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有事の際に使用されることを想定して設置された消火器を、ボヤすら出ていない、しかも暴走しかけた神様を止めるために使用する日が来るとは夢にも思わなかったが、とりあえずシュウさんの動きは止まった。
そしていざ使ってみてわかったことだが、消火器ってえげつない量の泡が出るんですね。いやシュウさんを止めるために後先考えずに消火器の中身をありったけ噴射したというのもあるけど、まさか廊下中が真っ白になるとは思わなかった。初めて知ったよ。
「…ラぁビぃ?」
泡まみれになったシュウさんがゆらり、とこちらを振り返る。あ、やべえ。
「いきなりなにすっゲホッ、ゴホッゴホッ、なにこれ口にいっぱい入っガホッゴホッ」
泡を思いっきり吸い込んでしまったらしく、シュウさんが盛大にむせた。神様もむせることがあるんだね。
おお…ただでさえ全身白っぽいシュウさんが泡を纏ったことでさらに白さが際立っているな…頭とかいつもの綺麗な髪が完全に隠れて泡しか見えないし、真っ白なアフロというかカリフラワーみたいな頭になってる…
…ダメだ笑うな耐えろ私今だけは笑っちゃダメだ耐えろ耐えろ耐えろ!
大事なのはこれからなんだから!
「しゅっ、シュウさんがいけないんですよ!」
「…は?」
「シュウさんが浮気なんてするから!」
「はあっ!?」
泡風呂のような廊下で痴話喧嘩を始める地味女と白いアフロの男と傍観するカップル。うーんカオスだ。
しかしさっきも言ったが正念場はここからである。このカオスな現場を切り抜けられるかどうかは私の演技にかかっているといっても過言ではないのだから。
「何言ってんのラビ?僕が浮気とか冗談も休み休み言ってくれるかな?あと僕はこういう冗談はすごく嫌いなんだけど」
「シュウさんこそなにを言っているんですか?ま・さ・か、ご自身のしでかしたことに自覚がないんですか?」
「…ちょっと君が何を言ってるのか意味が
「シュウさんさっき言ってましたよね、私が他の男の視線で穢されるのは我慢ならないって」
「言ったけど?」
「それを言うならシュウさんはどうなんですか?」
「えっ?」
「これは私見ですけど、先ほどから黙って見ていればなんなんですかあなた?シュウさんには私という女がありながら、しかも今日は一緒に肝試しに来ているのに、さっきからずーっとそこの彼女のことばっかり見て話しかけたりして!」
「いやこれは別に
「だ・か・ら私がシュウさんの前に立ったら後ろ行けとか邪険にするし!呪いだのなんだの難癖つけて結局私のことなんて見ようともしないじゃないですか!」
「いやっ違うよラビそれは誤解というやつで
「私が他の男と視線交わしただけで怒るくせに自分は会話までしてやりたい放題じゃないですか!ひどい!最低!どうせ今日肝試しに来たいとか言ってたのも他の女の子のナンパが目的なんでしょ!?」
「違う!違うって!誤解だ!僕の話を聞いうげっ!?」
必死に弁明するシュウさんの顔に石をぶん投げた。ちなみにこの石の原料は先ほどシュウさんが壊した元教室の壁である。
「シュウさんの、浮気ものぉ!バカぁー!!!」
シュウさんが投石に怯んでいる隙に私は廊下を駆け出した。カップルがへたり込んでいるのとちょうど逆の方向へ。
「まってまってまってラビ!ぼくが!僕が悪かったから!話を!聞いてくれぇー!!!」
背後からシュウさんが猛然と廊下を走り出す音が聞こえてくる。しかしまだ追いつかれるわけにはいかない、なんせあのカップルからできるだけ引き離さないといけないので。
まさかこの歳になって一日に二度も鬼ごっこをする羽目になるとは…つくづくここは引きこもりに厳しい世界である。