貴女と私では格が違うのよ
「それが貴方の答え……」
中庭で仲睦まじく話している二人を、リアーナ・ヴィヴァリーは二階の窓から眺めていた。
ただの友人にしては近すぎる距離だ。
もしお互いに決まった相手がいない場合、特に問題ないだろう……そう…相手がいない場合は─…
「グレン……」
リアーナは哀しげに呟いた。
彼女の愛しい婚約者の名を…
自分ではない女生徒と一緒にいる彼の名を……
○
「リアーナ…彼が君の婚約者だよ」
そう両親に紹介されたのは、お互いが6歳の時だった。
それから二人は交友を深め、12歳で学園に入る頃にはお互いに好意を持つようになっていた。
「これは政略結婚だと言われたけれど、私は君が好きだよ」
ある日グレンに告げられた言葉に、リアーナの胸は一杯になった。
(自分だけじゃなかったんだ……)
事態が変わったのはリズ・ドーソンが転校してきたくらいだろうか。
彼女は次々と学園内の高位貴族を虜にしていき、ハーレムを築いていた。
そして、恐れていたことにいつしかその中に自分の婚約者の姿を見かけるようになった。
頻繁に二人で会う姿を見かけたが、痛い胸を押さえ、「結婚するのは私」だと言い聞かせた。
それでも辛くないわけがない。
「それが貴方の答え……」
そんな状態が続き、気付けば卒業となっていた。
「リアーナ…私は君との婚約を破棄する」
卒業式の終盤、突如会場に響き渡った声に、リアーナは目を見開いた。
彼女の目の前には婚約者のグレンと、噂のドーソン伯爵令嬢。
「私はリズが好きなんだ」
「グレン様……」
うっとりと婚約者の腕に凭れかかるドーソン伯爵令嬢にリアーナは眉を顰めた。
「貴方との結婚は家同士の取り決めによるものです。それに彼女は他の殿方とも噂がありましたよね」
「うるさい!彼女は私を選んでくれたんだ」
「貴女には魅力がなかったってことよ」
フフフと笑うドーソン伯爵令嬢から何やら甘い香りがしてきた。
「あぁ君はとても魅力的だ」
そう言って人目も憚らず抱き合う二人。
「なるほど……そういうこと」
そう呟いたリアーナの周りに微かに甘い香りが漂いはじめた。
!!!!!!!
香りは徐々に強くなっていき、会場中がその香りに満たされた。
「なっ!」
声をあげたのはドーソン伯爵令嬢だ。
彼女は今何が起こったのか感じたのだろう──変化はすぐに訪れた。
「あぁリアーナ…」
先程まで愛を囁いていた伯爵令嬢を押し退け、リアーナに近寄ろうとするグレン。
「待って!」
リズが腕を掴もうとしたが、それを払いのける彼の目には、もう彼女に対する熱はなく、邪魔をするなとばかりに怒りが宿っていた。
「そんな……」
慌てて辺りを見渡すが、先程まで自分に好意を寄せていた者たちが、次々とリアーナに惹き寄せられていた。
「どうして……」
「それは貴女に魅力がないからよ」
さっきのお返しとばかりに言い放つリアーナにリズは怒りを爆発させ、飛びかかろうとし──床に押さえつけられた。
「貴様、リアーナ様に何するつもりだ」
彼女を押さえつけたのは、ハーレムの一員だった騎士団長子息だった。
「何で!何でよ!そ…そうだわ私は貴方を選んであげる!だから彼女を排除し…グッ」
最後まで言い終わる前に、リズは更に床に押さえつけられた。
「カハッ……な…どうして?……皆私に夢中になる…はず……」
「魅了持ちだから?」
!!!
その言葉にリズは驚愕した。
「なぜそれ…を…」
「なぜ?それは私も持っているからよ」
「えっ……?」
「気づかなかった?それはそうよね普段はこの力を抑えているから」
信じられないという顔をするリズに、リアーナは更に続けた。
「この力があると、本当に自分を好きになってくれているのか不安になるの」
「そんなの……」
「関係ない?ふふふ……初めはそうでしょうね…でも長い年月一緒にいたらきっと虚しくなると思うの」
「……」
「だから私は幼いときにこの力に気づいてからは、コントロールする術を身に付けたわ……」
話しながらリアーナはリズに近づいていき、彼女の側にしゃがむと不敵に笑った。
「たったあれだけの魅了でよくもまぁコケにしてくれたわね」
「っ!」
「今ならわかるでしょう?」
なぜ気づかなかったのだろう……
圧倒的に惹き付けられる存在に……
これを抑えつけていたなんて……
敵うわけがない─
項垂れた彼女は、高位の貴族に不敬を働いたということで、そのまま呼び出した衛兵によって連れていかれた。
最後に彼女が耳にしたのは─
「そもそも私と貴方じゃあ格が違うのよ」