えいえいおー
我が親友のクレア様は、それはそれは美しい。
腰まである蜂蜜色のウェーブのかかった髪は艶があって、キリリとした目元からは凛とした力強い意思を感じる。優雅な仕草からは気品を、可憐なお声から放たれる言葉には優しさが込められていて……。私の人生史上、最も麗しい方だ。
そんな方の親友なんて! 本当最高! いやっほう!
……とまぁ、内心お祭り騒ぎをしている私だけれど、外面は完璧な公爵令嬢だ。内側を隠そうとするあまり、寡黙になりすぎちゃって『クール』だとか『お淑やか』だとか、内心と180度異なった印象を持たれてしまっているくらいには。
「セーラ様、何か考え事ですの? 貴女のお好きなお茶菓子を用意して頂いたのだけれど……お口に合わなかったかしら?」
見て! 私の親友!! すっっごく優しいでしょう!?いつもキリリとした目元が寂しそうに下がっているのとか最高に可愛い!
「滅相もありませんわ、クレア様。お心遣いに感謝しております。……このマカロンなんて、とても美味しいです」
可愛い過ぎる親友の姿と優しさに荒ぶる内心を押さえつけて、微笑みを浮かべれば可憐なお嬢様の出来上がり。完璧な外面である。
先程口に含んだマカロンは、私の大好物なのだけれど、クレア様は覚えていてくれたらしい。私の親友ってば本当素敵!
……只今、クレア様のお家でお茶会をしているところだ。公爵家ともなると、休日はお茶会を開くことが多くなる。貴族同士の情報交換であったり、友好を深める為にはお茶会は必須だからね。
今回のお茶会に招待された人たちは、《クレア派》の面々だ。所謂、取り巻きという存在をイメージしてくれると分かりやすいと思う。クレア様を敬愛し、慈しむことに学園生活をかける面々で、人数は数十人ほど。元々はこの倍以上の人数がいたのだけれど、大分減ってしまった。
第一王子様の婚約者であるクレア様。しかし、その立場はヒロインの登場によって危ういものになっているのだ。ヒロインと婚約することになれば、婚約破棄されたクレア様の貴族令嬢としての価値は著しく低下することになる。権力大好きな貴族令嬢は、早々にクレア様から離れていった。
「クレア様、少しお耳に入れたいお話があるのですけれど、よろしいですか?」
彼女の名は、マリー・ハーデル。伯爵家のご令嬢で、
目が覚めるようなオレンジ色の髪は快活な印象を与える。印象通り、ハキハキとした話し方をする、非常に好感の持てる女性だ。
「……ナギサ様のことかしら?」
ナギサ様。基、本城 渚。彼女こそが、この少女漫画における主人公である。愛嬌のある可愛らしい顔立ちをしていて、男ウケするタイプ。謎の行動力と、相手(特に男性)のパーソナルスペースをガン無視するという強メンタルを武器に、婚約者のいる男性と積極的に関わりを持っている女性だ。
そして今最も、クレア様が頭を痛めている困ったお人である。許すまじ、渚。
「えぇ。近頃、私の婚約者であるジョセフが、ナギサ様にやたら熱心に言い寄られているようですの。ジョセフだけでなく、アーシャ様やタオ様の婚約者の方にも……。クレア様、どうか彼女にお言葉をかけて頂けませんか」
原作にある、婚約者のいる殿方に〜(以下省略)というクレア様の言葉は、婚約者のいる貴族令嬢の総意から出てきたものだ。
自分で言えよ!と思うかもしれないけれど、マリーが何度も渚に苦言を呈しているという話は有名だ。全く聞き入れてくれないということも、耳に入っている。
伯爵家の言うことが聞き入れて貰えないのならば、更に上流の方から声をかけて貰いたいと思うのは当然のことだろうし、加えて、クレア様は第一王子の婚約者なので、暴走気味の渚を諌めるにはぴったりだという考えだと思う。
「……分かったわ。ナギサ様には、お伝えしておきましょう」
そこら辺の考えも理解しているであろうクレア様は、嫌な顔一つせずに頷いた。流石のポーカーフェイスである。内心はすごい嫌がっていそうだけれど。
「クレア様。その時は、是非とも私を横に置いて下さいませ」
ストーリー上では、クレア様が諫言した際に渚が(何故か)派手に転ぶというシーンがあった。まるでクレア様が渚を突き飛ばしたと思いかねない状況になるのだ。
なので出た言葉だったのだけれど。クレア様は私の言葉に目を丸くする。
「セーラ様がそう仰るのは珍しいですね? 諫言するなんていう面倒な事柄を、貴女は敬遠すると思っていました」
まぁ、そうなんだけどね。私は今まで、渚の件には我関せずの態度を貫いてきた。だって面倒だし……。何より、渚のことが単純に苦手だったということもある。なんかこう……常に怒っている気がするんだもの。
だけれど、クレア様の断罪を阻止する上で、クレア様の疑いの芽になるであろう状況は避けたいのだから仕方がない。
「お互い、頑張りましょうね。クレア様」
クレア様は暴走娘を止めることを。私はクレア様の断罪を防ぐことを……。