異世界110日目 7月19日(金) 家庭訪問inサラ邸 ~エルフの秘密~
優しい木漏れ日が降り注ぎ、美しい小鳥のさえずりが耳に入って来る。
周辺の空気はとても澄んでおり爽やかな森の香りに包まれ、心穏やかなになる空間。
その先には自然に溶け込むような形でログハウスが立っている。
「カズヤ先生、ルーミィ先生、あれがサラのお家だよ~」
……平和だ。
「ルーミィ先生……心が安らぎますね……」
「うん、とっても……」
この二日間、驚きと命の危険に晒され過ぎた為、この癒し空間が堪らなく愛しい……ああ、ずっとここに居たい……この草原で大の字になって自然と一体化していたい……。
――いかんいかん! 相当、心が疲弊しているようだ。そして油断は出来ない。サラの親御さんは世界記憶の二つ名を持つお方だしエロフの奥様も居る。
鼻の下を伸ばそうものなら横からルーミィに刺される可能性もある。もちろん、刃物などは持たせてはいないが……。
それにあのログハウスも何か仕掛けがあるのかもしれない。扉を開いたら亜空間に繋がってるとか……。気を引き締めねば。
「では、行きましょうか……ルーミィ先生、油断は禁物ですよ」
「うん……分かってるよ」
すでにルーミィも臨戦態勢に入っているみたいだ。いろいろあったからなあ……。
「いらっしゃいませ、カズヤ先生、ルーミィ先生」
爽やかな笑顔で迎えてくれたのは世界記憶のレイバーさん、通称アカちゃんであった。
「狭い所ですがどうぞおかけ下さい」
レイバーさん自ら案内してくれた室内は自然と調和した空間であり、所々に植物が飾られ、俺の中での想像していたエルフが住む空間と一致していた。
「こんにちわ~、カズヤ先生、ルーミィ先生。この前は主人がご迷惑をおかけして申し訳ありません。お茶をどうぞ~」
エロフ……いや、マオさんがティーポットとグラスをテーブルに置きながら謝罪してくれた。例の茶番劇の事であろう。
「いやあ、済まない、済まない! ほら、ギャラリーが多いとつい」
ついでは済まないですよ? こっちは必死だったんですからね、まったく! あ、このお茶美味しい……。
「はぁ……美味しい……」
ルーミィの表情がとてもリラックスしたものになっている。分かる、このお茶を飲むと、とっても心が落ち着く……いいんですよ、お父様~、終わったことですし、ははは。
心も落ち着いたし、最後の最後でやっとまともな家庭訪問が出来そうだ。
「そうそう、お礼を言わないと。サラが魔法を使えるようになったのはカズヤ先生のおかげです! ありがとうございます」
……なんだろう、寒気がする。
「しかも、初めての魔法が回復魔法だなんて~。さくら保育園に行かせて良かったです~」
レイバーさんに続き、マオさんも喜々として語ってくれている。お二人からそう言っていただけると、なんか照れてしまう。
それとマオさん、あまり身を乗り出されますと、その凶器と言っても差し支えないものが、視界を覆ってしまいます……。
「しかしいきなりサラに回復魔法を教えて欲しいと、言われた時はびっくりしたよ。回復魔法は、どの魔法よりも難しいものだからね」
そう言えば、回復魔法は使える人が限られているって言ってたっけ。
「今まで一切魔法を使えた事の無い子が、使える代物では無いと言ったのですが。これがまた一歩も譲らなくて」
「えへへ~、だってカズヤ先生を治したかったんだもん~」
サラぁ~! 俺の為に……いい子だ、本当にいい子だよぉ!
「はい、私の右手を治してくれました。サラちゃんは本当に優しい子です。そしてとても努力家で、一度も諦めたりしませんでした」
「ふふ、良かったね。サラ。カズヤ先生が誉めてくれたよ」
サラはレイバーさんに頭を撫でられ、満面の笑みだ。やはり子供は親に褒められている時が一番いい笑顔になるな……。
「それとさくら保育園からのご提案なのですが、夏休みと言うものを……」
「成程、子供の成長具合とコミュニケーションの向上、そのベクトルを確かめる機会と言う訳ですか」
お父様、的確過ぎます。でもそんなに難しく考えなくてもいいかなって思います。
「じゃあ、みんなで肉フェス巡りなんてどう~? お休みの間はお肉一色の旅してみない~?」
「わ~い! サラお肉大好き! い~っぱい食べたい!」
……えっと、種族としましてはエルフで間違い無いですよね? それでなくても、一週間肉オンリーの食生活はいかがなものかと……。
「後、宜しければルーミィ先生も大変お気に召しているようなので、今お飲みいただいている茶葉、お持ち帰りになりますか?」
「いえ、そんなお気遣い無く。確かにとても美味しいお茶でしたが……」
「遠慮なさらずに、宜しければ妻の方から美味しい淹れ方も聞いて下さい、ご自宅でも美味しいお茶が味わえますよ?」
ルーミィがこちらを見ている。あのお茶が欲しいという目で……。
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えてさせていただきます」
「いいんですよ~、それではルーミィ先生にお渡ししましょうか。こちらへどうぞ~、美味しい淹れ方のコツはですね~……」
「サラも~! サラもルーミィ先生と一緒に見る~!」
女性陣は全員キッチンの方に向かってしまった。しかし確かにこのお茶は美味しいし、リラックス効果もある。是非、園でも飲みたい。
ルーミィ、しっかり会得して来てね。これは料理じゃないから大丈夫だと思うから。
「カズヤ先生、サラの事なんですが……」
急に真剣な顔になり、声のトーンを下げ、小声で話しかけてくる。まさか、これからする話の為に人払いをしたのか?
「は、はい。あの、何か……」
まさか回復魔法を使った者にはペナルティ的なものがあるのだろうか? 寿命が縮むとかでは無いでしょうね……そんな事が万一あったのなら俺はどう責任を取ればいいんだ……。
「あの子……実は……」
心拍数が上がる……レイバーさんの顔は真剣そのものだ。やはり、重大な事がサラの身に……。
「……胸大きいでしょ?」
おい。
「いやあ、大きいと言ってもまだ子供だけどね。カズヤ先生、触れたでしょ? 胸に。まあ正確に言うとエルフの心臓、心音に」
にまにましながら説明してくれる。まじめな時とふざけている時の差が半端なく広い。
「回復魔法は誰にでも出来るものでは無いですからね。例え神であったとしても。現在の使い手は僕と妻を除いて存在して居ないかな。あ、サラも加わったから3人ですね」
マオさん回復魔法使えるんだ……ただのエロフさんでは無く、大魔法使いエロフ様だったんだ……。
「エルフの女性は心と身を許せる者に自分の心音を相手に感じさせます。つまり、サラがカズヤ先生にしたのはプロポーズですね」
またそっち系……勘弁して下さい……。
「我が娘を宜しくお願いいたします」
やめて! お願いしないで! これじゃあ園児全員と結婚の約束をした事になっちゃうじゃん! いや、一人でもダメなんですけどね?
「……なんてね。多分サラはそのこと知らないから大丈夫! おそらく本能的に一番魔力を発揮出来る場所に治癒対象を持っていったのでしょう」
このしたたかさ……あの上司さんみたいだ……。
「でもね、サラは確実に妻を超えるスタイルになるよ。断言出来る。どうだい? お買い得物件だよ? 回復魔法が使えて超巨乳なエルフの嫁なんて一般には出回らないよ? 僕には分かってるよ? カズヤ先生は胸がお好きなんでしょ? いよ、この!」
マオさん以上に成長する……だと……。
「和也先生、お茶葉貰ったよ! うん? どうしたの?」
「な、なんでもありません!」
「……またいやらしい事を話していたんじゃないですよね?」
またとはなんだ、またとは……またです……。
「さ、さてそろそろお暇させて貰いましょう。お茶葉ありがとうございます!」
「い~え、いつでも欲しくなったら言って下さいね~」
……アレを超えるのか……アレを……。
「それでは失礼します」
「あ、言い忘れてました」
こちらに向かって歩み、俺とルーミィの両方の顔を見てくる、その表情は真剣なものである。が、もうこの人が本気なのかふざけているのか分からない……。
「いつでもサラの胸触って下さって構いませんからね。その方が……」
はい、ふざけた。あの、隣にルーミィが居ますよね? そんなこと言ったらどうなるか世界記憶様なら当然分かりますよね?
「それではごきげんよう!」
「……さて、説明してもらうね? サラの胸を触るって? その方が何?」
その手に持ったお茶を飲みながら冷静にお話しませんか? そう……心を落ち着かせて……。
今話にて、遂に100話目となりました! たくさんの応援、お礼申し上げます。
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