禁術に追われる副団長さんー3
四
さっきの立ち回りで、執行人の手の内は多少分かった。
まず、接近戦はなるべく挑まない方がいい。あのぐにゃぐにゃする体に当てられる自信はないし、不意を突かれればどこから飛び出すか分からない暗器の餌食になってしまう。腹からノーアクションで刃を飛ばすくらいだ。口から怪光線が出てもおかしくはない。
ならと、魔法で相手をする気にもなれない。俺は初歩の魔法しか使えないし、それを組み合わせても大した威力にはならない。『四散する光』みたいな隙を作り出す魔法も、あれには効きにくいだろうし。
となると……かなり手詰まりだね。一撃もらう覚悟で特攻しか、手がないよ。
「……『拘束せよ』」
なんて、考えている暇もなさそうだ。
「危ないな」
虚空から現れた鎖を刀で断ち切る。それと同時に、執行人は一気に駆け出した。
ダラリと揺れる両手は不規則な弧を描き、俺の体を斬りつけようと振り下ろされる。僅かに右手が早い。俺はそれを半身で躱して一歩踏み込み、間髪入れず飛んでくる左手首を叩いて軌道をズラした。
「っと」
そして勢いのまま姿勢を低くし、執行人の右脇を通って背後に回り込みつつ刀で腹を斬りつける。
次に来たのは甲高い音と、何か硬いものを刀で撫でたような感触。やっぱり、腹部に攻撃は意味がないみたいだね。魔法なら、或いは通るかもしれないけど。
刀を振り切り、そのまま前進。息をつく間もなく、その背後から鎖が飛んできた。無詠唱もできるのね。
「『阻め』!」
使うのは土から派生する金属魔法、その初歩。地面から人の丈二倍はある鉄の壁が生み出され、突撃してくる鎖の行く手を阻んだ。
『拘束せよ』に攻撃力はほとんどない。けど、元が土の魔法だから同じ土の魔法か、氷の魔法で迎え撃たないと勢いは止められない。その点、この『阻め』はうってつけだ。向こうは見えなくなるけど。……まぁ、魔力量にものを言わせた魔法なら、消し去ることはできるんだけどね。
そんな芸当を出来るほど、俺は魔法士として優秀じゃない。嘆きつつ足を止め振り向き、一拍。そして刀を構えると、地面に薄い影が浮かび上がった。
「チッ!」
舌打ち共に即座に飛び退く。その直後、上空から突撃してきた執行人が、音も立てず俺のいた所に刃を突き立てた。右腕から伸びる刃は、深々と地面に突き刺さっている。
……気がつくのが遅れていたら、脳天から真っ二つか。ホント、これだから強い奴と戦うのは嫌なんだよ。
勘弁してくれ、と思いながら姿勢を低くし、腰の後ろに提げてある鞘を右手で逆手に持ち、駆け出す。執行人はすでに刃を地面から引き抜いて体勢を整えている。待ち構えているなら好都合だ。構わず、刀を下から掬い上げるように振り上げた。
何かを擦り付けるような音と共に、振り上げた刀は左の刃で上に逸らすように流される。ついでに流されそうになる体を踏ん張り、ガラ空きになった腹に飛んでくる右の刃を鞘で受け止める。
そしてーー、
「っ!」
顎に執行人の右膝が飛んでくる。咄嗟に上体を反らして紙一重で回避するも、執行人は蹴りだした膝を一気に伸ばし、
「がっ!」
頭が揺れる。顎につま先が突き刺さったと認識したのはその一瞬後。幸いなのは、無理矢理な体勢で蹴りを連鎖させたからか、そこまでの威力がなかった事だ。
……だけど、これはマズイ。かなり、ヤバイ。
そんな事を考える暇もなく、執行人は体を支えていた左の足で地面を後ろに退がるように蹴り出し、
「がほぉぁ!」
腹に右足の踵が突き刺さる。バランスを崩していた俺の体は簡単に地面に叩きつけられ、口から空気と共に酸っぱい液体が吐き出された。
「が……ぁ」
痛い、なんてものじゃない。間違いなく、一瞬だけ意識がトンだ。気を失わなかったのは、ただの幸運だ。
ボヤける視界に何とか執行人の姿を映す……くそ、もう体勢を整えている。ホント、休憩時間くらいくれないかな。俺はただの人間なんだからさ。
執行人は右の刃を振り上げている。狙いは、多分俺の心臓。起き上がる暇はない。刀で防ぐのは完璧に悪手。なら……、
「『阻め』!」
俺の足を掬い上げるように、地面から鉄の壁が飛び出す。ついでに、振り下ろす体勢に入っていた執行人の右腕も巻き込めた。
「『斬り刻め!』」
足が上がった勢いを使い、宙で一回転して立ち上がって大きく後ろに退がる。そして風の刃を生み出す魔法を鉄壁の向こうに使用する。
数十の小さな風の刃が執行人のいた所に降り注ぐ。これでやられてくれれば今年最高の幸運なんだけど……、
「そう簡単にはいかないね!」
鉄壁の右側から執行人が飛び出してくる。その右腕に纏っていたコートの袖はズタボロに引き裂かれているけど、血は流れていない。ホントに、こいつは全身を鉄板かなんかで覆っているのかね。
そのくせ身軽だし。不条理の塊だね、こいつは。
「……『潰せ』」
「『押し返せ!』」
俺の頭の上に現れた鉄の塊を、俺は風で軌道を逸らす。逸らした先は執行人の眼前。執行人は足を止め、すぐに鉄塊を打ち消す。そのお陰で、僅かに隙が生まれた。これを逃す手はないね。
瞬時に距離を詰め、刀を袈裟に振り下ろす。執行人はそれを防ごうと剥き出しになった右の刃を出し、
「っ!」
それを確認した俺はその寸前で止め、刀を手放して手の平に炎を纏わせる。執行人は俺の意図を一瞬で読んだのか、慌てて左の刃で突いてくるけど、
「遅いよ」
左の刃を鞘で防ぎ、右足でもう一歩踏み出して燃え盛る手の平で執行人の顔面を掴んだ。フードが焼け、指の隙間から真っ赤な鋭い双眸が覗いた。
ようやく顔を拝めたけど、これで見納めだね。
そのまま、手の平に纏わせる炎の火力を上げ、左足を執行人の足に掛けて転ばせる。バランスを崩した執行人の体を頭ごと地面に叩きつけ、鞘を無防備に見える腹に突き刺した。
ーーそして、執行人の腹から幾つもの刃が飛び出してくる。
「知ってるよ!」
だけど、それはもう読んでる。鞘で突き刺した手に力を込め、顔面を掴んだ手を支点に体を起こす。所謂、逆立ちの体勢。飛び出た刃を傍目に、俺は執行人の頭部の上辺りに着地して、焼け焦げた執行人の頭を蹴り飛ばした。
「『潰せ!』」
ゴロゴロと転がる執行人の体の上に、大きな鉄塊を落とす。月明かりに照らされて落ちるそれは、辺りに大きな音を立てて執行人の体を押し潰した……はず。
警戒は、まだ解かない。すぐに刀を手に取り、視線を鉄塊へ向ける。……流石に消耗が激しいね。『繰転術』もそこそこ魔力を消費するし、魔法も使いまくったし、無理な動きをしすぎたよ。それに、顎と腹に受けた痛みはまだ存在を訴えている。
元々魔力量は多い方じゃないし、中難度の魔法を連発してれば体も重くなるか。魔力は体を動かす動力源の一つ。魔法の行使には空気中に漂う魔素も取り込んでいるとはいえ、八割は自分の魔力頼りだし。
「……ふぅ」
……にしても、中々難儀だね。殺さないように立ち回るってのは。
いくら向こうが無断でやって来たとはいえ、イレニア帝国の王族に従事している俺が、マグリニアル王国の執行人を殺すのはかなりの問題になる。国際問題、下手をすれば、軽い戦争の火種になる可能性だってある。いや、流石にそれはないか。けど、事がそれだけ大きくなるって事。
隠蔽すれば何の心配も無くなるんだけど……それは無理だね。なにせ、
「おー、いやいや、こりゃ見事だねぇ。ただの人族が、まさかあいつを伸しちまうなんてよ」
森の中から現れたのは、長身の人。声からして、それなりに歳を食った男だ。執行人と同じような、フードに白いバツの刺繍が縫われた黒いコートを着ていて、顔は見えない。
「もう観客席にいるのは終えたのかい?」
「はっは、そりゃぁね。ここらで止めとかないと、そいつも歯止めが効かなくなるだろうしねぇ。お前さんも、ここらで手を止めとかないとマズいだろう? これ以上は、互いに不利だからな」
男はゆったりとした足取りで鉄塊に近づいていき、ポンと押して簡単にそれを転がした。
「ありゃりゃ、こりゃ随分手酷くやられてるな。ま、制限二じゃこんなもんか」
陥没した地面から、ボロボロになったコートを纏う執行人を持ち上げる男。気を失っているのか、執行人に動きは見られない。
「だけど、上手く手加減してくれたんだな。そこは感謝するぜ」
「それはこっちもね。制限二って事は、まだ上があるんでしょ? 本気で来られてたら、今以上に面倒になってただろうしね」
「そうだろうなぁ。そうなれば、お前さんも容赦なくこいつを殺しにきただろ? こっちとしてもだ、こいつを失うのは痛手だ。だから、殺さずにいてくれて感謝って事だよ」
男は、焼け焦げた跡執行人の顔を指でなぞる。黒ずんだ布のようなものが幾つか伸びているのは……包帯かな? 顔に巻いてたみたい。中身も外見も、おかしな存在だよ。
そんなどうでもいい事を考えていると、男は小さく笑い声をあげ、それから頭を下げた。
「たかが調査班の人間と、舐めてたよ。悪かったな、巻き込んじまってよ」
「誠意なら、お金と態度、そして貸しを一つで受け取ってあげるよ」
「ははは。そんなもんで許してくれるなら軽いもんだなぁ。金は、後でお前さん名義で送ってやるさ。百万リン程度でいいか? 貸しも、俺達個人にならつけといてくれ。無期限でいいぞ」
男は執行人を肩に担ぐ。無口な執行人と違って、こいつには会話能力があるらしい。なら、こいつが執行人の言っていた付添人で間違いないね。
隠居した農家みたいな話し方だけど、動きに隙はない。斬りかかっても、そう簡単に命をくれそうにないね。それに、担がれている執行人だって、本当に意識がないのか定かじゃない。のほほんと会話をしているけど、戦闘はまだ終わってない……と思っていたけど、男は手をヒラヒラさせてこう言った。
「とりあえず、俺らに戦う意思はもうねぇ。こいつは半分壊れてるし、俺もお前さんとやり合って勝てる自信がねぇからなぁ。無駄な事はしたくねぇんだ、分かるだろ?」
「それには同意するけど、いいのかい? そっちのお仕事は、あの副団長さんを処分する事でしょ? 手ぶらで帰ったら、怒られるんじゃないのかい?」
「だろうな。だけど、まぁそこは上手くやるさ。こんなんでも、俺はそこそこ良い立場なんだ。手ぶらで帰っても、説教くらいで済むさ」
それに、と男は苦笑するような雰囲気で続けた。
「お前さんのお仲間が目をつけてるんだ。ってか、ここに来るまでにもつけられてるしな。あんなおっかないのに目をつけられちゃ、怖くて手なんか出せねぇよ」
ミヤと、先生か。二人も上手くやってくれたみたいだね。今も、森の中から俺たちを見ているみたいだし。
見た感じ、男の力量はミヤより上、先生より下だ。ミヤ単体じゃ男も大人しく帰るなんてしなかっただろうし、先生様様だね。
「まぁ、片方は俺の先生だからね。そこの執行人が本気でやり合っても、絶対に勝てないよ」
「恐ろしいな。そりゃ、お前さんが強い訳だ」
「どうも。お世辞でも受け取っておくよ」
「世辞じゃねぇさ。本心だよ。……ま、お前さんらが強い方が言い訳が作りやすくて助かるんだがな。それによ……」
男はそこで言葉を区切って、俺に何かを投げてよこした。
素直に受け取ると、それは丸いボタンだった。薄暗くて意匠までははっきりと見えないけど、裏に突起があるし、ボタンで間違いはないだろう。
でも何でこんな物を、と怪訝に男を見かえすと、男は肩をすくめて言った。
「お前さんらと、個人的には繋がっておきたいんだよ。お前さん、面倒は嫌いだろ?」
「よく分かったね」
「んで、面倒を避けられるなら使えるもんは使う質だろ?」
「それも、よく分かったね」
「ま、お前みたいな知り合いが一人いるからな。そういう奴は、大概使える奴が多いのさ。或いは、使える奴が周りにいる事がな」
「……だから、これを? 悪いけど、おっさんに使われる趣味はないよ?」
だれがおっさんだ、と男は冗談めかして返す。いや、声からしておっさん以上で間違いはないと思うんだけどね。
「俺だって、ただで使う気はねぇさ。互いに利害が一致した時、そん時だけ協力できるようにするためさ。お前さんも、俺らに関わったんだ。このまま何もない、なんて思っちゃいねぇだろ?」
「……つまり、その面倒が起きた時におっさんが手を貸してくれる、って事?」
「……だからおっさんじゃねぇっての。……まぁ、そんなとこだ。代わりに、俺が困ったらお前さんが助けてくれりゃ良い。どっちの場合も、互いに利がある時だけな。どうだ? 悪くはねぇだろ?」
「……それ、バレたら余計に面倒になるんじゃないの? 執行人の組織って、極端に排他的って聞いてるんだけど」
「そうだな。だが、お前さんが黙ってりゃ問題はねぇ」
「……よくそんなんで組織にいれたね」
面倒事が起きるのは確実だ。執行人に関わって、生きている。それだけでも、執行人の組織は手を出してくるだろう。おっさんも俺の事を黙っている訳にはいかないだろうし、遠くない未来に別の執行人が来る可能性は高い。
なら、ここで手を組んでいた方が利口かな。組織の内部を知っている奴の後ろ盾があるのは、正直助かるし。
俺はため息をつき、ボタンを懐に入れる。
「お、乗るんだな?」
「……あまり気乗りはしないけどね。理想は、君達の組織とはこれっきりの関係にしたいんだけど……」
「甘いなぁ。うちの上は、そんなに馬鹿じゃないぜ?」
「だろうね。だから、手を組んであげるよ」
俺はちょいちょいと森の中へ手招きし、黒い毛皮の鼠を一匹呼び寄せる。
……チリア、聞こえる?
『はい。聞こえまっせボス』
君の部下、一匹借りるから。
『ご自由に。ボスの命令なら、文句はないですぜ』
どうも。
「……そいつが、影鼠ってやつか? 初めて見るぜ」
「博識だね。どこの国でも絶滅種に数えられている、希少種だよ。ま、未開の地にはまだいるみたいだけど」
俺は足元に寄ってきた影鼠の頭をポンポンと指で叩き、男の元へ向かわせる。
「その子は俺の召喚獣の部下だよ。その子経由で、俺と連絡ができる。マグリニアル王国からここまでは無理だけど、イレニア帝国に入ってくれれば連絡範囲内だから、結構使えると思うよ」
「……便利だな。お前さんじゃないと使えねぇだろうが」
おっさんは足元へ寄ってきた影鼠をまじまじと見つめる。影鼠はおっさんと見つめ合うと、おっさんの影の中にスッと入って行った。
「普段は影の中にいるよ。けど、影が作れない場所だと弱っちゃうから、その時はポケットの中にでも入れてあげてね。後、その子は俺の召喚獣の家族だから、ぞんざいに扱ったら報復が待ってるから気をつけて。影鼠の報復の仕方って、かなりエグいから」
「あいよ。精々気をつけておくぜ」
本当に気をつけてもらいたい。影鼠は連帯感が強いから、一匹でも群れがやられると、全員で報復に向かうしね。影の中に入り込んでるから気配も読みにくいし、殺傷能力を持つ数百の鼠が昼夜問わず襲いかかってくるのは、かなりのトラウマものだし。
男は執行人を担ぎ直す。それから、思い出したように言った。
「あぁ、そういやあの副団長……いや、元副団長か。あいつはお前さんに任せたぜ。上の奴らには、執行失敗、継続困難とでも報告しとくからよ。そうすりゃしばらくは手を出さないはずだ。その間に、しっかりと地盤を固めてやってくれ」
「今更だね。そのつもりだよ。これからは、俺の部下として働いてもらうから」
「ハナからそれが目的だったろ? ついでに、元副団長が掛けられた禁術についても教えてやるよ」
これも今更だけど、副団長が執行人に追われてたのって禁術が原因だったんだね。掛けられたって事は、予想通り嵌められたみたいだけど。
「『心削術』。それが元副団長が掛けられた禁術だ。記憶を消費して魔法の効果を上げる、禁術の中じゃ比較的軽い方のやつだな。解けるなら解いてやってくれ。そうすりゃ、狙う理由もなくなる」
「簡単に言ってくれるね。ま、先生に訊いてみるよ。先生なら、解き方を知ってるかもしれないし」
「万能だな。お前さんの先生は」
おっさんは小さく声を上げて笑う。そして、ゆっくりと踵を返した。
「んじゃ、色々と宜しく頼むぜ。できるなら、次は敵同士じゃない再会を祈っとくぜ」
「こっちもね。強い奴と戦うのは、あまり好きじゃないし」
俺もだよ。おっさんはそう言って姿を消した。
「…………はぁ」
おっさんがいなくなると、緊張が解けて一気に脱力感に襲われる。ふと、懐に入れたボタンを取り出してジッと眺めてみる。
「そういえば、使い方を訊くの忘れてた」
ま、でもいいか。あのおっさんとは、また会えるだろうし。そう結論づけて、俺はサリの街に足を向けた。
前半戦闘、後半まとめ。
無駄な説明と描写が多いので、いずれ手直しする可能性が高いです。