異世界23日目 4月23日(火) ①エマージェンシー!
「う~ん!」
精一杯両手を上げて伸びをする。今日は雲一つ無い晴天だ。昨日の夕食は一切味を感じ取れ無かったが、なんとか今は舌の感覚も元に戻った、良かった……。
塩分の過剰摂取ダメ、絶対ダメ!
しかし、あの後帰って来たルーミィの上機嫌さといったらなかったなあ。あの笑顔の為なら塩小麦粉の一つや二つ……いや、やっぱりあの拷問は耐え難い。繰り返してはならない惨劇だ。なにより料理が出来なくなってしまう。料理人は舌が命だし。
っと、いつまでもゆっくりしている暇は無い。早く朝食の準備しないとアメリアが登園して来てしまう。
「おはよ~! カズヤせんせ~、ルーミィせんせ~!」
ゲートから飛び出すや否や元気の良い声が響き渡る。
「昨日持ってかえったクッキーね、パパとママいっぱいよろこんでくれたよ!」
それはそれは、なによりだ。なんと言っても愛する娘の手作りだ。感慨深い物があるだろう。
「ほ~ぎょくに代わってひほ~にするって言ってた!」
ちょっと待て! 秘宝ってあの説明会の時に持って来てた万物の理をなんちゃらってやつだよね? 娘が作ったとはいえただのクッキーだから、お菓子だから!
「ア、アメリアちゃん、今日帰ったらクッキーはちゃんと食べてってパパとママに言って貰えるかな? その方がアメリアちゃんも嬉しいでしょ?」
「うん、分った~! アメリアも食べてくれた方がうれしい!」
よし、これで神のアイテムがクッキーにすり替わることは阻止出来た。それにしても娘の事を溺愛し過ぎではないだろうか……。
昨日はクッキー作りでずっと園の中だったので外で遊んでいる。にしてもそろそろ遊具を考えた方が良さそうだ。
ここはやはり定番の砂場なんてあったら夢中になって遊んでくれるだろう。感性も伸ばせそうだし、実際俺も砂場では団子作りや山崩しなどしてよく遊んだものだ。
アメリアは運動場を元気に走り回っているようだ。子供って無尽蔵のエネルギーを持ってるよなあ。一体あの小さな体のどこに詰まっているのだろう。ん? アメリアの尻尾が立って……こっちに来る?
「おっと」
飛び込んで来たアメリアの体は震えており、ピンと立ち上がった尻尾の毛は逆立っている。
嫌な予感しかしない。絶対何か起こるよね?
突如、運動場に大きな影が映った。さっきまで雲一つ無い晴天であったが? 空をふと見上げるとその影を作ったモノが目に飛び込む。
赤い鱗に覆われた体と同じく赤い瞳。重厚な牙に優雅な翼、その威厳と気品に満ち溢れた体躯にしばし見とれてしまう。
さすが剣と魔法の異世界。上空に舞う2体のモンスター。あれはドラゴンだな。でも何故わざわざこの保育園にお越しになったのだろう。この辺りはモンスターは出ないって散々聞いてますよ? それなのに結構出ますね。強いやつばっかり……。
「レ、レッドドラゴン……」
ルーミィが口に出すそのモンスターの名前。やっぱりそうなんだ。いやね、俺もそうじゃないかな~って思ってたんですよ。だって見た目がもう真っ赤ですからね。これで『我はブルードラゴンである』とか言ったら全力で突っ込むわ。あはは。
……現実逃避はこれくらいにしておこう、逃げなくちゃ。そうだ! 白銀狼のパパさんが作ったゲートだ。アレに入れば。あの夫婦なら何とかしてくれそうな気がする!
震えるアメリアを抱えルーミィの元に駆け寄る。しかし、ルーミィは腰が抜けてしまったのか、地面に座り込んでしまっており、完全に怯えきってしまっている。
ダメだ。ルーミィがこの状態では逃げる事が出来ない! もちろん放って逃げるなんて論外だ。そ、そうだ! 神ブック――は遊戯室に置いてるな。あれが無いと神力が使えない。ああ、いつもいつも使いたい時に!
「おぬし、名は何と言う」
深紅の目を持つドラゴンが口を開け言葉を放ってきた。
やっぱり喋れるんですね。とりあえずお答えしなくては。知性はあるようだからいきなり一飲みとかにはしない筈だ。
名乗ろうとした刹那、もう片方のドラゴンが首を伸ばして割って入り、顔を近づけてきた。その口は俺たち3人を一飲みにするには十分過ぎる大きさだ。あら、一飲みにしちゃいます?
これはあれだ、game-overだな。
「和也さんですね!? うちの子もぜひ保育園に入れて欲しいんです! あ、あなたが白銀狼さんのお嬢ちゃんね! 驚かせちゃったわね、ごめんね!」
流暢に喋りかけてきたドラゴンの頭から小さいドラゴンが顔を覗かした。もう一匹居たんだ……。
to be continueじゃなくて! もう何? この展開! お願いだから驚かせないで下さい。本当に心臓に悪いから……。
「ご、ご入園ご希望ですね。あ、あの人化とか出来たりしますでしょうか?」
「はい! もちろん!」
ドラゴン一家は赤い光を放つと次の瞬間には人の姿になっていた。確か人化はハイクラスのモンスターしか出来無いらしいが、そもそもドラゴンの存在自体がハイクラスだから人化出来るかな、と思ったのだが案の定だ。
出来れば人化した状態で来て欲しかったなぁ……。
「そ、それでは園長室へご案内します。ルーミィ先生? 大丈夫ですか?」
ルーミィは依然座り込んだままである。でも動こうとしない。本当に腰が抜けちゃったのかも知れない。正直俺も終わったと思ったし。手を貸してあげよう。
「私は後から行くから先に行ってて!」
近づく俺に顔を真っ赤にしながらキレられた。ルーミィはスカートを押さえたまま早く行けと急かしたててくる。
……あ、察した。これはやっちまったな。ルーミィのプライドを守るためにもこれ以上の言及はしまい。
「それでは先に行きましょう。アメリアちゃんも一緒においで」
アメリアはこくこく頷いて俺と手を繋ぎドラゴン一家と共に園長室へと向かった。
ルーミィ、威厳は保っておきましたよ!




