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不器用な俺のマッサージそのに 後編

第三話、後編です。

マッサージ部分に当たります。


 ベッドへうつ伏せになった双葉は、なんとも無防備な姿を晒していた。もし不埒な真似をしようと思えば、その企みは成功してしまうだろうと感じる程度には。

 だが、今の俺に余計な下心は存在しない。こうしてケアに入ってしまうと、自然と雑念は消え失せてしまうのだ。勿論、湧き上がるものを意図的に排除している節もあるのだが。


「じゃあ、まずは背中な」

「……ん」


 相変わらず、短い返事のみを返す双葉。彼女の了承を確認してから、俺は掌を彼女の背中へと当てた。

 先程軽く突いただけでも相当痛がっていた。なので、いきなり押すのではなくさする。服の上から、あまり力を込めずにすーっ、すーっ、と。ストロークを長めにとって、上下にゆっくりとさする。

 すーっ、すーっ。すぅーっ。

 徐々に、掌が彼女の体に馴染んできたのを感じ取ると、少しずつ掌を圧すような動きに切り替える。

 力を加えつつ、スピードを上げて強めにさする。俺の掌は背骨を境にした左右で、大きな楕円を描くような軌跡をたどる。


「(うっわ。ガチガチに凝り固まってる。分厚いゴムを圧してるみたいな感触だ)」


 背中から腰、それと下肢全体にも掌を延ばす。

 それをしばらく続け、ようやっと彼女の筋肉が解れてくるのを確認すると、また双葉へと声を掛ける。


「次はちょっと押すぞ。いいか?」

「……うん」


 双葉の様子を確認しつつ。今度は親指の節を使って、肩甲骨の内側を圧す。ここはさほど固くなっていなかったので、何度かぐいぐいと押す程度に留めておく。

 次に背骨の両脇を、背中の真ん中辺りから順に押す。

 背骨の節ひとつごと、ぐいーっ、と時間をかけて力を込める。一か所終わるごとに、背中から腰へ向けて指をずらし、もう一度。


「……んっ…ぁ……ぁああっ……」


 背中を圧すたびに、双葉は声を漏らした。

 よほど効いているのだろう、声音には警戒感の欠片も感じなかった。

 親指が腰へ到達すると、腰の湾曲に合わせて力を入れる角度を変える。

 親指を重ね、腕をまっすぐ伸ばして押し込む。

 ぐっと圧し、3~5秒持続させる。ゆっくりと体重をかけ、放す。

 深さに注意しつつ。ぐいーっ、と押し込む。

 指を下へずらす。

 また、ぐいーっと押し込む。


「ぁ…………そこっ……」

「ここか?」(ぐりぐり)

「あぁぁぁ~、あっ、んんっ……」


 もはや嬌声に近いその声は、普段の彼女から感じる眠たげな印象とはまるで違っていた。

 彼女の口から発せられる艶っぽい吐息に、俺は動じまいと集中力を高める。このあいだは心拍数が振り切ってしまったが、今度こそ耐えねばならない。

 仙骨の上辺りまで指圧を行うと、今度は腰全体をさする。掌底を使って、やや圧をかけるように。最初は広くさすって、それに慣れたら今度は掌底でぐっと圧す。じっくり、じんわりと体重をかけて。

  腰を圧している最中、双葉は「……うぅ~~っ……」と、低く小さな呻き声を上げていた。掌底でぐーっと圧すたび出てくるのは、お腹の底から引っ張ってきたかのような重い吐息。


「痛くないか? あんまり無理すんなよ」

「……だ、いじょうっ、ぶ」


 圧迫されつつも、双葉が声を絞り出す。

 こうして触れるたびに思うのだが、彼女の体は本当に華奢で、下手をすれば折れてしまいそうな儚げな雰囲気すら醸し出している。自然とこちらも緊張感が高まってゆく。

 そうやって腰を圧していると。


「……もうちょっと、下、まで」

「下?」

「(こくこく)」


 腰のさらに下。視線を向けると、そこには小ぶりなお尻が鎮座していた。

 ぴく、と俺の指が震える。

 彼女の表情は、枕にうずめられて見えない。

 だが一瞬の気の迷いを心の地平へと追いやり、俺はもう一度ゴキゴキと指を鳴らす。

 気を取り直して、彼女の臀部……座骨のやや上へ親指を当てる。潰れてしまわないように、慎重に時間をかけて体重を伝える。


「んんんぅ~~っっ……!」

「大丈夫か?」

「へ、へいき……っ」


 ……ここはあまり時間をかけない方がいいだろう。

 早々に指を脚へと移動させる。

 太腿は掌を広げて掴み、筋肉を震わせるようにふるふると動かす。脚の付け根から順番に位置を下ろし、足首までそれを続ける。

 それが終わると、今度は足裏へ親指を当てる。


「ちょっと痛いぞー」

「……う、ん」


 声をかけてから、親指を使い(ぐりっ)と土踏まずをえぐるように圧す。


「きゃっ……!!」

「ごめんな、ちょっとだけ我慢してくれ」

「~~~~~っっ!!」


 双葉は痛みに悶絶している。ぴくぴくと体を震わせ、きっと必死に堪えているのだろう。

 若干申し訳ない気持ちになりつつ、俺はごりごりと足裏をえぐる。よほど疲労物質が溜まっていたのだろう、指に伝わるごりっとした感触もひときわ大きかった。

 それがしばらく続き、終わる頃には痛みも和らいだのか、双葉も落ち着いた様子でマッサージを受けていた。


「大丈夫か?」

「……んー……きもち、いい……」


 その言葉を聞き、俺も安心した。

 最後に背中全体をもう一度、ゆっくりとさする。

 優しく、リラックスできるようにゆっくりと。

 そうして一通りのマッサージを終えた後、彼女へ具合を訊いてみる。


「はい、これで終わり……っと。どうかな、少しは楽になったろ」

「…………すぅ」

「アレ。おーい、双葉サン。双葉サン?」

「……ぅぅん。……んむゅ……」


 双葉は見事に寝てしまっていた。

 あれだけ痛がっていたのが、こうもすっかり眠ってしまっているのであれば、少なからず効果はあったという事なのだろう。

 マッサージを施した方としても、それはとても良いのだが。


「これじゃ勉強どころじゃないよなぁ……」


 当初の予定だった『一緒に勉強する』のは、これではできそうにない。この様子だと、しばらく彼女は目を覚まさないだろう。俺は小さく嘆息した。


「でも、まあ」


 それでも、安らかに寝息を立てている彼女の顔を見ていると。


「これはこれで、いいって事にしよう」 

 

 そんな風に思えてしまうのだった。



◆  ◇  ◆



 それから数時間後。


「……そう。そこで導き出した数値を代入して」

「んーと。あ、ここの(x)に?」

「……そ。あとは自力でできる?」

「ああ、大丈夫そうだ。ありがとな」


 何とか目を覚ました双葉と一緒に、俺は勉強をしていた。

 といっても、一緒に勉強できたのはほんの数十分だけだったが。それでも双葉は教えるのが上手だったので、短い時間なりに成果は上がったといえるだろう。


「じゃ、そろそろ時間もアレだし、俺はもう帰るよ」

「……うん」


 そうして帰り支度を済ませ、玄関から出ようとする。


「今日はありがとな。色々教えてくれて」

「……別に。こっちこそ、ありがと」

「あー、マッサージの事か? 俺が気になったからやっただけで、あんま気にしなくていいよ」

「……(こくり)」


 そうやって言葉を交わす双葉の表情は、なぜか赤くなっていた。どことなく視線も泳いでいる。

 そういえば、ここ最近、俺の前で“こういう表情”を見せるようになったような気がする。

 いつもは段々読めるようになった表情も、こればっかりは何を意味しているのか分からない。

 ……まさか、な。


「じゃ、じゃあまた明日、学校でな」

「……ん。また」


 何故かその場にいられなくなって、俺はそそくさとその場を後にする。

 振り向いて彼女の顔を見る事は出来なかった。


 俺の恋路は、また先に進んだ……のだろうか?


 

◆  ◇  ◆



「(……また明日、か)」


 “彼”がいなくなってからも、少しの間私は玄関に立っていた。

 彼と知り合って数か月。

 最初はただ、少し話をするだけの人だった。

 ただそこにいるだけの人だった。

 だというのに。

 色々あって、いつのまにか自宅に招くくらいの関係になってしまっていた。


「(どうしちゃったんだろう、私は)」


 初めての経験に、自分で自分の変化に戸惑う。

 今日なんて、マッサージとはいえ、彼に色んなところを触られた。

 恥ずかしかったけれど、それ以上に、触れられた事にさほど抵抗を感じなかった自分がいたのに驚いた。


「(少し、気持ちに整理を付けないと)」


 そうして一人、部屋に戻る。

 この気持ちの正体が何なのか、自分自身で探るために。


 この気持ちが向かう先が何処なのか。


ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

第四話に続きます。

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