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不器用な俺のマッサージそのいち 前編

第二話、前編となります。

物語の導入になります。

マッサージの部分は、後編に入ります。

 図書室での一件から、数日後。日曜日。

 俺は腕時計の時間を確認し、そして周囲を見渡してはため息を吐く。

 ここは駅前の商店街。各方面への路線がここの駅に集中しているのと、商店街のアーケードとがくっついているお陰で、休日ともなれば親子連れやら友人同士やらがそこかしこに見受けられた。勿論、カップルと思しき男女の組み合わせも。

 そうした人混みから一歩離れた位置から、俺はb。

 天気は朝から曇り空だったが、俺の心は晴れと台風が一緒になってきたような、天地がひっくり返らんばかりの複雑な模様を描いていたのだ。


「しかし、一時はどうなることかと思ったけど……案外、どうにかなるもんだな」


 あの後、結局彼女――双葉は、俺の誘いを了承してくれた。

どうやら極度のインドア派たる彼女にとって『出掛ける』というワードは、それだけでちょっと嫌な思いをさせてしまう効果があったようで。あの反応は、そういうニュアンスを含めたものだったらしい。(つまり、俺と一緒だから嫌だという訳ではなく。そもそも外出自体が嫌だったということのようだ)

 しかしながら彼女いわく「……耳を綺麗にしてくれたお礼はしないと」ということらしく、あの誘いを(きっと当人にとっては珍しいことなのだろう)了解してくれたのだった。

 あれで断られたら完全に撃沈だったと、今思い返しても心臓が止まる思いだった。結果的には、耳かきという“借り”を作ったのが功を奏したといったところだろうか。決してあれは打算の産物ではなかったものの、思わぬ効果を発揮してくれたものである。

 ともあれ。

 俺はこうして、駅前の映画館へと双葉を誘う事に成功した。奇しくも駅近くに彼女の居宅があったので、さほど移動距離もない=外出のハードルが低かったのも、誘いを了承してくれた一因だったのだろう。


「ああー……緊張すんなぁ」


 そんな陳腐なセリフを口にしながら、俺は再び腕時計を確認し、そして周囲を見渡してはため息を吐いた。

 ……ちなみに、先程その動作をしてから2分も経過していない。

 つまるところ、今の俺は精神的に色々ヤバい状況なのだろう。

 周囲の喧騒すら、俺の耳を右から左へと素通りしてゆくばかりで。

 何せこの約束を取り付けてからというもの、あまりの嬉しさに思わず叫びたくなって、その感情を抑え込むのに非常に苦労したくらいだ。家に帰ってからも当日が待ち遠しいのと、しかし実際にその日を迎えるのが怖いのとがミックスされ撹拌され、ぐちゃぐちゃの渦を心の中に形成していた。

 そして実際に今日を迎えても、朝から気持ちが浮ついているような多幸感と、失敗しやしないかと、変な事をして双葉に嫌われやしないかという拭いきれぬ恐怖感が俺の心を真っ二つに引き裂かんとしている。

 そんな精神の不安定さがどれだけ行動に影響を及ぼしているかは、今の俺の挙動を考えれば容易に分かる話だ。

 が、半ば自覚があったとしても、その遠心分離機にかけたかのような俺の心はそう簡単に落ち着くわけがない。


「っていうか、俺服装とか大丈夫だよな?変じゃないよなぁ。うーん……」


 おまけに、時間以外の事にまで意識が持って行かれる。昨夜からさんざん悩んだ末に決めた服装すらも(そして、今更悩んで不安がっても無意味であるにも関わらず)、気になって気になって仕方が無くなる。


「あぁっ、こんなところに糸くずが……」


 そして、衣服にほんのわずか残った小さなごみを、見つけてはちまちまと取り除く。これは生来の潔癖症も相俟ってなのだろうが、そんな行為をもうずっと繰り返していては我ながら辟易してしまう。

 そんな俺の様子を、時折通行人が怪訝そうな視線を向ける。しかし、だ。それを気にしていられるような心の余裕など無きに等しい。


「(あー、そういや双葉サンはどんな服装で来るんだろ)」


 服装から連想して、彼女の事に想いを馳せる。が、それが余計に「彼女がここへ来る」という事実の再確認となり、かえって自身の緊張感を募らせるだけとなる。

 かくして、俺は待ち合わせ場所に双葉が到着するまでの間、ずっと暴れ出すスタンピードな心を乗りこなせずにいたのだった。



◇  ◆  ◇



 ふわふわと精神だけが遥か彼方へ昇天してしまいそうな俺の意識は、行き場を失ったまま未だ空中を彷徨っていた。


「……映画、終わったね」

「んー」

「……この後は、どうするの?」

「んー」

「…………聞いてる?」

「んー」

「……(つーっ)」

「うぉあっ!?」


 突然、背中へ走る感触。その異様なくすぐったさに、俺の意識は肉体からのエマージェンシーを察知し空中から戻ってきた。

 驚いて背後へ目をやると、そこには双葉の姿があった。どうやら彼女が俺の背筋に指を這わせたらしい。いつも通り学校指定の制服に身を包んだ彼女は、若干――ほんの微かにだが、眉をひそめていた。

 その表情の違いに気付くと同時に、映画館に入ってから今の今まで、ずっと上の空でいたらしい事にも気付いた。


「あ、ああ。悪い悪い、ちょっとぼーっとしててさ」

「……大丈夫?」

「うん。あー、まぁ大丈夫だろ。体調的には」

「……そ」


 その言葉で納得したのか、双葉は短く返事をすると眉を元に戻した。

 その様子に、俺は内心胸をなでおろす。

 2時間ほど前、いつもと変わらない制服姿でやってきた双葉の姿をみたときは、(失礼な物言いだが)ちょっとだけがっかりした。

 が、それも一緒に映画の中へ入ってしまうとどうでも良くなってしまった。「普段気になっている女子と一緒に過ごす」という現実は、それを待っていたときよりも強く俺自身へ麻薬的高揚感をもたらしたのだ。

 もう映画の内容など、全く頭に入ってこない。(映画自体は、以前双葉に勧められて読んだ推理小説の実写版であったため、頭に入らなくてもさほど問題なかったのだが)

 映画館の順番待ちをしていた時も、並んで席に座っていた時も、常に隣へ座る少女に意識が向いてしまう。自分がこんなに初心というか、いわゆる耐性が無いものだったのかと我ながら呆れてしまう程度には、終始舞い上がりっぱなしだったのだ。


「……それで、この後は?」

「あー、そだな。えーっと――」


 ふと、双葉の様子に違和感を覚える。どういう事かと思いその姿を凝視する、と。

 朝この映画館前で会ったときより、ほんの僅かだけ上体が前傾姿勢(平たく言うと、猫背)になっている。両肩が内側に入り、どことなく口調も重たげな雰囲気を感じる。


「ひょっとして、疲れてる?」

「…………」


 その質問に、双葉はふと視線を外す。どうやらその通りだったようだ。

 俺とした事が失念していた。外出を嫌がるという事は、つまり外出慣れしていないという事だ。それが自宅付近とは言え、いきなり慣れない場所へ行こうものなら普段以上に疲れてしまうのは当然である。


「ごめん。あんま外に出ないってのに、いきなりこんな事させて、そりゃ疲れるよな」

「……別に。私が決めた事だから」


 そう言って、双葉はこちらへ表情のない顔を向ける。だが、そこには俺でも読み取れるほどに疲労の色が浮かんでいた。

 気遣いなのか否か、俺のミスを流してくれる。そんな彼女へ、俺に何ができるかと考えると。


「(そうだ。あれならできるかも)」

「……どしたの?」

「いや、双葉サン。疲れたならさ、ちょっとそこのソファに座った方がいいんじゃないかな」

「……別に――」

「――大丈夫、って感じには見えない。あんま無理して欲しくないし、少し休んだら良くなるかもよ」

「……ん」


 そう言って、俺は彼女を館内備え付けのソファに座らせる。腰を下ろした瞬間に彼女が息を吐いた事から、こちらが思っている以上に疲れていたのだろうと察する。

 実際、疲労を残したままで良い事は何一つない。

 それに。

 「疲れた」という感情のまま、今日のデートを終えて欲しくなかった・という俺の個人的な感情も多分に混ざっている。

 今回は俺だけじゃなくって、彼女にもちゃんと楽しんで欲しい。今日が双葉にとって、楽しい思い出になって欲しい。

 そんな気持ちも含まれているのだ。

 が、それを表に出さないまま、双葉がソファに座ったのを確認すると自らは彼女の後ろに回る。(ごきごき)と軽く指先をほぐし、準備運動を。


「……座らないの?」

「ああ。ちょっと双葉サンの肩を揉んでやろうかと思って」

「……?」


 怪訝そうに問いかける双葉へ、言葉を返すと同時に俺は彼女の両肩へ掌を置く。


「いやまぁ、疲れを残したままってのは良くないだろ? それに、今日俺に付き合ってくれたお礼も兼ねてって事で、さ」

「……でも」


 俺の言葉に、双葉は視線を泳がせる。そう、ここは一般の映画館内。今は公開シーズンから離れているとは言え、それでも二人っきりという訳では無い。次の映画を見ようとしている人や、今しがた自分たちと同じ映画を観終わった人などがいる。

 ここでマッサージなど……と言いたいのだろう。その気持ちは分かる。

 だが、周りに視線を向けると、同じように備え付けのソファで寛いでいる人や、何なら人目を憚らず横になっている人もいる。無論、だからそれが許されるという話ではないが……しかし、俺たちだけが目立つという状況でも無い。

 双葉もその事を確認したからなのか、


「……じゃあ、お願い」


 前回の耳かきよりはあっさりと、彼女は俺の提案を了承してくれたのだった。

後編に続きます。

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