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「いやぁさすがは君だね!僕が一目惚れした逸材なだけはある、素晴らしい判断だ!一目惚れしたのにさらに惚れそうだよ!好き!大好き!愛して
「うるっせえ!!!」
私の本日二回目の渾身の投石はまたも彼の額に綺麗にクリーンヒットした。なんというデジャブ。その状態でも彼が満面の笑みをキープしているのが逆に怖い。
でもとりあえず修羅場というかなんというか、今までの私の人生の中で一番の危機はなんとかなった。たぶん。
まぁ完全に危機が去ったわけでもないので、手放しで喜べないのが難しいところだけれど…
「そうだ、今日この後どうする?どこか行きたいところはあるかな?近所でも遠出でも、なんなら僕の神域に来てもいいよ!むしろ来てくれるとすっごくすっごく嬉しいな!」
「それ確実にこっちに帰ってこれないフラグですよね、私」
「いやだなぁ、流石に今日出会ったばかりの君をいきなり神隠し…ゴホン、失礼、遊びに来たついでに夫婦にしてしまおうなんて全然思ってるからね!」
「思ってんじゃねーか」
本音がダダ漏れである。
まぁでもなんというか、見事にテンションが復活しているな…出会った時と同じか、下手したらそれより高いかもしれない。先ほどまでの絶対零度レベルと同一人物とは思えない。この人、テンションのメーターが0か100しかないの?
「…申し訳ないですけど、今日はもうお開きにしてもらってもいいですかね。色々と疲れてるんで」
「あれ?大丈夫?確かに疲れた顔してるね。全く、君をこんなに疲れさせるなんてどこのどいつなんだか…見つけ次第嬲り殺しの刑にしないと気が済まないなぁ」
「いやアンタだよ」
自分で自分を嬲り殺しにする羽目になってるじゃねーか。そんなことしたらまた世界滅亡コースまっしぐらである。一日に世界を二度も滅ぼさないでほしい。というか嬲り殺しとか物騒な単語をさらっと使わないでほしい。怖いわ。
「じゃあ家まで送るよ、ご両親に挨拶もしたいしね」
「…いえ、お気持ちだけもらっておきます」
「そんな遠慮しなくても
「大丈夫です」
「いやいやそんな
「大丈夫です」
「…そう」
あ、ジト目になった。
「…別に逃げたりとかしませんし大丈夫ですよ?明日もここに来てもらえれば会えますし」
「んー…わかった、じゃあまた明日ね!絶対明日会おうね!」
「はいはい」
適当に手を振った私に対し、にこにこと全力で大手を振って別れを惜しんでいた彼だったが、ようやくいなくなった。というかいきなり消えた。テレポートした超能力者みたいに。
「はぁー………」
ようやく一息つけるな。誰もいないのをいいことに、屋上にごろりと寝転がる。今度こそ、本当に一人きりだ。
「ほんとにもうダメかと思った…」
遠い目で青空を見上げるのにも飽きて上半身を起こすと、放課後の校庭では野球部が走りこみをしているのが見える。自分が座っている屋上の下からは、吹奏楽部の練習の演奏や、下校する生徒の他愛ないおしゃべりの声、道路を行き来する車の音があちこちから聞こえてくる。いつも通りの、よくある日常。
つい先ほどまで失われていた、全て。
「とりあえず、明日からどうするか考えないと…」
平和な喧騒をぼんやりと聞き流しながら、私はつい先ほど交わした彼とのやりとりを回想し始めた。
『最後の悪足掻きの内容は決まったかい?』
本日私の頭上に槍の次に降ってきたのは、氷も生温く感じるような凍てついた声だった。
「えっと…」
こうなったら仕方ない。腹をくくるしかない。
100点満点ではないけれど、及第点になりそうな答え。
「…世界を、元に戻してほしい、です」
「それはさっき聞いたよ」
「そう、そうですよね…も、もちろんタダでとは言わないです。その…
「それとも、嫁に来る覚悟でも決めた?それなら僕も文句はないよ?」
「あー…えっと、いきなりはさすがに厳しいというか、ちょっと覚悟がまだ…うーん…」
「じゃあ無理。ばいばい」
「あー!まって!まって!あなた結構極端ですよね!?もうちょっと寛大になってもいいと思いますよ!?じゃなくて、結婚はちょっと先走りすぎですし、私まだ成人もしてないんで!まずは、と、友達から!お友達からお願いします!」
私の頭上に振り上げられていた彼の手に、その瞬間明らかに迷いが生じた。彼の顔を盗み見ると、ものすごく怪訝な顔をしている。
「…友達?」
「き、聞いたことないですか?いきなり付き合うのは厳しいなーって思ったけど嫌いなわけではないなーって男女が、最初は友達関係から始めて、仲良くなったらその後交際して、さらに仲良くなったら結婚する人も…いたりして…」
「それめんどくさくない?すごくまどろっこしく聞こえるんだけど」
「そ、そうですか?なーんだ、神様って意外に短気なんですね」
「喧嘩売ってるの?」
「いえいえそんなつもりは!でも、逆に考えてみてください、友達から始めれば、結婚までの間に私と現世でいっぱい過ごして、いっぱい口説けますよ!すごい!おトク!一瞬でゴールしちゃったらそんな楽しみもないし!結婚した後の楽しみは後でいつでもできるから!友達関係、おすすめです!」
我ながら何を言ってるんだ…と自分で自分に呆れながらも、必死に目の前の神様に訴えかける。内容的にかなり苦し紛れな弁明をしている自覚はあるが、これが世界の命運と私の貞操がかかったラストチャンスともなれば、熱が入るのも仕方ないというものだ。
しかし、神様がこんな滅茶苦茶な説明で納得なんてするわけ…
「…君ってさあ」
「…はい」
「…」
「…」
「……」
「……」
「………実は天才なんじゃない?」
「…へ?」
ん?
「いまなんて、
「…そっか、そっかあ…そうだね!すごい!全然気づかなかった!恋愛にはそんな楽しみもあるのか!いやぁ僕もそれなりに長生きしてる自負はあるけど、恋愛に関しては素人だから目から鱗が落ちたよ!よし、そうと決まれば善は急げだ、なろう!友達に!」
「あ、よ、よろしくお願いします…」
「こちらこそよろしくね!」
先ほどまでの冷酷な無表情は何処へやら、それはそれは絵に描いたような満面の笑みで彼は私の案を快諾した。ついでと言わんばかりに私に抱きつこうと突進してきたのでそこはサッと回避した(彼は屋上へと顔面ダイブした)。
その後、指パッチン一つで世界を元に戻してもらってから別れて今に至る。これさっき見たな。
夕陽の赤い光を感じて目を開ける。いつのまにか日が落ちてきたようだ。
というか、あんなにあっさり承諾してたけどいいんだろうか?すこぶる切り替えが早い性格みたいに見えるけど、実はあれも演技だったりするんだろうか。
まぁそれ以前に、私も彼と明日会う羽目になってしまったのでどうしたものか…というかあんなことを言ってしまった手前、毎日会うことになってしまっている気が…気が重い…
「どうしたものかな…」
結局有効な対策は思いつかないまま、いつものように日は落ちていく。
災厄レベルの最悪な出会いをし、なあなあの苦し紛れな苦肉の策のせいで、私の平穏な日々はついに終わりを告げたのだった。