はいはい王子様の登場ですよ〜っと
なんでこうなった……。ダラリと一筋の汗が首筋を伝う。
私の目の前には、表情筋の一つも動かさない超真顔の男。
「セーラ・フォード。君と話すのは、随分久しぶりだな」
この男こそが、我がイースト国の第一王子であり、私の親友、クレア様の婚約者。アーサー・ドーラ様だ。
「えぇ、そうですわね。殿下。私、婚約者を傷付けるような殿方と話す会話などありませんもの」
なんて言っているのだけれど、私の内心はガクブルに震えている。殿下は、この学園の生徒のヒエラルキーで頂点に君臨する方である。だというのに、私のこの口は、先程から生意気な事ばかりしか言えないのだ。
いつもなら本音と建前をしっかり分けているし、胡麻擂りの一つや二つ、三つ四つくらいして見せるのだけれど。
婚約者──クレア様を放置しておきながら、他の女の側にいる男なんぞに胡麻を擂りたくないのだ。
更に、この男。私の楽しみを潰しやがったのである……!
「相当、怒っているようだな。その怒りは俺にか?それともナギサにか?」
「どちらにも、ですわ。殿下。もう、よろしいでしょうか?私、クレア様達をお待たせしているのです」
一昨日、マリーのお兄さんが監修してきるケーキ屋さんが開店したので、今日はマリーとクレア様と私で一緒に行こうと約束をしていたのだ。
マリーのお兄さんは王都でも名の通ったパティシエさんで、特にケーキが大得意だととある記事に載っていたこともあり、楽しみですわね!とキャッキャウフフしていたのに……!この男が邪魔してくれた所為で……!!
私の怨みがましい目に気付いているだろうに、知らんふりをしている殿下。彼も中々の神経の図太さである。彼が王子という肩書きが付いていなかったのならば、私は絶対にこの場から立ち去っていただろう。なんなら来てもなかったなのに。
「まぁ待て。お前に頼みたい事がある」
───……
「……どうだ」
そう、私の目をしっかりと見てくる殿下の表情筋はやはり全く、これっぽっちも動いてなかった。真顔である。表情筋ちゃんと仕事して
……でも
私の目を射抜く殿下のグリーンアイからは、強い意志を感じる。断るのは許さない、そう訴えて来ているのだ。勿論、言葉にはされていないので、私が感じているだけなのだけれど。それだけで私は、拒否の選択肢を呆気なく手放した。
「御意に」
どうして貴方達は、言葉じゃなくて目で訴えかけてくるのよ。と苦笑して、凛とした蜂蜜色の親友を思い浮かべた。