第三十五話 出発
数日前にも乗った店長の車の後部座席。
この間と同じ席に俺は座っていた。
この前と違うのは隣が優じゃなくて風凪になっていること。
まあ、ゆっくり寝れるから嫌ではないが。
時刻は午前3時。
前の席には龍平と加奈先輩がなにか言い合いをしている。
助手席には鈴姉が店長と話している。
朝早いのに車中は騒がしい。
「朝っぱらから元気だな。」
「青砥が静かなだけだろ。」
「うるせえ、寝過ごさないようにこっちは寝てないんだ。」
「俺なんか楽しみ過ぎて寝れないね!」
さいで。
単細胞はこういう時に羨ましい。
「にしても、優は今回静かだな…あー」
風凪の隣で優は風凪にもたれて寝ていた。
なら、静かなのも納得。
優が一番騒ぐだろうし。
俺も少し寝よう。
着いてから寝ること不可能に近い。
寝れる今のうちに寝てしまおう。
☆
どれだけ寝ていただろうか。
目を覚ますと暗かった空が微かに明るくなってきている。
腕時計で確認したところ、時刻は午前6時。
3時間ほど寝ていたようだ。
少し体を起こそうと動くと肩に重みを感じた。
風凪だ。
風凪が俺の肩に頭を乗っけて寝ている。
風凪の太ももには優の頭がある。
二人とも熟睡中だ。
まだ6時で着くのはもうちょい後になると言う。
なら、寝かして置くのがいいだろ。
しばらくして、車は高速道路を降りて下道を走り出した。
目の前を走っていた杏奈達の車とは途中で離れて鈴姉がナビゲーションしているようだった。
そして、午前6時30分、キャンプ場に到着。
まだキャンプ場は開いてないから店長と鈴姉は寝ることにしたようだ。
俺もまた寝るとしようか。
次に起きる頃には太陽が木々の間から光を指していた。
登ったばかりで辺りはまだ少し暗い。
そして相変わらず肩に頭を乗っけたままの風凪。
「んぅ。.....花形君?」
「ん?」
「えへへ、花形君だ〜。」
寝ぼけているのか俺に完全に抱きつく風凪。
そして俺の顔をじーっと見だした。
最初はトロンとしていた目も次第に焦点が合ってくる。
そして、完全に焦点が合うと頭に「?」を浮かべた様子だった。
「おはよう。」
「.......!」
「ひゃあああ!」
目を思いっきり見開いて狭い車内で飛び退く風凪。
「ご、ごめんね。重かったよね…。」
「そんなことはなかったが…」
しばらくの沈黙。
こんな沈黙風凪と初めて話した時以来だ。
「あの、花形君。」
「ん?」
「海に行った日。帰る時に優奈ちゃんとなに話したの?」
「...別になにも...」
「けど、優奈ちゃん顔真っ赤だったよ?」
「俺もよくわからん。」
「心当たりはないの?」
「ない。」
なくはない。てか、顔を赤くする理由がもうあれしかない。
けど、なぜだか風凪には話したくはなかった。
別に話したところで何も無いというのに...。
俺と風凪の話し声で龍平が起きて店長と鈴音以外は全員起きてしまった。
「顔洗いたい。」
「トイレにでも行ってくればいいじゃないですか。」
「こういうとこのトイレって汚いんだぞ。」
たしかにそうだけど顔を洗うんだったらトイレしかないと思うが?
「よし、ちょっと危ないけど上流の方まで行って川で洗えばいいんだ。」
「生徒会長さんに怒られちゃいますよ。」
「大丈夫、鈴音には私から言っとくから。」
ということで、半ば強引に俺達は川の上流まできた。
まだ朝日が登ったばかりで辺りは少し暗いがそれでも川が綺麗だということは分かった。
これだけ暗くても河底が見えればだいぶ綺麗だろう。
「流石大自然、足場が不安定すぎる。」
「気をつけて下さいよ。流石にこの足場の中助けるのは無理ですから。」
「分かってるって流石に落ちたりはしないよ。」
「きゃあ!」
「言ってるそばから。」
しかし、声が聞こえて来たのは先導している先輩からではなく後ろの優奈達だった。
どうやら風凪が不安定な足場に慣れていなくてコケてしまったらしい。
「つくしちゃん、大丈夫?」
「大丈夫、足取られただけだから。痛っ!」
立ち上がろうとした風凪は痛みに耐えきれずにその場に尻もちを着いてしまった。
「無理に動くなって。多分足ひねってるから。」
「水場で冷やそうか。青砥、風凪を運べるか?」
「風凪位の重さならまあ。」
「よし、気をつけろよ。」
「立つのが難しいとなるとどうするか…」
「取り敢えず、ん。」
俺は風凪に背を向けて跪く。
「えっと...こう?」
風凪はそのまま体重を俺に預けてくる。
体重がかかっているということは体が密着してるって事。
つまりは、柔らかいナニカが肩甲骨辺りに押し潰れている。
(クソ、誤算だった。)
最後に人をおんぶしたのは真奈がまだ小学生の時で疲れた真奈が寝てしまった時に運んだ時。
小学生と高校生じゃ差がありすぎる。
水場まで後少しと言ったがそれはなんにも背負ってない状態の時はそうであって、何かを運んでいる時は慎重になるから時間がかかる。
その分、風凪と密着する時間が増えると言うことになる。
早く密着を解きたくて急ぎたいけど安全のためにゆっくり行かなきゃいけないという、ジレンマである。
程なくして水場に着いた。
「降ろすぞ。」
「うん。」
風凪を水場に降ろして座らせる。
「ここの水だいぶ冷たいから少しつけとけばマシにはなるさ。」
「まったく、鈴姉に怒られるのは確実ですがね。」
「私はもう慣れたよ。」
怒られることに慣れた人って何してきたんだろうと思う。
相当相手に迷惑がかかってる気がするのは俺だけだろうか?
「川で顔洗うとスッキリするなー。」
「お前は杏奈がいれば眠気なってぶっ飛ぶだろ。」
「?当たり前だろ?」
「懲りないな。」
「恋に懲りる懲りないとかないだろ。自分が好きであれば相手が振り向くまでアプローチする。それでもし、相手が他の誰かに振り向いたならそれを全力で応援する。」
「それがホントの好きってやつさ。」
「非リアがなに恋愛を語ってんだ。」
「ぐはッ!それを言われると辛い。」
俺はこの時、気づかなかった。
後ろにいた2人の目が大きく見開かれていたことに。
「さて、鈴音が起きる前に帰るとするか。」
「そうですね。」
まあ、多分もう起きてると思うけど。
あの人ほんとに早起きだから。
「んじゃ、帰りも宜しくな青砥。」
「分かってますよ。」
帰りも同様に風凪をおぶって帰った。
こういう時って帰り道の方がキツいんだ。
自分の体重+おぶってる人の体重
だから、かなりの負荷が足にかかってる。
こんなんなら普段から運動しとけば良かったと公開する俺氏。
だいぶ遅くなるから皆には先に行って貰った。
「ごめんね。重くない?」
「重くないと言ったら嘘になる。」
そりゃ人の体重だもん少なくとも40はあるはずだから。
「私がドジなばっかりに...」
「自分を責めるのは構わないけど今は俺に捕まることに専念してくれ。」
「あ、うん。」
高校生になってまさか同級生をおんぶすることになるとはな。
そうやって少しばかり現実逃避をしながら戻った。
じゃなきゃ背中から伝わる女の子の柔らかさでどうにかなる。
そして、帰ると硬い駐車場のアスファルトの上に言い出しっぺの先輩が正座していてその前には鬼の形相の生徒会長が仁王立ちしていた。
あのあと、加奈先輩が長い時間に渡って説教されていたのはまた別のお話。




