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「いやあ驚かせてしまったみたいで申し訳ないね!僕としてもこんなに興奮したのは本当に久しぶりなんだ、気を悪くしないでもらえたら助かるな。それはそうと、君見た目は大人しそうなのに意外にお転婆さんというか、手が早いタイプなんだね!こちらとしては積極的に行く気満々だったんだけど、そちらから来てくれるならもちろん大歓迎だから
「口を閉じたら死ぬ病にでもかかってるんですか?」
口数が多い系のコミュ障なんだろうかこの人。おかげでこっちが口を挟む暇がない。
「というか今さらですけど、こんなとこに何か御用ですか?ここは見ての通り何もありませんけど」
「おかしなことを言うね?何もないのはこの世界のどこに行っても同じだろう?特にこの島国…日本だっけ?この国はどこに行っても似たような建物か山があるばかりで大した違いなんてありはしないさ。そのくせ狭いのに人間だけはそこそこいて窮屈そうだし、もっと広いところに引っ越しすればいいのにと常々思ってるくらいだよ」
「ならまずアンタが…貴方様が速やかに退去されればよろしいのでは?」
「えーっヤダよ、せっかく理想のフィアンセを見つけたのに」
「日本語で話してください」
「せっかく理想の婚約者を見つけたのに」
「和訳を求めてるわけではないです」
「僕は君を求めてるよ?」
「速やかに逝去してください」
「さらっと酷いこと言ってない?」
「気のせいです」
ダメだこいつ早くなんとかしないと。
というかこの人、めちゃくちゃまくし立ててくるから勢いで返事してしまったけど会話するのすごい疲れる。他人との会話が久々だからという点を差し引いても。あと全然気配とか物音しなかったけどいつのまに私の隣に来たんだろうか?屋上はいつも通り施錠されてたはずだけど…
というかこの人さっきなんて言った?婚約者?神様?
ダメだ、ツッコミどころが多すぎて理解が追いつかないぞ?
「こんにゃくはここにはありません。お引き取りください」
「こんにゃくじゃなくて婚約者ね、カロリーゼロじゃなくてフィアンセのほう」
畜生、騙されなかったか。
「婚約者もここにはいませんけど?」
「正確には僕の婚約者候補というか…ああ違うな、君の花婿に是非立候補しようと思ってさ!というわけで結婚しよう!」
「謹んでお断りいたします」
「えっ?」
「お断りします」
「???」
「いやありえないという顔をされても。むしろなぜいけると思ったんですか」
目の前の男は、その輝くようなオーラのイケメンは、心底意外だとでも言うようにこちらを見つめたまま首をかしげている。肩につくかつかないかというギリギリの長さのゆるいウェーブの銀髪、ぱっと見は薄い桃色に見える瞳はよくよく見ればプリズムのような虹色で、全体的に色素は薄い。服装はダークグレーのニットカーディガンに白のVネックのシャツ、ツイードの黒いパンツにワイン色のブーツという、なかなか着こなしのハードルが高いファッションを嫌味なく着こなしている。この国では間違いなく目立つ風貌のこの男は、しがない学校の屋上で、たまたま居合わせた初対面の冴えない私の隣にいつのまにか現れ、プロポーズして速攻振られるというなかなかシュールなコントを一人で繰り広げていた。
「えっなんで駄目なの?」
「いやいやいきなりそんなこと言われてはいそうですかとか言う人いないでしょう。あなたのこと何も知らないですし」
「これから知っていけばいいじゃないか」
「だとしても順序が逆でしょう。どう考えても。普通はお互いのことを知ってから恋愛なり結婚なりするでしょうし」
「そうなの?人間ってまどろっこしいなあ」
「自分は人間じゃないみたいな顔しないでください」
「だって人間じゃないし」
「は?」
「人間じゃなくて神だからね」
「は???」
なんだこいつ。中二病か?
「あれ?その顔はひょっとして信用してない?」
「当たり前でしょう。神とか見たことないし」
「じゃあ今初めて見てるわけだ。どう?初めて神と会えたご感想は?」
「傍迷惑なヤツなので速やかに関わりを断ちたい存在だというのは分かりました」
「なかなか手厳しいなぁ」
目の前の男が苦笑する。
「まぁでも、信仰のあつい昔はともかく今はそんな時代でもないしなぁ。神を信じてない人間もそれなりにいるし…よし、じゃあ僕が神様だってことを証明するためにも君が望むものを、なんでも好きなものをあげよう!どう?何が欲しい?」
「いや別に…」
「遠慮しなくていいよ、結納品の代わりだから」
「結婚前提で話を進めないでください。というか婚約指輪とかじゃないんですか」
「それでもいいけど、それは最後でいいかなって。なんでもいいよ?富でも名声でも権力でも国でも、なんだってあげられるよ!」
「いらないです」
「そっけなさすぎない?無欲すぎない?あ、もしかして怪しまれてる?」
「むしろ今までのやりとりの中のどこに信用される要素があると思ったんですか」
「ふーむ」
考える仕草をする自称神様。
「よし、じゃあこうしよう。とりあえず僕が神様だと信用してもらうためにも、何か君が欲しいものを見せるよ。物でも超常現象でもどんと来いさ!」
「なんですか超常現象って。空から槍が降って欲しいとか言ったらできるんですか」
「オッケー、槍だね。そんなのでいいの?」
「そんなのって言ってますけど、できるわけあぶなっ!」
言うが早いかその男がパチンと指を鳴らすと、私がまだ言い終わらないうちにガツンと足元へ走る衝撃。ぎょっとして音の主を見れば、殺風景な屋上に一本の槍が突き刺さっていた。どうやら陸上競技で使われる槍投げ用の槍のようだ、と認識するのと同時に四方八方から聞こえる悲鳴と勢いのある落下音。恐る恐る屋上から見下ろすと、先ほどまでサッカーが行われていたグラウンドは無数の槍が突き刺さったせいで無残な姿を晒しており、男子たちが蜘蛛の子を散らしたように一目散に校舎へと逃げていく姿が見えた。
なんだこれ。
こんなデタラメなことあるか?
「どう?」
にこにこと人畜無害そうな顔をして、男が私の顔を覗き込んでくる。
「これで信用してもらえたかな?」
なおも続く屋上のコンクリートを抉る音が響く中、男の声がやけにはっきりと聞こえた。