零 ラグナロクは突然に
事実は小説より奇なり、という言葉がある。
こんなことを小説の冒頭に書いてしまうあたり身もふたもないというか世も末という気もするが、仕方ない。なぜなら今が世も末だからだ。
もう一度言おう。世も末だからだ。
先に断っておくが、私は別にこの国の未来を憂いているような殊勝な人間でもなければ、終末論の熱心な信者だというような信心深い人間でもない。というよりまず何事にも食指が動かないというか、基本的にやる気がない。
そんなものはとうの昔に捨てた、と言えば少しは格好良く聞こえるだろうか。聞こえないな。
それはともかく、先ほど述べた世も末というのは本当に文字通りの意味であり、何ら大袈裟な表現ではない。というのも、今私の眼前に広がるのは見渡す限りの荒野であるし、街路樹どころか雑草の一本も生えてない。いかにもカラスの鳴き声が似合いそうな荒れ果てた大地にはカラスどころか雀の一羽もおらず、なんならネズミの一匹もいない。勿論人間もいない。
さらっと簡単に言ったが、神話だのゲームだの漫画だのでお馴染みの世界の終わりという使い古されたシチュエーションであっても、いざそれを目の当たりにしてしまうとこんなにも簡単に言葉を失うとは思わなかった。
最早望みはない。
これを絶望と言うのか。
では、なぜこの世界が滅亡しているのかと言えばその答えは簡単で、私のせい。
誰のせいでもない、私のせい。
私が滅ぼしました、などと言うとスーパーで売られている野菜の包装に『私が育てました』と書いてある広告みたいだが、別に私は農家ではない。そして魔王でもない。そもそもそんなほのぼのした話ではないし、もう広告を打ったところで宣伝する人間もいない。
そして前言に少しだけ注釈を付け加えさせてもらうと、私が世界を滅ぼしたわけではない。
前言と矛盾しているようだが、していない。厳密には世界滅亡の原因を作ったのが私であり、実行したのが別の存在というだけだ。人ではなく存在、と書いたのは彼は人ではないからだ。
そう、人ではない。
彼の名前は知らない。しかし、存在自体は誰しも聞いたことくらいはあるはずだ。
―神様。
魔王でも化物でもなく、神だという。
神話やお伽話で語られるところの、正真正銘の神様…らしい。本物を今まで見たことがないので、断定できないのだけれど。しかし、一瞬で目の前の世界を灰燼に帰してしまう能力をまざまざと見せつけられた以上は信じるしかない。
まさか指パッチン一つで世界を消すとは思わなかった。手品のノリで。
と、後方を向いていた顔がゆっくりとこちらへ向き直る。随分と端正で、色素の薄い、間違いなく誰にでも愛されるであろう、どこか人間ではないオーラを感じさせる神々しいその顔の、口端を酷く歪めた笑顔で。
「君が、いけないんだよ?」
不自然なほどに見開いていた虹色の瞳を、ゆっくりと細めながら彼は言う。
「君が、僕の求婚を断ったりするから…こんなことに、なったんだよ?」