3-1 デッドオアデッドな肝試し
「ねえ」
「…」
「ねえってば」
「…」
「無視しないでよ僕だって地味に傷つくんだよ?」
「…」
「やっぱりあいつらを吹っ飛ばしてくればよかったんじゃ
「…飛び降り、の死体を二人も増やしてどう、するんですか」
それだけはやめてほしい。
「はー…前々から思ってたんですけど、シュウさんって生者の世界担当の割に殺すことに容赦がないというか、割と物騒な神様ですよね」
「そう?これでも君には優しくしてるつもりなんだけど、まだ足りない?」
「私への優しさと他人への無関心さを足して二で割ればちょうどいいと思います」
「それは難しいなぁ…興味のないものには優しくできないし」
「まず興味を持ってください」
アンタは好奇心のパラメーターの振り分けが極端なんだよ。
「君の優しいところは美点だと思うけど、少し遠慮が過ぎるんじゃないかと思うことは時々あるよ。さっきのことだって、後から来たやつに譲ってやる必要はなかったんじゃないのかい?そもそも僕たちが先客だったのにあいつら生意気じゃない?」
「別にいいですよ、元々屋上は私の私有地じゃないですし」
「優しいなぁ…あ、僕涙出そう」
「なんで?」
常日頃から血も涙もないほど冷酷な仕打ちを平気でやってのけるくせになんで時々とんでもなく感受性豊かになるんだろうか…この神実はメンタル不安定なのか?そんなことを考えながら二人並んで廊下を歩き出す。
季節は夏。
ご多分に漏れずこの高校も夏休みに入っているので、基本的に他の誰かと遭遇することはない。普段屋上に引きこもってばかりの私も、安心して校内を歩けるというわけだ。まぁ屋上というのは基本的に空が開けているので、そんな開放的な空間に引きこもるという字面は矛盾感がすごいけど。季節が変わりはしたが、私とシュウさんは相変わらず毎日同じ屋上でダラダラ話をするという毎日を過ごしている(あとたまに顔面への投石)。
ちなみにその愛すべき屋上ではなく校内を歩いているのはなぜかというと、先ほど珍しく屋上に私とシュウさん以外の来訪者があったからである。見るからに仲睦まじいうちの高校の制服を着た男女、つまりうちの生徒のカップルが夏休みという時期にもかかわらずやってきた。すると向こうも先客がいるとは思わなかったのかギョッとした顔をしたもののそのままなにかごそごそ準備し始めたので、関わるのも面倒だと思いこっそり退散しようとしたところ、
「なにやってんの?」
止める間もなくシュウさんがカップルに話しかけた。なんでだよ。
「は?」
「え?」
「しゅ、シュウさん!」
アンタここの生徒でも教師でもないのに怪しまれるって!ただでさえ目立つ風貌なのに通報されたらどうするんだよ!
案の定、カップルは揃ってシュウさんを見て怪訝な顔になってしまった。
「アンタ誰?」
「先生…じゃないですよね?見たことないし…」
「僕たちは毎日ここでデートしてるんだけど、それ以外の人間がここに来るなんて珍しいと思ってさ。なにしてんのかなぁって」
「なんでこのタイミングで好奇心を発動させたんですか」
最悪なタイミングだよ。普段無関心なくせに。
「僕たち?」
「…私と彼は、今夜みんなで肝試しするからその準備で来たんですけど」
「肝試し?」
きょとんとした顔になるシュウさん。
「知らねーの?」
「うーん、単語はどこかで聞いたことあるような…」
「夜に怖い場所に行って涼を得る遊びです」
「へぇ、そうなんだ」
「今年は屋上まで来るコースなんだ」
うちの学校割と校舎が古いから、ほぼ毎年誰かが肝試し企画してるもんな。無駄に歴史のある高校ならではである。ちなみに男子は学ラン、女子はセーラーという制服ももう数十年同じである。そこはいい加減変えればいいのにともたまに思うけど、面倒なので提案する人間もいないんだろう。
しかしよく夜に屋上使う許可取れたな。今夏休みなのに。
「早くしないと先生にバレるって!今日の当番ゴリラだし」
「わーってるよ、もう終わるって!こっそり鍵返しときゃバレねーだろ」
あ、やっぱりな。こっそり鍵だけ持ってきたパターンか。ゴリラっていうのは先生のあだ名かな?
「それは何?」
「トランプだけど?」
「トランプ?何で?」
「決められたコースの折り返し地点がここで、参加者はここまで来た証拠にこのトランプを一枚ずつ持って帰ってくるルールなんです」
「なるほどねぇ」
ふむふむ、と頷くシュウさん。さっきからやたら食いついてるけど気になるのかな。
というかシュウさんが堂々としてるので忘れてたけど、神様ってやっぱ他の人にも見えるんだね。私は普段他人と関わらないから知らなかったよ。春先に出会ったシュウさんが実は私にしか見えない幻覚だったりしないかなーとか思ってたんだけど、そんな淡い期待は見事に打ち砕かれました、ハイ。
しかしカップルの彼氏は、トランプを置く台の設置に四苦八苦しているようでなかなか作業が終わらない。
「ちょっと、まだ終わんないの?ゴリラにバレるって」
「わーってるっつーの、チッ、この台ぐらつくから支えがないと倒れるわ」
「早く戻んないとみんなに言われるの私なんだけど」
「るっせーな、ここ思ったより風が強いからフツーに置いただけじゃトランプ飛ぶんだよ!重しでも持って来ればよかった」
「君たち仲が良いのは結構だけどいつまでいる気なの?」
「あ?」
「ちょっ、シュウさん」
「あんまり邪魔されるのは好きじゃないんだよねぇ、せっかくデートしてるのに」
やばい、シュウさんも機嫌悪くなってきた。
「アンタ何言ってんの?てかまず学校の人間じゃねーだろ、なんなんだよアンタは」
「デートって…え?こんなところで?」
「シュウさん行きましょうよ、別にここじゃなくても
「何?喧嘩売ってるの?買うよ?」
「ちょちょちょっとまってシュウさんいやほんと!」
やばい。
このままだと私の愛すべき屋上が血塗られた殺人現場になってしまう。なんでこうなるんだよ。
慌てた私は、必死に頭を巡らせるー考えろ考えろ考えろ。
そして思いついた苦し紛れのぶっつけ本番策は、
「あー!私今日は下に降りたい気分かなー!」
「あれ、そうなの?じゃあ先に行ってて、こいつら片付けたらすぐに行くから」
「ちょっ!?…あーあーあー!今校舎の中からすっごい優しそうなイケメンが通った気配したなー!わたしこーんな喧嘩っ早い人より優しい男の人の方が好きだからあっち行こうかなー!?すみませーん!そこのあなた!私とお茶しに行きましょうよー!」
言うが早いか私は校舎へとダッシュ!そのまま校舎内へと続く階段を駆け下りると、
「えっちょっとまってまってまってねぇなんで!?ちょっと!きみ!僕という男が!ありながら!ダメだよ行かせないよ!?ラビ!!!」
一瞬固まったものの、狙い通りに慌てたシュウさんが階段を三段飛ばしで飛び降りて私を追いかけてきた。計画通り。
そこ、廊下は走らないとか言わない。今だけは緊急事態だから。