2-5
「え、呼び名いります?」
「だってもっと仲良くなりたいし」
「私は別に不自由してないですけど」
「わかった、じゃあ言い方を変えよう。僕たちは昨日友達になっただろう?だから友達同士、ニックネームで呼び合うっていうのはどうかな?」
「まぁそれくらいなら」
いい…のか?
「あぁ、僕のことは好きに呼んでくれて構わないよ」
「ちなみに神様って名前あるんですか?というか聞いても大丈夫なんですか?」
「あるにはあるんだけど…『 』って名前なんだ」
「は?」
「『 』」
「?」
どうしよう、なんて言っているのか全然わからない。なにか音は聞こえるんだけど、表現するのが滅茶苦茶難しい。無理矢理擬音にするなら、蒸気が抜けるシューって音と、ウインドチャイムをしゃらしゃら鳴らす音と、台風の突風が吹き抜けるゴォーって音がいっぺんに鳴ったような音。
怪訝な表情の私を見て彼は苦笑する。
「聞こえないでしょ?人間には聞き取れない音なんだよね」
「あぁ、それで」
「だから好きに呼んでくれて構わない。僕にとっての自分の名前はね、そんなに意味を持たないものなんだ。僕は今まで積極的に人間と交流があったわけじゃないけど、出会ったみんなが好き勝手に僕のことを呼んでたから」
「そんなものなんですか」
「それに君に呼んでもらえるなら、どんな名前でも嬉しいからね」
「…そうですか」
いきなり真っ直ぐにそういうことを言うのはやめてほしいんだけど…恋愛ごとには疎い私でも、さすがに少し恥ずかしい。
そういうことを嫌味なく自然に言ってしまうあたりが彼の神様たるゆえんなのかな。
「うーん…じゃあシューって音が聞こえた気がしたので、シュウさんと呼んでも?」
「もちろん!」
花が綻ぶような笑顔を咲かせ、彼ーシュウさんは大きくガッツポーズをした。神様もガッツポーズとかするのか…こんなに嬉しそうな顔を見せるのは、昨日友達になろうと提案した時以来かな。
神様の呼び名が決まったところで、さて、とシュウさんが私へ向き直った。
「君はちなみに何て呼んでほしい?」
「別になんでも…」
「おまかせかい?それなら麗しの
「やっぱ自分で考えますね!」
こんなに嫌な予感しかしないおまかせもなかなかないぞ。
しかし自分のあだ名を自分で考えるとかなかなか新しいな…アメリカだと私のことは◯◯って呼んで!とか当たり前らしいけど。
「…眼鏡、とか?」
「すごいストレートすぎない?人間って眼鏡ちゃんって呼ばれて平気なの?」
「やっぱり違うのにします」
難しいな。でも本名から取ると真名バレそうだからなぁ…なんとしてもそれだけは避けたい。
「うさぎ、とか…?」
「自分で言ってるのになんで疑問形なの?あとなんでウサギ?」
「なんとなくです。ほかにいいの思いつかなかったんで…あとうさぎ好きなんで」
「ふうん」
一瞬考える表情になったが、シュウさんはすぐに笑顔になる。
「じゃあウサギは英語でラビットだからラビちゃんで!よろしくね、ラビちゃん!」
「なんでわざわざ英語にしたんですか?」
「ウサギちゃんよりも呼びやすいし発音もこっちの方が可愛いでしょ?それにね」
ふふふ、と彼は笑う。
「ラビと愛は響きが似てて、まさに君にぴったりだからさ」
「なっ」
「というわけでよろしくね、愛ちゃん!」
「わたし、日本人なんですけ、ど!?」
どこまでも楽しそうなシュウさんを睨み、私は思いっきりその顔に石を投げつけてやった。急激に温度を主張し始めたこちらの顔を見られないようにするために。
あぁもう。
そういうことを臆面もなく素面で平然と言い切るアンタのそういうところが、
ーほんっと、嫌だ。