第九話 解決
下で風凪と母さんが話してる声を音楽をかけてかき消す。
あの母親のことだ。
古いアルバムとか引っ張り出して俺の過去を全て話してるだろ。
ああ見えて、親バカだし。
俺はずっと音楽を聞いて、風凪が帰る時間まで待った。
しかし、現実は俺には味方しなかった。
数時間後、俺が早退したと知った優が俺の家に押し掛けた。
そこで、風凪と遭遇。
母親は、案の定アルバムを出していたらしく優の可愛いという声が2階まで聞こえてきた。
それから、プチ女子会みたいな流れになったようだった。
1人、女子と言うには無理な人がいるけど…。
優の参加により声がでかくなった。
音楽をイヤホンで聞いてかき消す。
自分の過去が人に暴露されているのをただ聞くというのは生き地獄に等しい。
自分の黒歴史を学校中にばらまかれた方がまだマシと思えるような幼少期を俺は過ごしてきた。
プチ女子会は夜まで続いて夕飯の時間になると母さんはお得意のお節介を発動してしまった。
「風凪さん。良かったら食べてかない?家に2人じゃ会話が成り立たないんだよ。」
無愛想で悪かったな。
いや、待てよ。
それだけは非常に辞めていただきたい。
キスした人とされた人。
気まずくないはずがない。
「いえいえ、それは、流石に悪いですよ。」
「いいじゃん。つくしちゃんも食べよ!」
『も』って優も食べる気かよ。
「倉宮さんが言うなら...ご馳走になります。」
「決まり!青呼んできてもらえる?」
「あ、はい。」
どうやら、風凪の『遠慮』は優と母さんには通じないようだ。
まあ、あの二人に遠慮なんてもんはないが。
階段を上る音がして風凪が俺を呼びに来た。
「は、花形君。お母さんが呼んでるよ。」
「ああ、すぐ行く。」
ドアの隙間からこちらを覗くように風凪が覗いていた。
風凪はまだ恥ずかしさが残っているのかそれだけ言って少し早足で階段を下りていった。
俺としても、考えなきゃいけない。
風凪はどうしてキスをしたのか。
ただのお礼のつもりなのか、それとも...
ホント女子って分からないことだらけだ。
俺は部屋着に着替えて下に下りた。
料理は女性陣で作ってるらしく楽しそうな声がキッチンから聞こえる。
俺は絶対にあの輪の中には入れない。
そっと入ってテーブルに座っとく。
「ほら、青も手伝って。」
「はいはい。」
母さんに言われて皿とか箸を運ぶ。
と、その時、大皿を取ろうとしていた風凪と手が触れる。
「あ...。」
「わ、悪い」
お互いにさっきのことがあるから気まずい。
そのあとはギクシャクとぎこちない動きで動いていた。
「二人ともどうしたの?顔赤いよ?」
「「いや、なんでもない」よ」
「そっか。」
優の純粋さに救われた。
ここで、追及されたらいい言い訳が思い浮かばなかった。
まあ、母さんにはばれたらしく、ずっとにやにやしてた。
「さて、食べようか。」
「「「「いただきます」」」」
優と風凪と母さんは楽しく喋りながら食べてた。
俺は、時々振られる話を適当に返すだけ。
今はできるだけ話したくない。
ボロが出るから。
女3人、男1人の傍から見ればハーレムに見えなくもない夕飯時を過ごした。
「「「「ごちそうさま」」でした。」」
「風凪さん。お風呂も入っていくといい。」
「え、でも悪いですよ。」
「いいんだよ。帰ってからじゃ遅くなっちゃうでしょ?」
「では、お言葉に甘えて。」
風凪は少し照れた様子で優の服とタオルを持って浴室えと向かった。
「どうした?青。そんなに覗きたいのか?」
「んなわけあるか!そんなことしたら逮捕されるから。」
「風凪さんは着痩せするタイプだと思うね。」
「どうでもいい情報をどうも。」
いつまでもリビングにいると母さんがうるさいから自室に戻った。
時刻は夜の7時。
寝るには早すぎるし特にすることもない。
連絡を取り合う友達もいない。
いや、いることにはいるが何を話したらいいのか分からないんだ。
優は自分の家に帰ったし話す相手もいない。
久しぶりに1人になった気がする。
「洗濯でもするか。」
俺は洗濯カゴを持って洗濯機の所まで行く。
家の洗濯機は洗面所の中にあり風呂場と直結している。
なにが言いたいかと言うと...
「あ、」
「え?」
洗面所に2つ違う声が響く。
風凪が浴室の扉を開けるのと俺が洗面所への扉を開けるのはほぼ同時だった。
お互いに扉に手をかけた状態で固まった。
体は固まっても目だけは動いた。いや、動いてしまった。
濡れた髪は体に張り付きしっとりとしていてそのまま下に視線を下ろすと大きいとは言えないが普通サイズの胸がこんにちはする。
浴室からの湯気で腰より下は隠せてはいるがそれも申し訳程度。
と、ここまでの経過時間、わずか数秒。
「わ、悪い!」
俺は動かない体を無理やり動かして洗面所の扉を閉めた。
現実でもこんなことが有り得るのか…!
浴室でばったりとか、ラブコメとか小説の中だけの話だと思っていた。
それが今、自分自身に起こった事実なんだ。
「どうしたの?そんなに大声出して。」
「い、いや、なんでもない。」
「.....風呂覗いたね。」
「わざとじゃない。洗濯しようとしたら風凪が...」
「ハイハイ。そういうことにしとこうかね。」
ダメだ、今母さんに話したところで聞く耳を持たないや。
俺は覗いてしまった罪悪感やら、もう少し見ていたかったという惜しい気持ちが湧き上がって来たから自室にダッシュで戻った。
心臓がバクバクと脈打って煩い。
コンコン。
部屋のドアがノックされる。
「花形君?ちょっといい?」
俺はそっとドアを開けた。
そして、裸を見た人物と見られた人物が向かい合うという割とキツい状況となった。
「さっきはごめん。覗くつもりはなかったんだ。」
「大丈夫。それは、知ってる。洗濯カゴ持ってたから...。」
沈黙。
「今来たのはこれまでの事ちゃんとお礼言ってないなと思ったからで、だから、そんなにかしこまらなくてもいいよ?」
「あ、ああ。」
そう言われて俺はホッとした。
「えっと、この数週間私を守ってくれてありがとう。この数週間、学校が楽しかったし怖くなかった。結果としてあんなことになっちゃったけど、それは、花形君のせいじゃないよ。私が弱いから。それが私がイジメられた原因。」
「だからね。花形君は抱え込まないでお願い。」
真剣な眼差しで正座した脚の上で拳を握りしめているのが分かった。
「ああ、分かったよ。」
俺は不格好な笑顔で答えた。
ここ最近、笑うことがなかったから不格好だと思う。
風凪を家まで送り届けての帰り道。
俺の中はなんかやりきった感で一杯だった。
ただ1人の生徒をイジメから抜け出すきっかけを作ったに過ぎないけど、結果だけ見れば最悪とも言える状況になったけど、風凪のあの一言で俺の心は解放された。
まだ、過去から解放されたわけじゃない。
けど、また重くならずに済んだんだ。
こればかりは、風凪の寛大さに感謝だな。




