表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

素直な患者さん~看護学生時代のお話。

作者: メケ

  看護学生二年の時に、俺は留年した。

  実習で単位を一つ落としたため、学院長が二年生の時に取った単位をすべて認めなかった。

 そのため、一つ下のクラスの子達と二年生の最初から始めることとなった。


 仲良かった仲間達は先輩になり、国家試験の話をしているのはうらやましかった。


 それでも頑張って、二年生を終了し、三年生に上がった。


 先輩になった元同級生達は卒業して、実習先で看護師として働いていた。

 彼らが病棟の他の看護師と楽しそうに話をするのを見るたびに劣等感と自信の喪失が頭の中を支配した。

 留年した自分に価値など見いだせず、自分を認めることが出来なくなっていった。

 それと同時に誰かを認める事が出来ず、卑屈な人間になっていった。


 実習終了時には自己評価シートというのが配られる。

 自己評価をし、担当の教員がそれを見ながら学生と面談をしてから評価を決める。


 その評価シートはいつも及第点より少し上になるギリギリのラインで評価を付けていた。


 先生から

「あなたの実習はそんなに悪くないですよ。これくらいの評価が良いと思います」

 と自己の評価よりも上の点数を付けてもらいたかった。

 そんな言葉を投げかけてもらって、自分を肯定してもらいたかった。

 俺は慰めてもらいたいタイプの面倒臭い性格になっていた。

 だけどそう上手く行くはずもなく、

「どうすれば今の評価よりも上に行きますかね? 自分でこのように評価する以上、どうすれば良いか考えた方が良いと思います」

 教員からの点数は上がらなかった。


 劣等感は頭の中にずっと居座っていた。

「どうして上手く行かない。俺だって一生懸命やってるんだよぉおおおおおおお!」

 その言葉は口には出していなかったが、頭の中にはいつもあった。

 自分の元同級生達が卒業し、実習先で白衣を着て看護師になっているのを見て、悔しい思いだけが募っていた。


 そして、時期は来たる精神科実習の時期になった。


 三年生になると事例報告というのがある。大学でいう卒業論文のようなものだ。

 事例報告とは(かなり乱暴な言い方になるが)「この看護理論家がどうこう言っている。先行研究ではこのようになっているので、自分はこれが疑問に思い、患者に同意を取った上でやってみた」

 というような内容だ。


 俺は精神科で事例報告を執ることになり、緊張していた。


 精神科の担当の教員が、

「精神科の患者さん達はとても優しいです。そして患者さん達はとても素直な方達が多くて、うらやましいですよ」

 と笑顔で説明してきた。


 しかし、俺は歪になった心の中で

「何が素直だよ。精神疾患や知的障害など疾患によって自制が効かないまま喋ってるだけだろ? うらやましいって何だよ。俺は患者には成りたくねえぞ。俺はそいつらとは違う」

 と、しらけた感想を渦巻かせていた。


 そして精神科実習は始まり、俺は病棟に入った。

 昭和に作られた建物で、鉄格子や薄暗いトイレなど独特な雰囲気があった。

 異様な雰囲気に気圧されながらも、俺は担当患者の事例を執ることにした。


 その病棟でAさんという患者に会った。(Aは仮名)

 この人は担当する患者ではなかったがとても印象的で特徴的だった。

 禿げたおっさんだが、話し方に幼稚さを感じる。十中八九、知的障害だろう。

 看護師が

「精神科において、訴えの多い患者さんはいます。訴えの多い患者さんの言うこと……例えばここに塗り薬が欲しいなど、すべての要望を聞いていると患者さんが薬まみれになります。本当にその人に薬が必要なのかを見極めることが精神科看護において大事なことです」

 と、精神科看護師は困ったような顔をして、俺たちに精神科看護を教えてきた。

「えっとですね、ここがね、つぅ~となるんですよ。つぅ~っと」

 看護師へ一生懸命に症状を訴えるAさんを俺は冷ややかな目線で見つめていた。

 まさにAさんが訴えの多い患者だった。

「精神科の患者らしいな」と、心の中で彼を軽蔑していた。


 その後、病棟に慣れたあたりから、事例研究を本格的に頑張り始めた。

 しかし、担当教員と、実習を担当する看護師で、事例報告に対するアドバイスが全く逆で俺は非常に困惑していた。

 最後には担当看護師から、

「俺はこういう風にやれって言ったのにどうしてやらないんだ。もう知らねえぞ」

 と匙を投げられるような発言を受けた。


 どうして。一生懸命やってるのに。

 心の困惑の中で言葉は発せねど、劣等感だけがすくすくと育っていくのが分かった。


 事例研究が上手く行くか不安にさいなまれながらも、ある日、俺は病棟の患者とともにOT活動に行くことになった。

 OT活動とは、簡単に言えば、患者が創作や運動、畑仕事などを行う事を指す。

 狙いはその人らしい生活を取り戻したり、現実検討力を取り戻させることだ。


 OT活動に行くとゲートボールと玉入れを融合させたような運動をやっており、Aさんが玉を運んだり渡したりと、一生懸命に手伝っていた。

 しかし、上手く行かなかったのか

「余計なことすんな!」

 と他の患者に怒鳴られていた。


「ああああああああああああ!」

 怒られたことに立腹したAさんは、床に横たわってジタバタしながら子供のように叫んでいた。


 全く……ガキかよ。おっさんなのに何やってんだよ。

 と、俺はAさんをあきれた目で見つめていた。


 そのとき、

「僕だって……」

 Aさんが何かを言いたそうにしている。

「僕だって一生懸命やってんだよぉおおおおおお!」

「あ……」

 そのとき自分の口から声が漏れた。


 怒りに悶えるAさんが自分の姿と重なり、思わず涙がこぼれそうになった。

「一生懸命にやっている」

 俺が言いたくて、伝えたくて、叫びたかった言葉を彼は言ってのけた。

「精神科の患者さんは素直な人が多いです。うらやましいですよ」

 まさに担当教員の言うとおりだった。

 Aさんが急に愛おしくなり、うらやましくなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 初めまして。良い経験をされたと思います。 私も、シチュエーションは異なりますが、過去に同様の経験をしまして、その時の事を思い出しました。 ありがとうございました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ