第四十九話 演劇
文化祭の準備はゆっくりと進んでいく。
この舘林高校は文化祭の準備期間が長い。
2年生は修学旅行から帰ってきてすぐに文化祭の準備期間にはいってしまう。
その分、一回の定期テストとかの範囲が馬鹿みたいに広いけど。
まあ、私立だから。そんなに気にする必要はないとは思うが。
「南城、衣装とかってどうするんだ?」
「ああ、それならもう演劇部と話はつけてあるから。そこから好きな衣装とって良いって。」
「なんでもいいのか?」
「なんでもいけど、あまり変なのはやめてよ。」
大丈夫だ。全身黒にするくらいだから。
「まあ、衣装よりなにより、あんたの感情をどうにかしないと話にならない。」
「こっちは結構、感情出してんだけどな。」
「普段、感情なしで生きてんのかあんたは。」
普段、感情駄々漏れな奴がそばにいるんでな。
俺まで、感情を出しはじめたら収拾がつかなくなる。
「感情が操れるまで練習だなこりゃ。」
「風凪さん、ごめんね。このアホに付き合ってあげてくれる?」
「大丈夫。やるって決めたからには最後までやるから。」
「風凪さん、ホントにいい子だわー。どっかの不器用とは大違い。」
不器用で悪かったな。
俺だってほんとに面白かったり、悲しかったら。ちゃんと感情に出る。
風凪が悪いわけじゃない。感情がなにかを分かってない俺が悪いんだけど。どうしたらいいか自分でも分からない。
「ほら、ぼさっとしてないで練習するよ。時間決まってるんだから。」
南城に言われて舞台袖に移動。
「花形君、なにか悩んでる?」
「そう見えるか?」
「見える。優奈ちゃんと二人きりになった時なんかあった?」
「いや、これと言ってなにも。いつもどおり優に振り回されただけ。」
「アハハ...優奈ちゃんらしいね。」
ま、今は演劇に集中だ。
「じゃあ、冒険者と少女が出会うシーンからやってみようか。」
「あの!冒険者の方ですか?」
「そうだが、急いでるようだがなにかあったのか?」
「この先でモンスターが出まして、街道が塞がれてしまったんです!」
「そのモンスターの名前は?」
「イングラム。それがモンスターの名前です。報酬はいくらでもお支払いします。ですのでこの街を助けてください。」
「イングラム。結構な強敵だが丁度いい。俺も探してたところだ。」
「では...!」
「ああ。やってやる。ただし、報酬は高くつくぞ。」
「はい。」
「カット。」
「うん、出会いのシーンは問題ないね。」
「伊波さんはどう?」
「えっと、風凪さんの最後を少し残念そうにしてもらえませんか?」
「...はい。こんな感じかな?」
「はい。そんな感じでお願いします。」
「でも、折角頼んでOK貰ったのになんで残念そうな顔するの?」
「後の台詞の伏線です。ライトノベルを読み漁ってる人なら大体の予想はついきます。分からない人でも疑問に思うでしょう。そこで後の台詞がくることで納得がいくんです。」
「なるほど、後のことも考えた感情ってわけね。」
小説家ってそんなに大変なのか。
その場その場の対応だけじゃダメってわけか。
「んじゃ、次行きたいんだけど。敵役の鈴木がカフェの方で出張ってるからイングラムを倒した後から行こうか。」
「...チッ。出鱈目なやつだ。そうとうくらった。」
「あの、大丈夫ですか?」
「傷は塞がってるから大丈夫。街は無事か。イングラムの攻撃が多少こっちに飛んできてるはずなんだが...。」
「はい。特に被害が出たとかの知らせはないです。」
「それは、よか..った。」(前に倒れる)
「え、あ。」(咄嗟に受け止めた)
「お疲れ様です。ナイト様。」
「カット。」
「花形、さっきより良くなってる。」
「そりゃよかった。」
「風凪さんは相変わらず演技力が高い。ミミがホントにそこにいるのかと思った。」
俺が演じる主人公の名前が、ナイト・コア。
風凪演じるヒロインが、ミミ。
理由は好きな小説家の名前をそのままパクったそうだ。
「パクってないよ。その...インスパイアだよ。」
「どっちも、意味的にどっかから持ってきたって意味だ。」
「ううぅ。」
「はいはい、脚本と名前にケチつけないの。」
「まあ、名前がいやならお互いの名前を使えば。」
「嫌なわけじゃないからいい。」
そんなことをしたらうかつに教室で練習も出来ない。
「もう少し、練習したいけど...交代の時間だ。教室でやろ。」
体育館のドアの前では1年生がなにやらきゃっきゃしてる。
「騒がしいと思ったらそんな時間か。」
「先輩!」
そんな中、勢いよく駆けてきたのは杏奈だ。
「先輩が演劇の主役ですか?!」
「そうだな、一応主人公ってことになってる。」
「これは、ニュースですよ!皆に知らせて来ます!」
そういって杏奈はまた走っていってしまった。
「花形君って1年生に人気だよね。」
「なんで?だれか抱きでもしたの?」
「え...花形君?」
「そんなことが出来るなら演劇で感情の出し方で苦労しない。」
まったく、少しは躊躇というのをしてほしい。
なんで、抱くなんて言葉がすんなり出てくるのだろうか。
体育館を1年と交代して教室へと戻る。
「あーでも、教室ってカフェの用意で忙しんじゃなかったけ?」
「多分、俺達が練習する場所はないだろうな。」
「しょうがないか。今日の練習はここまで。で、私達食堂行って休んでるからあんたは手伝ってきなさい。」
「...ああ、分かった。」
「んじゃ、よろしくね。」
俺と風凪たちは分かれて俺は空き教室に向かった。
いくらでさえ、演技という普段しないことをして疲れてるんだ。雑用はごめんだ。それに、向こうには男子が多くいる。なら、そいつらに働いてもらおう。
空き教室はいつでも俺に快適な空間を提供してくれる。
ソファに寝ころがって外の喧騒を聞く。
トンカチで釘を打つ音、のこぎりで何かを切る音、恐らく遊んでいるであろう男子生徒の声。あ、今怒られた声が聞こえた。
それらすべてはこの空き教室にいる間は心地いいBGMとなる。
「独り最強かよ。」
「あの...花形君?」
「......」
独りだと思っていたのにもう1人いたのか。
「なんで、ここが分かった?」
「独りを謳歌してたとこごめんね。」
「それはいい。風凪ならな。」
「うん、ありがとう。えっと、南城さんと話してるときに違和感があったからね。」
「この半年でよくそこまで見分けがついたな。」
流石の観察眼。
相手の機嫌を見て言動を予測する。
これも、イジメからできるようになった産物か。
「で、なにか用があったんじゃないか?」
「少しお話がしたかったんだ。修学旅行は優奈ちゃんに独占されちゃったから。」
少し、ほんの少し不満といったふうに言う風凪は幼く見える。
いつもと違った感じで可愛いと思った。
「で、花形君、感情の出し方に困ってるんだよね?」
「まあ、そうだな。」
「だったら、私にお手伝いさせてくれないかな。」
「手伝い?」
「うん。今日から、演劇に必要な感情がでそうなことをするんだよ。」
「それって意味があるのか?」
「意味があるかどうかは花形君次第かな。」
まあ、演劇に感情が必要なことも確かだ。
出来なくて南城に怒られるくらいなら風凪に手伝ってもらってほうがいいんだろうな。
「わかった。よろしく頼む。」
「うん。任せて。さっそく、今日。放課後に家に来て。」
こうして、俺と風凪の感情練習が始まった。




