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「えっと…」
「何?」
知らぬ間に現れたその男を見て、彼は見るからに不機嫌そうな表情に変わる。うわぁ、なにも起きませんように。
「何しに来た?」
「そんな程度のこともわからんのかアンタはまったく…現世の神の名も地に堕ちたものだな」
「えっ?」
この人、今なんて言った?
「別に偉ぶってるつもりはないけどね。というか僕今忙しいんだけどなんか用?まだ年度末は来てないはずだけど?」
「理由に心当たりがないのか?俺がわざわざここまで出向いてやったのにここまで使えないヤツだとは思わなかったな」
「うるさいなぁ。別にお前のために神様やってるわけじゃないし」
「そんなことは言っていない。ただ自分の役割くらいきちんと果たせという当たり前のことを言ったまでだ」
チッ、と舌打ちしながら彼のことを睨め付けている男と、それに怠そうに返事をする彼を交互に見ながら、会話に乗れない私はどうするべきか思案する。彼とこの男がどういう関係なのかはわからないけれど、彼のことを神だと知っている以上、只者ではないと見るべきだろう。
私が見た限りだと、かなり因縁めいた関係というか、滅茶苦茶仲が悪そうというか…これから一悶着ありそうな…
「いいや、こんなのほっといてさ、二人でどこか行こうよ、ねぇ?」
男との会話に嫌気が差したのか、神様が私の方を振り返る。
「…二人?」
あ、こっち見た。
先ほどの彼の一言で初めて存在に気づいたと言わんばかりに、男は彼ごしに私を見て少しだけ驚いた顔になったが、すぐに額にしわを寄せる。心なしか先ほどよりも表情が険しいというか、心底嫌そうというか…
「なんだソレは」
「あ、えーっと…」
初対面でソレ呼ばわりですかそうですか。
さっきからずっと不機嫌な表情を隠そうともしないこの男を一言で言うなら「黒い」の一言に尽きる。頭はオールバックの黒髪ショートに黒い瞳で、その下にはくっきりと濃いクマが出ている。服装は黒いスーツに黒いネクタイに黒い革靴でその上に黒いマントのような…あれ裁判官が着てるやつ、法服だっけ?のような上着を羽織っている。羽織りの下、黒いパンツの左右の腰あたりに一つずつなにか黒いものが差してあるけど、拳銃ではなさそうなので短剣かなにかだろうか?とにかく全身が黒、黒、黒で統一されている感がすごい。
しかしこの人、彼の知り合いみたいだけどあまり仲は良くなさそうだし、私も彼と仲良しなのかと言われればかなり微妙な感じ(向こうは好意をゴリ押ししてくるけど)だし、そもそも昨日出会ったばかりだし、なんと説明したものだろうか。
まさか『彼が一目惚れしてきたのでとりあえずお試しで友達始めました、いずれ彼は結婚する気満々みたいですのでよろしく!』とか説明するわけにもいくまい。
「おい、ソレってなんだよ」
彼が明らかに苛立った口調で会話に割り込んできた。
あ、ヤバい。
「言った通りの意味だが?」
「彼女は僕の婚約者なんだ、その物言いはないだろう」
「…は?」
「いやまだそこまではいってないというかまだお試し期間中というか
「婚約者?アンタのか?」
「当たり前だ、お前にどうこう言われる筋合いはない」
その彼の言葉を受けて、男は私のことを先ほどよりもじろじろと無遠慮に睨みつける。正直すごく居心地が悪い。蛇に睨まれた蛙、という諺はまさに今使うためにあるらしい。
たっぷり数十秒の一方的な睨めっこの末、
「…アンタ、正気か?」
男は極めて不快そうに彼にそう聞き返す。
「正気どころか本気だよ」
「本気だと?ふざけているのか?」
「お前には関係ないだろう」
「そうか、そうだな」
改めて私のことを見た黒い男は、鼻でせせら嗤いながらこう吐き捨てた。
「アンタのポンコツ具合もいよいよ極まったな、ろくに仕事もできない癖に、こんなガラクタにご執心とは」
その瞬間。
なんだこいつ、とかひどい、などと思うよりも早く、私の脳裏に浮かんだのはヤバい、の一言で。
次に瞬き一つ終わる頃には、黒い男は彼の手によって八つ裂きになり霧散した。