光を浴びてキラキラと透けて見え、あまりに綺麗すぎて、お礼を言おうとした口が空いて塞がらなかった。

 呆然としていると、周りから「騎士様がいるぞ!」って声が聞こえてきた。

 騎士様………あの王国騎士団のことだろう。


 王国騎士団とは、私が暮らしているこのアルティス王国を護っている王国に属している騎士団のことだ。

 主にこの国の端から端まですべて見回りをしたり、王族の護衛、魔物退治、などと色んな仕事をしていて、少なくともこんな何処にでもいる子供1人に構っている暇など無いはずだ。


 その騎士団が何故私を助けたのだろう。

 確かに街の平和を護ったり、国民を守るのも仕事だろうが……。


『大丈夫?痛いところとか無い?』


 正直掴まれていた腕が痛いが、忙しい騎士様の仕事を少しでも減らさなければいけないのでおとなしく頷く。

 すると、騎士のお兄さんは安心したのかほっとした顔をした。

 そして、何故私が王都に居るのか丁寧に説明してくれた。


 どうやら騎士団がテージ村に見回りをしていて、終わったから帰ろうと空間移動魔法を使ったときに脱走した私が走ってきて、巻き込まれたらしい。

 なんとタイミングの悪い……。

 テージ村へ返してくれると言うので、大人しく従う。

 きっと帰ったらお母さんに怒られるだろうな。


 騎士のお兄さんは他の騎士の人達と軽く会話をして、手帳のような物から1枚、紙を切り取り呪文を唱える。よく見ると魔法陣が書いてある。

 しかもすっごく細かい。

 呪文を唱え終わると私の周りは一気に光り、眩しくて目をつぶる。

 光りが収まり、そろりと目を開けるとそこはもうテージ村だった。


 初めて見た魔法に、私の心は強く打たれた。

 母や父も魔法を使えるのは知っていたが見せてもらえることが無かったのだ。

 こんなにも心を動かされる物だなんて知らなかった。


 どうしたらこの人みたいになれるのだろう。

 私もなれるのだろうか。

 キラキラした目で騎士のお兄さんを見つめていると、遠くの方から母の声がした。

 居なくなった私を探しに来たみたいだ。


『ああ、こんな所に……!勝手に外に出たら駄目だって……って騎士様!?』


 近づいて来た母は私の隣に立っている騎士のお兄さんを見て、とても驚いた。

 驚く理由はよく分かるが半歩後退るのは良くないと思う。

 騎士のお兄さんが少しだけシュンとしてしまったじゃないか。


『すいません、この子がご迷惑を……!?』


 気を取り直して駆け寄って来た母。もう大丈夫みたいだ。

 顔は青いが。

 そんな母に対して騎士のお兄さんは、柔らかく微笑みながらゆるゆると首を振り、


『お気になさらず。迷子を助けるのも騎士団の務めですから。』


 と言っていた。


 その後も母は騎士のお兄さんに向かって何度も頭を下げ、一言二言話して私に帰ろうと言ってきた。

 母に手を引かれ、家への道を進むよう促される。

 1時間にも満たない時間だか、私はこの騎士のお兄さんと離れるのがすごく寂しくなってきた。

 せめて最後にこれを聞きたいと、騎士のお兄さんに正面から向き合った。


『あのね、どうしたらお兄さんみたいにすごい魔法使えるようになるの!?』


『僕みたいに……?そうだね、……王都にある魔法学園に行って、いっぱい魔法の勉強をしたら使えるよ』


『ほんとう!?私にも出来る!?』


『ああ、きっと』


 一瞬、驚いた顔をしたが優しく教えてくれた。

 王都にある魔法学園。

 私がいるナージ村にある小さな学校とは全然違う。

 国中から魔法の知識に関して優秀な人達が集まり、授業の内容もレベルが高い。

 限られた人しか入ることが出来ない学校だ。

 そこへ行けば、私は騎士のお兄さんみたいになれるのだという。

 やってやろうじゃないか。

 私は強い魔導師になってみせる!


『ほら、帰るよアイリス。何時までも騎士様の仕事を邪魔しちゃ駄目でしょ』


 今度こそお別れだと、私は騎士のお兄さんに背を向ける。

 母と手繋ぎ、道を進む。時々ちらっと後ろを振り返りながら。

 ゆっくりと離れて行き、2人の間の距離はおおきくなる。

 騎士のお兄さんは私達の姿が見えなくなるまで見守ってくれていた。


『アイリス……ね……』


 でも、私は知らなかった。

 その騎士のお兄さんが悲しみを耐えるような、何かを懐かしむような、そんな表情をしていたなんて。




 ちなみに、家に帰ると予想道理、母にみっちりと怒られた。

 ……流石に2時間も怒らるとは思っていなかったが。

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