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不器用な俺のマッサージそのに 前編

第三話、前編です。

導入部分に当たります。

(マッサージ描写は後編に入ります)


 7月下旬。夏という表現が一番しっくりくる時期であり、それは教室内にいても全身を襲うこの蒸し暑さが何よりの証拠だろう。

 俺は背中をじっとりと濡らす汗にため息を吐きながら、手元のシャープペンを握りなおした。

 俺が通うこの学校、各教室にはエアコンも設置されている。しかし『電気代の節約』の名目において、それらを生徒が使用する事は原則認められていない。一定の気温を超えた場合のみ、教師の判断で使用が許可されるのだ。

 そんな訳で、授業中の今もエアコンが稼働する気配はまるで無い。全く以て、宝の持ち腐れとはまさにこの事である。

 これで熱中症の人が出たらどうするつもりだ。

 少しでも暑さから意識を逸らすべく、黒板へ視線を移す。だが、じりじりとした熱気はそんな俺の気持ちをあざ笑うかのごとく全身を苛む。これでは殆ど集中できない。

 半ば諦め気味になりつつ、本日何度目かも分からないため息を吐いた。



 ◇  ◆  ◇



 そんなこんなで、嫌になる位暑かった一日が過ぎて。


「あぁ~……今日も一日、暑かったなぁー」

「……うん」


 俺は今日も今日とで、双葉と一緒に帰路についている。

 あの映画館での一件が終わってからも、何回か二人で過ごす機会があって。かといって、二人の仲に劇的な変化などは特に見られず。今まで通りの関係が続いていた。

 今日は期末テストが近いので、まだ日が昇っているうちの帰宅になる。

 が、だからといって。二人して手を繋いで帰るとか、そういう事は無く。いつも通り何もないまま俺たちは歩いていた。

 二者間の話題も、今読んでいる本の話とか、そういうものは図書室で粗方話している。それさえ尽きてしまえば、あとは天気の話や授業の話といった、極めて普遍的なものしか無い。

 だが、まあ。そういった本以外の事も色々と話をさせて貰えるようになった辺り、そろそろお互いの距離感に慣れてきた頃なのかも知れない。


「あんなんじゃ全然集中できないってーの。そっちの教室はエアコン使ってる?」

「……全然。そもそも、各科目の担当教諭は同じなのだから、必然的に下される判断も同じになる」

「あー……それもそっか」


 考えてみれば当然の事か、と俺は一人納得する。ふと隣に並ぶ双葉の様子を見ると、この暑さのせいだろうか、その顔にはいつもより色濃く疲労が滲んでいた。(とは言うものの、表情そのものは平時と変わらないのだが)

 そうした変化であれば、俺もだいぶ分かるようになってきていた。伊達に数か月も接している訳では無いのだ。

 それはそれとして。

 彼女が普段よりも強く疲れているのだと思い、それとなく問いかける。


「なあ。また、疲れを取ってやろうか」

「……もしかして、顔に出てた?」


 俺の言葉に、双葉は一瞬怪訝そうな顔をするものの、すぐさま俺へと問い返す。俺が頷く事で肯定すると、今度は恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。どうやら本人は疲れを表出していたつもりは無かったらしい。


「……ごめん」

「え、何が?」

「……また気を遣わせた」

「あー」


 その言葉に、俺が合点がいく。

 と、いうのも。映画館での一件以来、ときどき俺が彼女へマッサージをしてやる事があるのだ。基礎体力の問題なのかそうでないのかは定かでないが、日頃から双葉は結構疲れをため込む傾向がある。ちょっとした外出でも疲れる位なのだから、それは普段の生活でも同様という訳である。

 それで、俺個人としてはそういう状況が酷く気になる訳で。体内の疲労物質や老廃物を、きちんと流してやらないと気がすまなくなってしまうのだ。(勿論、彼女がそれを断った場合は――なるだけ自制をきかせるようにして――無理に手を出したりはしないが)

 かくして。学校の図書室で二人きりの時や一緒に外出した時などに、軽い肩揉みやちょっとした指圧をしてやるようになったのだ。


「別に、気にすんなよ。俺が気になるからってのもあるしさ」

「……でも、色々やってもらってばかりで」

「うーん。別に貸し借りって訳でもねぇんだけどなー」


 俺自身の気持ちがどうであれ、双葉はその事を申し訳なく思っている節があるようだ。こっちはあまり気にしないで貰って構わないのだが、こうなると逆にそれも失礼な気がする。

 ここはひとつ、何か適当な交換条件でも提示すれば、お互いに納得できるだろうか。

 そう考えて、俺は未だ顔を伏せっぱなしの双葉へ声をかけた。


「じゃあ、こういうのはどうだ。俺が双葉サンの疲れを取ってやる代わりに、今度の期末考査に向けて、双葉サンが俺の勉強に付き合うってのは」

「……勉強を手伝う、って事?」

「ああ。ただでさえ俺は勉強苦手だし、双葉サンは頭良さそうだし。色々教えてくれれば、助かるんだけどなー」


 未だ顔を伏せた双葉へ、様子を窺いつつも話してみる。彼女はふむ、と僅かに考えたのち、その小さな口を動かした。


「……そうする」

「!!!」


 まだ若干思うところはあるようだが、何とか了承してくれた。

 俺はほっと胸をなでおろす。咄嗟に思い付いた事とはいえ我ながら名案だ。実際、俺自身の学業成績についてはなかなか悪い方で、テストの点数だって大したものを取った覚えが無い。頻度は多くないが、補習の類いも受けた事もある。

 おまけに、ここ最近は暑さのせいで授業に集中できないばかりか、家に帰っても勉強する気力すら失われてしまう有様だ。そんな訳で、この提案は俺にとっても双葉nにても、悪い事ではないハズだと思えたのだ。

 が。


「……それなら、どこで勉強する?」

「あーそっか。期末テストの期間中は、図書室も閉まってるんだっけ」

「……(こくり)」

「うーん。といっても、図書館とかだと結構遠いしなー……」


 思わぬ問題に、しばし思案する。単純に勉強するだけなら、どこかの喫茶店とかでも構わないのかも知れない。のだが、そういう場所は他の生徒も利用していたりして、なんとなく行くのは気まずい。

 と。


「……うちに来る?」

「え」


 何でもない事であるかのように言い放たれた言葉。だがその一言は、俺にとっては脳天と心臓を撃ち抜かんばかりに衝撃的で。

 何か言葉を返さなければと。そう思っても、思考も口もまるで動いてくれない。そんなブレーカー落ち状態の俺を、双葉は怪訝そうに見ていた。


「……どうかした?」

「え、ああ……いや、何でもない」

「……そ。じゃあ、行こ」

「あ、ああ。そう、だな……」


 流されるまま、彼女の提案に乗ってしまう俺。

 この一言で、事態は思わぬ方向へ転がってゆくのであった……。


 ◇  ◆  ◇


 かくして、思わぬイベントに緊張感MAXの状態で、俺は双葉の家へと辿り着いた。そのまま、あれよあれよという間に彼女の私室まで通される。

 普段の怪しげ……もとい無機質な雰囲気とは裏腹に、双葉の部屋は普通の装いをしていた。落ち着いたクリーム色の壁紙に、小さめのテーブルや、衣装箪笥などの生活に必要な家具。

 最初にちょっとだけ違和感を覚えたが、それ以上に『同年代の女子の部屋に来た』という謎の高揚感と緊張感が、その疑念を圧し潰してしまう。さらに、鼻腔をくすぐる謎の甘い香りが、正常な判断力を奪わんと襲い掛かってくる。

 最初のデートの際にも思ったが、この耐性の無さは如何ともし難い。

 人の気配はしなかったが、聞けば両親は共働きのため夜まで不在との事。


「(親がいない家に……二人っきりって)」


 別に“そういう事”を意識していた訳では無かったが、ここまで来ると否応無しに考えざるを得なくなってしまう。ここら辺、自分が年頃の男子であると強く自覚してしまうものであった。まさかと思うが、余計な気を起こさぬようにと自制を強くきかせる。


「いやいや、俺と双葉サンはそんな関係じゃないから。一足飛びどころか、色々な過程を全部すっ飛ばしてるし。アリエナイ。うん」

「……ひとりごと?」

「へ? ああいや、まあ、そう。だな。初めて双葉サンの家に上がったから、ちょい緊張してさ。はは……」

「……そ」


 こちらへ胡乱気な視線を向ける双葉に、俺は慌てて弁解を述べる。まあ(下心の件を除いて)嘘は吐いていない。彼女もそれに納得したのか、短く返事をしたのち何でもないようにいつもの様子へ戻った。

 ちょっとずつ、こちらも落ち着いてくる。この状況が予想外だっただけで、単純に今のシチュエーションを『友達の家で一緒に勉強しに来た』のだと強く意識すれば、余計な下心や緊張感が薄れていった。(耐性の無さや緊張しがちな部分は、こうやって考え方や捉え方を変える事で対処可能である、という事に気づいたのはつい最近の話だ)

 徐々に心拍数と呼吸数も落ち着き、気が付けばいつもと同じコンディションにまで戻っていた。

 丁度そのタイミングで、双葉が声を発する。


「……じゃあ。どっちから始める?」

「どっち、って……ああ。マッサージと勉強と、って事か」

「……(こくり)」

「うーん。そうだな」


 俺個人としては、この落ち着いたコンディションのまま勉強へ入りたい。だが双葉の様子へ目を向けると、彼女は未だ疲労の色濃い表情をしていた。これは、先に疲れを取ってあげた方がいいだろう。


「双葉サンも疲れてるだろうし、先にマッサージから始めるよ。そんな状態じゃあ、すぐ勉強を始めるって感じじゃあ無いだろ?」

「……いいの?」

「いいのも何も、双葉サンの方こそ無理すんなって。ほら――」


 まだ若干遠慮している様子の双葉へ、向き直る。そしていきなり双葉の腰辺りを指でぐっと圧す。

 すると。


「……ひゃ!?」


 途端に、双葉は猫のように体を跳ね上げさせた。これは意識しての動作でなく、痛みに対する反射だろう。つまり、それだけ強い痛みを感じているという事だ。

 突然の事に、双葉は息を荒くしながら目を白黒させている。ちょっと悪い事をしたかな、と思いつつも、俺は諭すように言葉を述べる。


「――軽く突いただけで、結構痺れるだろ。疲労と負担がかかってる証拠だ。そんなんじゃ勉強に集中できないから、ここは素直に休んだ方がいい」

「……むぅ」


 やや強引だったが、この説得が功を奏しただろう。双葉は口をとがらせつつも首肯してくれた。ついでに彼女は恨みがましい視線をこちらへ向けてくれたが、それはご勘弁願いたいものだ。


「ほら、それじゃあベッドへ横になって。マッサージを始めるからさ」

「……分かった」


 渋々、という訳でもないが、やや緩慢な動作で双葉は自身のベッドへうつ伏せに寝た。それを横目に見つつ、俺は両手の指をゴキゴキと軽くほぐす。軽い準備運動だが、それと同時に自分のスイッチを切り替えるための動作でもある。

 ここから先は、施術モードだ。

 

後編に続きます。

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