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「わかったんですか?」
「多分、僕に文句を言いにきたんだと思うよ」
「それはなんとなくわかりますけど」
あの黒い弟さん、開口一番から物言いがきつかったもんな。
「まぁ文句を言われるのはいつものことだからあまり気にしてなかったんだけど、会う時期でもないのに来るのは変だと思ってたんだ。僕も別にアレが好きなわけじゃないけど、向こうは僕以上に僕に会うのを嫌がってるからさ。なのにわざわざ来たのはおそらく、昨日のことが原因だと思う」
「昨日のこと?」
というと…
「私に会ったからですか?」
「いやまさか違う違う。第一、アレが最初こっちに来た時、ここに君がいること自体気づいていなかったじゃないか」
「そう言われてみれば」
確かに。
「なのにアレは僕がいるここまで来た。僻地と言ってたからこんな小さな国にいるとは思わなかったんだろうね、確かにここはこの世界の中でも狭い島国だし。なのに時期でもなく、会いたくないはずの僕のところへ来たということは、仕事で何かあったか、もしくはよっぽど僕に何か言いたいことがあったと考えるべきだろう。もし前者ならすぐにその話題を切り出すだろうからそれはない。アレは『仕事命』なヤツでさ、とにかく仕事が好きなんだよねぇ。だから後者だと思ったんだけど、僕アレに何か関係あることしたっけ?って思って。そこで最近何か変わったことがなかったか考えてたんだけど」
そこで彼の顔が梟のようにくるりと回ってこちらを向く。
「そこでなんで昨日の話になるんですか?」
「ほら、昨日僕は君とここで、この世界で一番運命的にドラマティックな出会いを果たしただろう?」
「そこは普通に初対面でいいんじゃないですかね」
脚色が強すぎる。脳内補正で必要以上に薔薇色のレッテルを勝手に貼るのはやめてほしい。あと彼が『この世界で一番』とかいうと色々と洒落にならない気がする。
「それでまぁ全部つつがなくうまくいけばよかったんだけど、ほら、君は一度僕のことを拒絶しただろう?その時に世界を全部リセットかけて作り直したりしてさ」
「あー、ありましたね」
もうかなり昔の出来事のように思っていたけど、まだあれ昨日だったっけ?今日は今日とていきなり黒い弟さんが登場したり、その弟が八つ裂きになったりとなかなかインパクトが強い日だったので忘れてたんだけど。
「多分そのせいだな」
「え、どのあたりですか?」
「世界をリセットしたあたり。僕がリセットかけたってことは、アレの仕事も一緒にリセットかかるからねぇ。普段気にしないからすっかり忘れてたよ」
「弟さんの仕事にもリセットが…?」
どういう意味だろう?仕事内容が連動しているんだろうか。
「アレの仕事はね、冥界の管理ーつまり冥界にやってきた死者たちの魂の生まれ変わりの予定を立てて、そのスケジュール通りに輪廻転生のサイクルを回すことなんだ」
「なんかそれすごいですね。結構大変そうな…」
「まぁ楽ではないね間違いなく。人間は輪廻転生っていうと自分の前世とか、せいぜい人間のことしか考えないヤツが大半なんだけど、実は冥界の仕事で回る魂っていうのは全ての生命体が対象でね。だから人間だけじゃなくて動物も植物も全部入るし、なんなら菌類とかプランクトンとか、微生物なんかも全部対象だから」
「滅茶苦茶大変ですねそれ!?」
種族数だけでも凄まじいよ!?
「だから今日アレの機嫌が悪かったのは、そうやって綿密に立てた全部の予定が、昨日僕がかけたリセットによって全部白紙になったからだろうねぇ。ほら、一回みんな死んだ扱いになってるからさ。一回リセットかけると全部予定立て直しだから」
「弟さんにとんでもないレベルで迷惑かけてるじゃないですか!?土下座しても許されないレベルですよそれ!?」
そりゃあ怒るよ!むしろよくあの程度の嫌味で済んだな!?しかも文句言いに来たら八つ裂きにされてるし!
「ん?平気平気。現世にいる限り、アレは僕には絶対に勝てないどころか手出しできないから」
「いや勝ち負けの話じゃなくてですね」
「大丈夫だよ、逆に僕が冥界に降りた場合は僕はアレに絶対に勝てないし、手出しもできないから。ちゃんとバランスは取れてる」
「パワーバランスを心配したわけでもないですよ!?」
心配の論点がことごとくズレてますよお兄さん!
「まぁ久々にちょっと迷惑はかけたかもねぇ」
「ちょっとってレベルですかこれ」
「しょっちゅうとは言わないけど、たまーに忘れてやっちゃうんだよなこれが。百年に一度くらい」
「百年に一度」
年月のスケールが大きすぎて頻度的に多いのかわからん。
「ちなみにお二人とも何歳くらいなんですか?」
「うーん…ちゃんと覚えてないけど、数千年は存在してるんじゃないかなぁ」
「つまり数十回はやらかしてると」
結構多くないか?
「まぁオールリセットまでいくのは珍しいからね。昔はたまの暇つぶしに適当な人間の権力者をけしかけて戦争してるの見物したりとかしてたけど、アレが『俺が立てたサイクルを勝手に早めて仕事を増やすな!』って毎回怒るのと飽きたから最近はしてない」
「アンタ一回冥界に堕ちろ」
そのまま弟さんに100回くらい殺されてきた方がいいと思う。本気で。
「えぇー、嫌だよあそこ暗いし辛気臭いしアレがいるし」
「昨日私と初めて会った時にもこの国はどこも同じで何もないとか言ってたじゃないですか」
「それはまぁそうなんだけど、こっちの世界には君がいるからね。君がいるだけでこの世界は輝いて見えるよ!」
「いいこと言ったみたいな顔で誤魔化さないでください」
「むしろ何もないからこそ君の美しさを引き立てる、つまりこの世界はそのためだけに存在すると言っても過言じゃないさ!」
「登場人物に対して舞台が大きすぎません?」
比率が完全にバグってるだろそれ。その割にはあっさり消すし。
「ま、あんな仏頂面の話は置いといてもっと楽しい話をしようよ」
「あまり楽しい話をする気分でもないんですけどね…」
衝撃的な光景を目の当たりにした後に衝撃的な話を聞いたばかりなのでかなりお腹いっぱいである。どちらかというと休憩がほしい。
「じゃあ軽い世間話にしようか」
「神様のいう軽い世間話とは」
「ウエディングドレスの色は何色がいい?」
「全然軽くないんですけど」
なんでこのタイミングでそんなガチなこと聞いてくるんだよ。
「定番の白はもちろんだけど、君は何色でも似合いそうだから悩むなぁ…あ、お色直しで着てもらえばいいのか」
「着ませんよ?」
「着ないの?」
「着ません」
「…そうか、白無垢派か!」
「なに閃いたみたいな顔してるんですか」
「綿帽子と角隠しどっちがいい?」
「着ねえっつってんだろ」
こいつほんっと人の話聞かねえな。
「やだなぁ、ちょっと探り入れただけじゃないか」
「知ってますか?そういう話をする時、あなたいつも顔がガチなんですよ」
「おっと」
そう言っておどけた笑顔を見せる彼。そこを見た限りだとただの調子のいい優男なんだけど、いかんせん目が笑ってないんだよなぁ…
「結婚式はどこで挙げたい?」
「まだ続くんですかこの話」
「じゃあ新婚旅行はどこがいい?」
「いきませんー」
「結婚指輪はどんなのがいい?」
「いりませんー」
「名前教えてよ」
「まぁ名前なら、…ッ!?」
適当に聞き流して返事をしていたため一瞬気づかなかったが、すんでのところで口を閉じる。おかげで舌を少し噛んだ。
「…聞いてどうするんですか」
「どうもなにも、僕未だに君の名前知らないから聞いただけだけど?いつまでも『君』呼ばわりなのも寂しいじゃないか」
「昔なにかの本で読んだんですけど、妖とか神様って人間の真名を知ったら神隠しできるんじゃありませんでしたっけ?」
「…なぁんだ、知ってたのか。ざぁんねん」
「こっわっ!神様こっわっ!!!」
会話ひとつとっても気が抜けないのかよ!ちなみにちぇっ、と軽い舌打ちをしたままこちらを見下ろす彼の目は、相変わらず笑っていない。
「そんなに怖がらなくても大丈夫なのにねぇ。君を現す世界で唯一の名前を、ちょっと教えてくれるだけでいいんだからさ。別に呪うわけじゃないんだし」
「あなたの言うちょっとは人間にとって滅茶苦茶重い呪いみたいなものだってことをもう少し自覚してください」
「どちらかというと祝福なんだけど」
「呪いと祝福は紙一重ですよ」
「ちょっと新しい世界に行くだけだよ?」
「謳い文句が完全に怪しい薬じゃないですか」
「むぅ…」
そう言ってむくれる神様。あざとい顔してもダメなものはダメなんだからな。中身数千歳のくせに。
「じゃあさぁ」
真名を聞き出すのは諦めたのか、残念そうながらも彼はまだ質問する。
「君のことはなんて呼べばいい?」