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そんなこんなでちょっとした追いかけっこをした後は、校内を適当にぶらついた後に見つけた適当な空き教室に二人で入った。
ちなみに冒頭にシュウさんが話しかけているのに私が返事をしなかったのは、怒っているわけでも呆れているわけでもなく、単に全力疾走した後で息が切れていたからである。普段引きこもりだから体力ないんだよ。というかシュウさんも階段含めフルスロットルでこちらを追いかけた挙句、勢い余って私の前に滑り込んで進路を塞いでおきながら全く息が上がってないんですけどどうなってるの?神様ってズルい。
ちなみに先ほどついた嘘はもうネタばらししているため、この後たまたま関係ない男子生徒が通りかかっただけで血祭りにあげられる等の惨劇が起こる可能性はないので安心してほしい。
「いやぁ先ほどの話が嘘で本当の本当によかったよ!まぁでもよく考えたらそうだよね、まさかラビが浮気なんてするわけないもんね!僕としたことが慌てちゃってさぁ、本当に恥ずかしい限りだよ!でも安心したよ、君も可愛いところがあるんだね?いやもちろんラビは元々可愛さの数値が天元突破してるのは言うまでもないんだけど、それでも言わせてほしい、まさかラビが僕の気を引きたくてあんな可愛い嘘をつくなんて驚いたよ!そんなことしなくても僕の君への気持ちは変わらないっていうのに!実はラビ、君は僕が思ってる以上に僕のこと好きなんじゃ
「ここまで息継ぎなしでよく一息で言えますね」
いい加減に遮らないと話がいつまで経っても終わらないというか、どんどん向こうの都合のいいように解釈されてしまうというか…ただでさえ全力疾走した後なのに気疲れまでするのはなかなかつらい。
というかこんなに毎日のように怒られたり顔面に石を投げられたりしているのに、シュウさんの『自分は私に愛されているに違いない!』という根拠のない自信はいったいどこから来るんだろう。謎だ。
「それはそうと、この学校の校舎って割と古いんだねぇ」
「そういえばシュウさんは校内に入るのは初めてでしたっけ?」
「そうそう。ラビがいつも屋上にいるから入る必要がなかったしね」
そう言いながら教室内を興味深そうに見回すシュウさん。そう言われてみればなかったかも。
「こういう古い建物って、なんだっけ…なんか出そうとか言われない?」
「よく言われるというかこの学校にいる人間はほぼみんなそういう認識ですね。霊感ある子は見えるらしいですし」
「見えるって神?物の怪?」
「普通に幽霊です」
シュウさん、たぶん長生きしてるせいだと思うんだけど言い方がたまに妙に古い時があるんだよな。物の怪って平安時代か。
「幽霊…あぁ、現世に残留した死者の魂か」
「言い方が急にポエムチックになりましたけどどうしました?」
「君の言い方に棘を感じるんだけど気のせい?」
「気のせいじゃないです」
「仕方ないか、美しい花には棘があるからね」
「やかましいわ」
少しは気にしろ。
「そういえばシュウさんって幽霊見えるんですよね?」
「幽霊ねぇ…現世にいるなら見えると思うよ、たぶん。気にしたことないから絶対とは言わないけど」
「神様でもわからないことってあるんですか?」
「知識は一通り頭に入ってるはずなんだけど、目当ての項目を引っ張り出すのにたまに時間がかかるんだよね。ほら、僕が存在する期間の知識が全部入ってるからさ。しかも現在進行形で増え続けてるし。無限に項目が増え続ける百科事典みたいなものだよ」
「あー…」
それでさっき肝試しの意味がすぐにわからなかったのか。
「しっかし幽霊が騒がれてるってことは、アレの仕事には相変わらず穴があるな」
「アレ…弟さんですか?」
「そうそう。現世に残ろうと冥界に還ろうと、死者はアレの担当だからね。本来なら死者は死んだ時点で速やかに冥界に還らないといけない決まりだから、幽霊なんてものは現世にはいないはずなんだ」
「えっ…?」
本当に?
「なのに現世に死者が残ってるのは、アレの仕事がちゃんと回ってないってことだよ」
「前に弟さんは仕事好きだって言ってましたけど、仕事ができるわけではないってことですか?」
「うーん…」
珍しく悩んでいる顔になるシュウさん。
「アレはアレなりに仕事してるし、できないとは言わないけど…ちょっと他者を穿った目で見るところがあってね。基本的に自分の目で確認できないものは信用しない」
「人間不信なんですか」
神様だけど。
「それもあるけど、どうもアレは自動化とか効率化という言葉に嫌悪感を感じやすい…と言った方が正しいかな。もっと頼れるものは頼って、使えるものは使えばいいと僕は思うんだけど」
「職人みたいですね」
「そう言えば聞こえはいいね、さすがラビ!でもアレの職人ぶりはどうも本末転倒になりつつあるというか…本当ならもっと早く終わるはずの方法とか、自動化するための術式とかも色々あるはずなのに、アレは頑なにそういうのを使いたがらないんだよ」
「そうなんですか?」
「わかりやすく言うと、エクセルに入力すれば一発で終わる計算を電卓叩いて一からやってる感じ」
「すごくわかりやすい例えですね」
というか神様の口からエクセルという単語が出てくるとは思いませんでしたよ。百科事典の知識は伊達じゃないな。
「僕なんてできるだけ自動的に終わるようにしてるけどねぇ、そうでないとキリがないし」
「その辺も正反対なんですか」
「そうだね、仕事はできるだけ御使いに投げて術式もフル活用してるよ。全部自分だけでやっていたらとてもとても。毎日ラビに会う時間作らないといけないし」
「別に毎日来いなんてひとことも言ってないんですけど」
アンタはもう少し自分で仕事しろ。
「そんなつれないこと言わないでよ寂しいなぁ」
「あー今日もいい天気だなー」
「あからさまに棒読みはやめて傷つくから。あと今日は曇りだよ」
「あー今日もふわふわで触り心地よさそうな雲がいっぱい浮いてるなー」
「僕の髪も触り心地よくてふわふわだよ?」
「いらないです」
雲と髪じゃ全然違うでしょ、というとシュウさんは頬を膨らませて抗議した。
「そんな言い方しなくてもいいのに」
「あー雲は余計なこと言わないからいいなー」
「くそう、こうなったら世界中の天気を雲ひとつない晴天に変えてやる」
「洗濯物がよく乾きそうですね」
「本当?じゃあ君が僕の髪を触りたいと言うまで永遠に晴れにするね」
「水不足になるんでやめてください」
世界中を砂漠にする気かこの男。
そんなくだらない話をしていると、廊下を通りかかった他の生徒の話し声が聞こえてきた。
「脅かし役はどこ隠れる?」
「ここだとバレるからこっちの方がよくない?」
「今日くるの何人だっけ?」
なにやら相談しながら近づいてくる。内容から察するに今日の肝試しの話かな?
『肝試しの話みたいですね』
『そうみたいだね…なんでひそひそ声?』
『なんとなくです』
不思議そうな表情のシュウさん。アンタが目立つから見つからないように声潜めてるんだよ。言わないけど。
「にしても、あいつら絶対付き合ってるよねー」
「わかる!さっきも一緒に屋上行ってたし!」
「今夜二人とも脅かし役だから、暗いのに紛れて絶対くっつくに一票」
「きゃーこわーいとかいいつつ抱きついてイチャつくんだろリア充どもめ」
「いや脅かし役はちゃんと仕事しろよ 笑」
さっき屋上で見かけたカップルの話で盛り上がりながら声が遠ざかっていく。やっぱりあの二人付き合ってるんだな。
無事に生徒たちに見つからずにやり過ごせたことに安心していると、
「ねぇ」
キラキラした表情のシュウさんがこちらを振り向く。
あ、なんかめんどくさそうな予感。