ヒロイン、ついに登場
渚に諫言するとクレア様が仰って、早数日経った。何で数日したのに言ってないのかって?事情ってものがあるのよ。
その事情というのは、第一王子様が渚をあちこち連れ回している所為で渚一人になる時間が無かったということだ。二人で仲睦まじく過ごしている姿を見る度に、クレア様の顔立ちが悲しそうに歪むのが見ていられなかった。
そして、やっと!
「ナギサ様、少しよろしいかしら?」
「クレア様……に、セーラ様。何のご用でしょう?」
ヒロインの登場だーい!ドンドンパフパフヒューヒュー!!……はい、黙ります。
しかし、改めて対峙すると分かるのだけれど、渚は本当にメンタルが強い。公爵家の令嬢二人を前にしても、一切萎縮しないのだ。いくら、異世界から来ちゃった系ヒロインでも、自分より遥かに上の立場にいることくらい分かるだろうに。少女漫画の渚は、もっと萎縮しまくっていたような気がするけれど……って、まさか!
転生者か!?
だとすれば、この変化には頷ける。転生者と決め付けるには微細な変化なのでまだ断定は出来ないけれど……。
「貴女、婚約者のいる殿方とあまりにも距離が近いのでなくて? ……婚約者のいる殿方に言い寄っているというお話も伺いましたわ。婚約者のいる殿方に言い寄るのはお辞めなさい」
クレア様の目は、怒りに燃えている。クレア様は責任感が強く、貴族同士の婚姻の裏事情をしっかりと把握していらっしゃる方だ。
私たち貴族にとって婚約というのは、家と家を結ぶ、より強固な縁を繋ぐ為の手段であり、お互いにメリットやデメリットを擦り合わせて慎重に長い年月をかけて相手を選ぶ。それが何処ぞの世界から来た何の身分も持たない女に崩壊させられたら堪ったもんじゃないのだ。
なので、貴族女子たちは婚約者のいる男性と懇意になるのは敬遠している。理由は言わずもがな。トラブルの火種になるからだ。それなりに賢い貴族達は、トラブルへの回避能力ら頗る高いのだ。
然し、強メンタルの持ち主でありそんな貴族事情を知らない渚は
「貴女にそう言われる筋合い御座いません」
キッパリと一蹴した。少し垂れた大きな目からは、敵意に近いものを感じる。まるで、邪魔するなと言わんばかりだ。
クレア様は渚の言葉に驚いて言葉が出ないみたいだが、無理もない。
クレア様からすれば、まさか国王様のお情けで学園に通えている身である渚が、公爵家の令嬢であり、第一王子様の婚約者である自分に反発するなどとは毛ほども思わないだろうから。
そんな風に考えている私だけれど。クレア様同様、言葉が出ない。いや……だってさ。少々お痛が過ぎるんじゃないの……?
この世界は少女漫画でありながらも、縦社会がはっきりしていて、権力は絶対という風潮がある。
つまりこの場合だと、クレア様(と私)が一番偉いということになり、渚はクレア様の言葉には『イエス』or『はい』で答えなければならない。
たしかに、平等を謳われる現代から来た(と思われる)渚にとっては馴染みにくいのかもしれないが。
一度、渚自身の立場を明確にした方が良いのかもしれない。このままだと、彼女の通る道は破滅しかないだろうから。
「ナギサ様、お立場を弁えるべきかと思いますよ。貴女は、国王様の温情にてこの学園に通わせて頂いている身ですわ。謂わば、平民ですの。平民と、貴族には超えられない壁がありますわ。
……貴女がいらした世界が平等を掲げていたとしても、此処は全く違う世界だと言うことをお忘れなく」
ストーリー通りであれば、クレア様が破滅の道を通り、渚の横には第一王子様がいるのだけれど。まぁ、残念ながら私がここに。セーラとして立っているので、そんなことは起こさせない。
つまり、渚はこのままだとこの少女漫画を描いた作者も吃驚な転落人生を歩むことになる。貴族を敵に回すというのは、生涯成功の芽を摘まれることと等しい。貴族には平民の人生を左右出来るだけの権力があるからね。貴族と平民の間には、切っても切れない関係があるのだ。
あいつキラーイと貴族が言うだけで、言われた平民は有りもしない罪を仕立て上げられて処刑されることもある。
あぁ、勿論。そんなことはしないようにしっかりと教育されているから起こることはないよ……多分ね。
それはそれで忍びないのよ。私からしたら転生者同士芽生えた仲間意識(一方的だけどね)があるし。
そう、思っていたのだけど……。
「酷いッ! セーラさん酷いです!私が何したって言うんですか!」
何したもなにも、人の婚約者に手ぇ出してるやないかーい! というか、人様の婚約者に手を出すのは、この世界じゃなくてもアウトだったでしょうがあああ!!
と。言いたくて仕方ない。
……まぁ、私は? クールでお淑やかな(面を被ってる)公爵令嬢なので?我慢出来ますけど??
メソメソと大粒の涙を流す渚に頭が痛くなった。あああああもう!面倒くさいなこの子ぉおお!!