心配ないさ
激しい《キャラクター崩壊許すまじ論》は、いつか見た大号泣で締めくくられた。
……なんで呼び出されたのか些か疑問ではあるが、多分本人も呼び出した目的を忘れていたのだろう。
「中庭に15時に来て下さい……ねぇ」
これは、渚が私に宛てた《果たし状》で、クレア様の机の中に入っていたものである。果たし状なのにやけに丁寧で、果たし状の荒々しいイメージを覆された瞬間であった。
ちなみに、どうして私宛ての果たし状がクレア様の机の中にあったのかと言うと、ただの間違いによるものである。私とクレア様の席は前後という位置関係にあるので、他のクラスに在籍している渚が間違えても不思議ではないし、本人に指摘すると真っ赤になっていたので故意ではなかったみたいだ。
……散々人のキャラクターをドジっ娘だとか言っていたが、渚もその部類に入るのではないだろうかと思うのだけれど、どうだろう?顔立ちは完全な萌えキャラだと思うのよ。
「セーラ様、今度何かありましたら私がお側におりますわ」
ドジっ娘の手によってクレア様の机の中に迷い込んだ丁寧な果たし状の存在はクレア様に衝撃を与えたらしく、度々こんなことを言ってくれる。クレア様の優しさに乾杯!だけれども、
「その前に、クレア様にはやるべきことがありましょう?」
クレア様は今から王子様のところに行って、『この浮気者!』とビンタをお見舞いするのである。……という冗談は置いておいて。
渚の処遇をどうするのか、ということを話し合うのだそうだ。お偉いさんは大変だなぁ……私?私は今回の話し合いはお留守番だ。クレア様が子犬のようにふるふる震えながら私に縋るような目で見てくるというとても!とても愛くるしい姿で「一緒に行きましょう?」と仰られたのだけど何とか断った。
「……では、行って来ますわ。セーラ様、私の帰りを待っていて下さると嬉しいわ」
と言いながらもチラチラと縋るような眼差しで見てくるクレア様……かーわーいーいー!!
「えぇ、勿論です」
喜んで待たせて頂きますぅう!!クレア様の為なら一時間でも二時間でも待ちますとも!
足取り重く教室を出て行ったクレア様。でも、なーんも心配する必要ないですよーっと。
───……
私が王子様に生意気な言葉をぶん投げていたあの日。
「セーラ。お前のクレアに対しての異様な観察眼から見て、今のクレアをどう見ている?」
異様って失礼だな。せめて鋭い、とかに変えてくれれば良いのに……クレア様の最近の様子を知りたいってことで良いのよね?
「落ち込んでらっしゃいますよ。周りに心配させまいと気丈に振る舞っていらっしゃいますけれど。……まさかナギサ様に惚れた腫れたを抜かす訳ではありませんよね?」
誇り高く冷静なクレア様。そんな彼女が、唯一顔に陰が差した時。それは、渚と王子が一緒に校内を回っている時だった。クレア様は不安に思ったのだろう。必死に二人を探し回っていた。
そんなクレア様の隣で私は、この人たちの足取りの軽さは何なんだよ!とやり場のない怒りを抱えていたものである。学園はかなり広いので移動するにも一苦労だ。それなのに、疲れも感じさせない早さで次から次へと転々と場所を移動しているのである。クレア様と私がどれほど必死に走り回ったことか……。
なんてことは、そっと心の中にしまっておくけれど。
「矢張りそう思うか……。セーラ、俺とナギサはお前の恐れている関係にないということをここに宣言しておく」
恐れている関係……交際関係にない。と、王子は言い切った。良かったぁ、もしそういう関係にあったら王子の頭を引張叩く(かもしれない)ところだった。
「ただ、困ったことになっていてな。そこでお前に頼みたいのだ」
「……困ったこと、ですか」
面倒くさそうな物言いについ顔を顰めた私に構うことなく話を続ける。
「ナギサが生徒の誰かから嫌がらせを受けているらしくてな。一部の人間は、クレアが行なっているのではないかと言っている」
腕を組んで吐き捨てるように言った王子に思わず詰め寄って
「それはありえませんわ!」
と訴える。
毎日、ベッタリと張り付くように隣にいたのだ。彼女にそんなこと……嫌がらせをする時間なんてなかった。
私の訴えは、まぁ待て。と。落ち着いた声で静止される。
「分かっている。俺の愛しい婚約者がそんなくだらないことをする筈ない。しかし、その声も無視は出来まい。そこで、頼みたいことの話になるのだが……」
……サラリと惚気ないでくれないだろうか。真顔で言うものだから、初々しさとか皆無なのよ。キュンキュンしません。
いやいや、そうじゃないでしょう。私。今は、頼み事の話だ。
「嫌がらせからナギサを守って欲しい」
────……
と、いう話があったのだ。
王子の考え的には、クレア様の親友である私がナギサを気にかける事で、『クレアはナギサの件で後ろめたいことはしてないよ〜』とお偉いさんにアピールすることが出来るんじゃないか。ということ……なんだとさ。
そんなワケで、クレア様が不安になる必要なんてないのである。