第八十七話 ターンエンド
「そう言えば、なんで俺の家知ってたの?」
道すがら、気になったから聞いてみた。
杏奈ちゃんを家に招いたことは無いし行くんだったら知ってる青砥のとこか倉宮さんのとこに行くと思ってたのに。
「先輩に教えてもらいました。『今回は龍平に丸投げするから頼るなら龍平を頼れ。一応、家の住所教えとく。』って言ってました。」
「なるほど、その住所を見て家まで来たんだ。」
「寒かったでしょ。」
「そうですね。この時期に寝巻き姿で外に出るのはもう辞めます。」
今は俺のパーカーを着てもらってるけどそれまでは寝巻き一枚で手足はもう完全に冷え切っていた。
「お父さん、相当怒ってた?」
「はい。心配して貰えるのはありがたいんですけど縛られるのは好きじゃなくて。」
「杏奈ちゃんの性格から言えばそうだろうね。」
縛られるより縛りたい人だから。
「変なこと考えてません?」
「いや、全然。」
横からジト目をされてるけど気にしたら負けだ。
☆
数分後、俺は杏奈ちゃんの家の前にいた。
「龍平先輩?」
「大丈夫、でも、ちょっとだけ準備させて。」
あの強面と対面するとなると準備が必要になってくる。
それに作戦も考えなきゃいけない。
だが、あまり時間が無い。
杏奈ちゃんはパーカーを着てるとはいえその下はパジャマ。
パーカーを着ているが寒い事に変わりはない。
あまり気が進まないけど青砥の案を使わせてもらおう。
「よし、行こう!」
俺は杏奈ちゃんの手を引いてチャイムを鳴らした。
『はい?どちら様でしょう。』
出たのはお母さんの方だった。
「鈴木龍平です。杏奈ちゃんを送り届けに来ました。」
『あら♪ご苦労さまです〜。』
何やらお母さん、楽しい様子。
声が弾んでた。
ガチャという音とともに玄関が開いた。
出てきたのはやはりお母さん。
「ありがとう龍平君。」
「お父さん、いますか。」
「いるわよ。言いたいことがあるのね?」
「はい。」
杏奈ちゃんは自室に俺はリビングに向かった。
そこには難しい顔をして新聞を読む父親の姿があった。
「誰だ。こんな夜更けに...」
苛立っているのか怒気を孕んでめっちゃ怖い。
「えっと...あの.....」
「ハッキリしないか。何をしに来たんだ。」
ハッキリしたいよ!でも慣れてない怒気を浴びせられて口が上手く回らないんだよ!
「何も用がないなら帰ってくれ。」
「ぼ...」
「ぼ、なんだね。」
「僕に杏奈ちゃんをください!」
俺は言葉と同時に頭を下げていた。
ほぼ無意識の行動だった。
.....あれ?なんか言うこと間違ってない?
絶対に言うべきはバイトを続けさせて欲しいってことなのに...あれ?おかしいな。
「君は何を言ってるんだ。」
「杏奈ちゃんが好きです大好きです!」
「だから、なんだと言うんだね。」
「安全面が心配だと言うなら毎日僕が送り届けます。バイト中も友人に担当を変わってもらいます。危険が迫ったら僕が盾になります。」
「ので、杏奈ちゃんのバイトを続けさせて欲しいんです。」
よし、目的のことは言えた。
バイトの担当を変わるくらい青砥だって許してくれるし店長だって困った顔はすると思うがダメとは言わないはずだ。
「頭をあげたまえ。」
「君はどうしてそこまでして杏奈にバイトを続けさせたいんだ。」
「少しでも一緒に居られる時間が欲しいからです。」
「正直なのかバカなのか…分からんな。」
「さっきの条件、君が体調を崩した時なんかはどうするつもりだ?」
「大丈夫です!ここ数年風邪は引いてないので!」
「バカなのだな…」
少し哀れみを含んだ目で見られた。
なんで?風邪引かないっていい事だよな?
「君みたいなのでは少々心もとない。見たところ運動などはしてないようだしな。」
「私が求めてるのは杏奈がまだ幼い時に助けてくれた少年くらい勇敢な人だ。」
「彼は額を切ってまでして杏奈を助けてくれたんだ。それくらいすれば杏奈を任せられるというのに。」
「その人なら知ってます。僕の友人が額に傷があります。彼は山で人を助けたと言っていました。」
「名は」
「花形青砥です。」
「違う、彼ではない。」
「え、でも額に傷が…」
「娘を助けてくれた恩人の名を忘れるとでも?」
「彼自身が名乗ったわけじゃないが、彼のご家族から名前は聞いている。」
「彼は花形青砥という名前ではなかった。」
なんだと...てっきり昔、青砥が助けたんだと思ったけど…どうやら違ったようだ。
杏奈ちゃん、その辺の話は全く話さないからなー
「結論として、君がいくら杏奈のこと好きでいようと信用が出来なければ意味が無い。」
「それなら問題ないわ〜」
「どういう意味だ。」
後ろから聞こえてきたのは間延びした声だった。
「そのままの意味よ~。」
「!君!名前はなんて言うんだ。」
あ、そういえば名乗ってなかった。
よくよく考えてみると名乗りもしない男に娘を任せる気にはならないよねー。
「えっと、鈴木龍平です。」
すると、お父さんは驚きの表情を隠そうともせず口を大きく開けていた。
「ね?言ったでしょう?」
「いや、しかし...」
「なんの話でしょうか?」
全く話についていけない。
「主人が言った、過去に杏奈を助けてくれた恩人の名前って言うのが『鈴木龍平』という名前なのよ。」
「杏奈は当時5歳、その人は一個上の6歳。ピッタリね。」
「額を見せては貰えないだろうか。」
「はい...いいですけど…」
俺は前髪を上に持ち上げた。
「やっぱりか...」
「君だったんだな…」
「龍平君、当時のこと覚えてる?」
「それが記憶がハッキリしないんですよ。まあ、11年前ということもあるんでしょうけど…」
「貴方の記憶がハッキリしないのは杏奈を庇って木に頭をぶつけたから。当時貴方のご家族と診察結果を聞いた時一時的な記憶生涯になると言っていたわ。」
そうだったのか…
確かにこんな傷が残るほどの出血をしたことは記憶にない。
少なくとも小学校に入ってからはなかった。
別に実害がある訳じゃないしなんかカッコイイからそのままにしてたけど今になってこの傷が最有力な説得材料になるとは...
当時の俺もびっくりだよ。
「し、しかしだな…」
「あなた?もしかして前言撤回なんてしないわよね〜?」
どうしてだろう、お母さんの声が物凄く怖い。
青砥が笑いながら殴ってきた時より怖い。
穏やかな人が怒ると怖いって本当だっんだと実感した。
「しないとも。だが問題は杏奈の方だ。君を送り迎えに使うというのはあまり気が進まないが了承しよう。だが杏奈の気持ちは別だ。」
「それなら僕が杏奈ちゃんに聞いてきます。」
「不正をしたら金輪際杏奈に近づくことを禁止する。」
それは素直に嫌だな。
ま、不正しょうがないんだけど。
俺は杏奈ちゃんの部屋に向かった。
「杏奈ちゃん?」
コンコンとノックをすると、中から少しだけ本能があってその後にドアが開いた。
「龍平先輩、どうしたんですか?」
「いやー話すと長くなるんだけど…」
「簡潔にお願いします。」
「杏奈ちゃん好きです。」
「.....っ!馬鹿ですか!そんなことを言うために態々上がってきたんですか!」
「冗談ではないけど言いたいことは他にもあるよ。」
「杏奈ちゃんのことが好きだからずっと一緒にいることを許して貰えないかな。」
「それってどういう...」
さっきまでの話し合いを要点だけを話した。
要点だけ話すって結構大変な事が分かった。
これを捲し立てるついでにみたいにやってのける青砥はすごいと思う。
「そういうことですか…」
「杏奈ちゃんが本気で嫌と言うなら他に案を考える。例えば青砥にやってもらうとか、途中までとか。」
「そんなのちょっと考えればわかる事じゃないですか? 」
「...そうだね。ごめんね。」
「いいですよ…」
「ほんとに!」
「2度は言いません。」
この言葉が聞れば十分過ぎる。
これでもう勝ちは確定も同然だった。
「お父さん達に伝えてくる!」
俺は勢いよく階段を駆け下りた。
☆
ほんと、あの先輩は苦手です。
好きとかいう感情を隠そうとする先輩と違って龍平先輩は素直すぎる。どうしてああも素直になれるのだろうか。
「びっくりした...」
いきなり好きだと言われ、一緒にいてもいいとかいう告白までされたんだ。
モテモテの美少女でもない限りそんな言葉を聞かされて平気でいることは不可能だ。
私も何とか平静を装うことが出来たと思う...自信ないけど。
告白されて返した答えが「いいですよ。」という肯定の言葉。
それは龍平先輩の告白にOKしたことになるってことで...
次からどんな顔して会えばいいんだろうか。
もう龍平先輩と私は恋人同士となったんだ。
もう少しロマンティックな方が良かったとかそんなことを考えるが今のシチュエーションも中々にグッときた。
恥ずかしい反面嬉しくもあった。
先輩達より先に恋人を作ってしまった。
今度会った時に自慢しよう。
と自身のベットで身悶えする女子高生の姿があった。
☆
「杏奈ちゃんから許可貰って来ました。」
「本当だろうな。」
「はい、後で確認を取ってもらっても大丈夫です。」
「そうか...杏奈が許可したのか…」
お父さんは残念そうな嬉しそうな顔をしていた。
「龍平君があの時の少年で良かったわ〜。」
「僕自身、記憶はないんですけどね。」
頭を打ったのとはおろか人を助けたんなんてちっとも覚えてない。
「これから杏奈をよろしくね。」
「はい。」
結局、杏奈ちゃんのバイトは継続させてもらえることになった。
その条件として出されたのが杏奈ちゃんの絶対安全と杏奈ちゃんを泣かせないことらしい。
絶対安全はまだ分かるとして泣かせないことって言うのは俺がやることなのか?
今回の件で杏奈ちゃんのバイト継続と訳の分からない信頼を勝ち取った。




