異世界1日目 4月1日 (月) ②え、話が違うんですけど?
一枚の桜の花びらが目の前の地面に落ちている……暖かな日差しを感じるが頬に当たる風は少し冷たい……地面が視界に入った、どうやら倒れていたようだ。
体を起こすと、次に目に飛び込んで来たのは立派な桜の大樹であった。
「ここは……何処だ?」
周りを見渡し、状況を確認すると緩やかな傾斜を感じる、どうやら小高い丘の上に居るようだ。
「そうだ……俺は女神様に会って、ギャルゲーさながらの高校生活を送れる世界に転移させて貰ったはず……」
立ち上がり、丘の端まで歩いて行くと明らかに日本とは違う街並みが見える。
西洋風、と呼ばれるものだろうか、レンガや木を組み合わせたような家が遠目ではあるが確認出来る。
「――日本、じゃないよな」
そうだ! 俺は高校生活を送る為に若返っている設定にしたはず!
鏡などは無い。だが慣れ親しんできた自分の体だ。手や体を見れば分かる。
――何も変わっていない事が。
しかも服も会社から帰ってきたままのスーツのズボンにシャツ姿だ。
「話が違うんですけど……」
何より一番気になるものがすぐ側にある。先程の街並みとは明らかに違う造りの建物。そう、日本の現代風の造りをした建物が。
その時、視界の端にあるモノを捉えた。大きさは握りこぶし程度だろうか。薄い水色でその場にじっとしていて動く気配は無い。目や口も無く、どの生物図鑑や植物図鑑にも載っていないであろう物体。
だが、この物体の名前を言える人は比較的多いと思う。
しばらくその薄い水色に目を取られる。いや、ただ単にフリーズしていただけとも言うが。
周りに人の気配は無い。誰に向かって言う訳でも無いが、ここは声に出させて貰う。
「あれって知ってるぞ! スライムだ! 超有名なモンスターだもんね! ってここ剣と魔法の異世界!?」
力が抜け落ち、両手両膝を地に付ける。ひんやりとした感覚が伝わってきた。
はは……人って本当にどうしようない時ってこんな格好になるんだな……よし、落ち着け、今の状況をもう一度整理しよう。そうだ、神界と呼ばれていた世界でのやりとりを思い出そう。
ふらふらと立ち上がり桜の大樹に背を預け座り込み、思考を巡らせる為に目を閉じる……。
剣と魔法の異世界に行きたいとはこれっぽっちもイメージしていなかったし、そもそも高校は何処にあるんだ? 目の前の建物が高校とは到底思えない。
あと……記憶の片隅に残っているのは、転移をする際に女神様が言ったであろうあの『あ……』というセリフだ。
あれがもう気になって仕方が無い……。
まさか女神様、ミスったのか!? いやいや、神様を疑うなんて罰当たりにも程がある。となれば何か別の問題が起きたと考えるべきだろう。事故? 不具合? どれにしても検証する術も無ければ情報も無い。
とりあえずさっき見たスライムは確実にモンスターだ。となるとこのままじっとしているのは危険過ぎる。まずを身の安全の確保が最優先事項だ!
考えもまとまり、目を開け、行動しようとした所、違和感に気付いた。
「うん? なんだこの本? 最初からあったけ?」
本は大樹の根元に落ちており、大きさは辞書程度のもので、見た目は神秘的な模様はあるものの、タイトルなど何も書いていない真っ白な本であった。
この世界の物? とりあえず中を見ればこの世界の文字や、あわよくば事情が分かるかも知れない。今は少しでも情報が欲しい。
本を拾い上げ、無造作に開く。と同時に開けたページから白い光が現れ、その光は体の中に吸い込まれるかの様に流れ込んできた。
「なっ! ちょっ!?」
体に痛みや違和感などは感じない。しばらくすると白い光は弱くなりはじめ、次第に消えていった。と、思った瞬間、今度は暖色系の光が現れた。
まったく次から次へと忙しい本だ。しかしさっきの光と比べ眩しい! 目を開けてられないぞ!
その光は輝きを増していき、耐え切れず堪らず目をつむる。その間、数秒程度であろうか、光が収まったようなので目を開けると桜の大樹の下に一人の少女が立っていた。
その少女は神界で見た女神様……いや、厳密に言えば少し違う。
髪の長さは腰までと同じであるが、髪の色が茶色、それと同じく瞳の色も茶色だ。それになにより、あの時に感じた神々しさの様な神秘的なオーラとも言うべきものを感じ取れない。
服も先程見た法衣みたいなものでは無く、可愛らしい薄いピンクのシャツと白色のスカートだ。だが、それ以外は女神様と同じ瓜二つの美少女である。
……本人なのだろうか? もしくは姉妹? 他人の空似? ドッペルゲンガー?
「ごめんね! 寿さん! 転移失敗しちゃった!」
手を後ろに回し、少し舌を出している。そして可愛らしい仕草とは対称的に絶望的な事をおっしゃってくれましたね?
見た目や喋り口調は違うがあの女神様だわ……。