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禁術に追われる副団長さんー2


甲高い音が辺りに響き渡る。副団長を突き飛ばして無理矢理な体勢で受け止めたからか、刃を交えた刀から腕に衝撃がモロに伝わる。気を抜けば踏ん張る足が宙に浮きそうになるのを何とか堪えて、仲間の名前を叫ぶ。


「チリア!」


俺の声で、潜んでいたチリアの部下が副団長を影が焚き火の所まで運び始める。そして間髪入れず、その副団長の首を刎ねようとした刃の持ち主である人型の“何か”の足元から影が飛び出した。


「…………」


だけど、その“何か”は後ろに跳んですんなりと影を躱した。ほとんど予備動作もない、完全な不意打ちをこいつは初見で見切ったのだ。正直、ありえない。それどころか、“何か”は刃に魔力を纏わせて、影を斬り捨てようと腕を横に薙ぐ体勢に入っていた。


「させないってば!」


俺は上に伸び続ける影をくぐり抜けて、“何か”の服の袖から伸びる刃を上に受け流す。その勢いのままもう一歩踏み込み、俺は“何か”の腹に肘を喰らわせた。


「っ!?」


筋肉とも、鉄板に当たったとも言えない衝撃が肘に走る。そして次に来るのは、激しい違和感。ダメージは入った……はず。だけど、手応えが全く感じられない。


まるで霊体を相手にしているような錯覚に陥る。……まぁ、俺は幽鬼系の魔獣と戦った事はないけど。だけどそれとは違って、こいつには実体がある。実際、“何か”の体を吹き飛ばす事には成功した。


俺と“何か”の距離は、肘打ちの衝撃でかなり広がった。それを見て、ようやく察した。ただの肘打ちでここまで吹き飛ばすことはできない。あいつはあの瞬間、自分から後ろに跳んで衝撃を殺したのだと。


「……軟体生物みたいだ」


刃が受け流された勢いをまるで無視したような体の使い方だ。あれはこれから、人の形をした化け物、と思った方が良さそうだね。


『ボス! 助かりました』


チリアが、影が俺の中に入ってくる。チリアは影鼠という種族で、影魔法という固有属性の魔法を扱える特殊な魔獣だ。魔力を纏って影の状態になっている時には物理攻撃を無効にするけど、魔力を通した攻撃には酷く弱い。あの時、“何か”の刃をモロに受けていたら、チリアは死んでたかもね。


『感謝感謝でさ! 流石ボス!』


別にいいよ。それより、チリアじゃ相性が悪そうだ。下がって、あの二人についてて。


『サー!』


言うや否、チリアは俺の体から抜けて副団長の影の中に入る。さてさて、これで少しは落ち着いて話ができそうだね。


「……ついでに、時間も稼げそうだ」


スッと、意識をあの“何か”に切り替える。長身に黒いコートを着た、人だ。裾から覗く手や足は細い。パッと見、女性とも思える。フードを被っていて、尚且つ月明かりとは逆光になっていて顔は見えない。だけど、そのフードに見覚えのある刺繍が見えた。


真っ白い、バツ印の刺繍。この刺繍を伊達や酔狂で縫い込む馬鹿は、無知以外に存在しない。何故ならあの刺繍は、マグリニアル王国の暗部、


「……執行部の執行人か」


主に重犯罪者や禁術に手を染めた者を排除する組織。俺も詳しくは知らない、というより知ることができなかったけど、その存在だけは子供ですら知っている。なにせ、悪いことをすれば白いバツ印の化け物が攫いに来る、何て教えがあるくらいだ。実際は攫いに来る何て生易しいものじゃないけど。


存在を知られておきながら、その内部は秘匿に包まれている。知っているのは国の上層部の一部の者だけ。だけど、執行人の危険性については俺も聞かされている。


息を吐き、自然体で刀を構える。魔力探知は周囲に、視線は執行人から逸らさず、俺は口を開いた。


「マグリニアル王国の暗部が、わざわざ他国にまで来るなんてね。そこまでする程の価値が、あの子にはあるのかな?」


「…………」


黙りは予想の範疇。俺も、こんな奴らと会話なんかしたくないし。


「執行人は規律に厳しいと聞いたけど、他国に侵入するのは許されるのかな? 少なくともここは、君が立ち入れる場所じゃないんだけどね」


「……執行規則第四条の三項、執行対象が他国へ逃げ込んだ場合、執行対象の罪状の内容によっては無許可で他国へ立ち入る事が可能になる。その場合、事後報告が必要となる」


「成る程ね。って事は、副団長さんはかなり重度の罪を犯した訳だ。良ければ、教えてもらいたいんだけどな」


「……執行規則第二条の二項、執行対象の詳細については口にしてはならない。又、相手が自国の将官以上の場合はこれに限らない」


……規則、規則って、どんだけ仕事が好きなんだよ。別に好きなのは構わないけど、他国に来てまで巻き込まないでもらいたいね。


「そうかい。ま、それはどうでもいいや。なら俺はイレニア帝国魔獣生息区域第十二番域調査班所属の者として言わせてもらう。俺に与えられている権限はこの第十二番域、『真理の森』の領域内に限って『武王』、そっちで言う将官クラスの発言権を持つ事を許されている。つまり、ここで起きた問題は俺が管理できるって事。そして、副団長さんはここで問題を起こした。ここがイレニア帝国領である以上、副団長さんの拘束権は俺にあるんだよ」


「……執行規則第一条の五項、執行部から発行された任務はあらゆる権限を無視して最優先で遂行、達成されなくてはならない」


「それは自国に限って、でしょ? さっきも言ったけど、ここはイレニア帝国領。四条とやらは容認するとしても、その規則は、ここじゃ適用されないよ。少なくとも、俺の前ではね」


そもそも、任務の為とはいえ他国に執行人が侵入している時点で、かなりの問題だ。外交上も、そしてマグリニアル王国の対面的にも非常によろしくない。


なのにこいつは執拗なまでに副団長に執着している。……全く、副団長は何をやらかしたんだか。


そんな事を考えていると、執行人はボソリと呟いた。


「……たった今、付添人から指令が下った」


「ん?」


執行人の両袖から、両刃の刃が飛び出した。執行人はそれを、だらりと腕をぶら下げて構える。


「目撃者を最優先で排除。貴様と、元八凰騎士団のニノ団所属ピア補佐官、及び謎の魔獣の排除を開始する」


「それは、穏やかじゃないね」


俺が苦笑した瞬間、執行人は音もなく姿を消した。何て事はない、ただの超速での移動だ。だけど執行人は俺を無視して、副団長の方へと駆けていく。


「チリア!」


副団長とメイドの姿が、影の中に埋まっていく。そして執行人の振り下ろした刃は、空を切った。


「残念無念、だね」


俺は一足で距離を詰め、執行人の背後から刀を振り下ろした。だけど、それも難なく躱されて空振ってしまう。少し間を置き、構わず、追撃。


「あの二人を追うのは諦めれば? 俺の優秀な鼠さんは、とっくに遠くに向かってるよ」


「…………」


フェイントを交えて急所を確実に狙う斬撃を繰り出すも、執行人は関節なんて無いような動きで避ける。つい口をついた軟体生物って例えも、あながち間違いじゃなかったね。


リーチはこっちに分がある。けど、このグニャグニャの体からどんな攻撃が来るのか、全く予想できないね。正直、決め手に欠けるよ。


「ほらほら、執行人の強さはその程度なのかな?」


「……『拘束せよ』」


「無駄だって」


虚空から四本の鎖が飛び出してくる。中難度の拘束魔法だ。俺は両手足を目掛けてくるそれを刀で打ち壊すと、執行人はその隙に右腕の刃を突いてくる。


左目を抉ろうと狙った刃を、俺はギリギリのタイミングで刀の腹で受け止め、続けて左腕の刃を振るおうとする執行人の足元に無詠唱で小規模の爆発を起こす炎の塊を落とした。


大した魔力も込めてないそれは地面を少し抉るだけの規模の爆発を起こし、俺と執行人の間に僅かな衝撃を生み出した。


その勢いに乗り、俺は後ろに大きく跳ねる。執行人は……微動だにしていないね。これで耐久も化け物クラスだったら、仕事を捨てて逃げようかな。


そんな嘆きが伝わる訳も無く、間髪入れずに執行人は拘束魔法から生み出した鎖を伸ばしてくる。数は十数程度。だから、それは無駄だっての。


「『四散する光よ』」


地面に着地すると同時に、火と光、そして風の初級難度の魔法を組み合わせた魔法を放つ。


風の拡散して流す効果と、光の視界を奪う光量、そして火の爆発しやすい特性を生かした複合魔法だ。三つの属性を組み合わせたこの魔法の効果は、あちらこちらに小さな火の塊を飛び散らし、地面に着弾すると同時に小規模の爆発を起こして光を撒き散らす、それだけの魔法。


だけど、今は夜、そして近距離のこの状況なら絶大な効果を発揮してくれるはずだ。


一瞬の内に散らばった火の塊は音もなく四散し、辺りに光を生み出す。目を閉じざるをえない光量。それは俺にも降りかかって来るけど、流石に対策はしてある。


「『見えない視えない眼帯』」


水の魔法から派生する氷を両目を遮るような長方形に作り出し、闇の魔法を混ぜ込んで作る即席の遮光板魔法だ。それでも光は通るけど、見えない程じゃない。


さて、準備は完了だ。攻め入るとしようか。


光で俺の居場所を見失ったのか、行く当てを見失った鎖を通り過ぎる。使用後の倦怠感を覚悟に、脚部にだけ身体強化の魔法を通し、一気に間合いを詰める。


『見えない視えない眼帯』のせいで若干歪む視界の中、執行人はまだ腕で目を塞いでいる。俺は刀を握り直し、執行人の首めがけて振るった。


そして、


「ーー執行」


ーー俺の意識は途絶えた。



…………。


……………………。


……ふっと、意識が覚醒する。……ような感覚に捉われる。


ボヤける視界で辺りを見渡す。月明かりに照らされる、街道だ。その下、俺を乗せて動くのは、無数の黒い鼠。


その中から一匹、長い尻尾が二つ生えた鼠が俺の膝に乗ってくる。


『ボス。お帰り。体は?』


「大丈夫。異常はないよ」


手を伸ばし、首を回す。違和感もないし、動きにブレもない。それにしても、今は無数の鼠の上に乗っているけど、揺れはほとんどない。流石、チリアの部下は優秀だ。


『やられた?』


「……みたい。うん、やっぱりあの体じゃ無理があったね」


意識が途絶える直前に見た、執行人の腹から飛び出した幾つもの刃。流石にあの距離じゃ、避けようがなかったよ。


『入れ物になった第四部隊から報告。アレはこっちに向かっている。ですボス』


「そ。サリの街まで、どのくらい?」


『まだ。振り切るのは、無理でさ』


「だね」


問題を先送りにしただけだし、しょうがないか。あの速度なら簡単に追いついてくるだろうし、時間はあまりないね。ま、相手の手を少しでも知れただけ良しとしようか。


「……あの」


「ん?」


俺の隣に乗っていた副団長が、控えめに声を上げる。……そういえばいたね。


『剣は第二部隊が持ってまさ』


そ。そのまま持ってて。


『アイサー』


返事を聞き、俺は副団長に目を向ける。


「とりあえず、君の身柄は俺が拘束させてもらうよ。色々聞きたい事はあるけど、それは後」


「……はい。それで、その、今のは何だったんでしょうか?」


「それも後。今は、あの執行人を何とかしなくちゃね」


副団長が言う今の、それは俺とチリアの部下達による『繰転術』だろう。簡単に言えば、俺の意識をチリアの部下達が影で形成した俺の体に移す、召喚術特有の技。言わば分身を作り出す技に近い。本質は、大分違うけど。


『繰転術』そのものは、召喚獣の五感を操るだけの能力だ。これは影鼠だからできる『繰転術』の応用だ。影鼠側の消耗も激しいし、多用はできないけど。


……にしても、と俺は思う。


俺がすり替わったのはチリアが副団長とメイドを影の中に埋め込んだ時。背後から斬りかかった時に、俺は一瞬で影の中に潜り込んだのだ。ある程度の質量なら一緒に影を渡れる、影鼠の特性を生かした逃げ技だったけど、上手くいくとは思ってなかった。


成功すれば御の字。ダメだったら俺が死に物狂いで時間を稼いで、次の手を打つつもりだった。


けど、結果は成功。チリアの部下達の包囲網を簡単に突破して副団長を刺そうとした執行人なら、簡単に見破ると思ったんだけどね。……しかし、これはあれだ。


「……使えるかもね」


向こうは召喚術について、あまり知らない可能性がある。執行人なら知ってて当然と考えて動いていたけど、これなら勝機はあるか。


まぁ、俺のやった事は例外中の例外だからかもしれないけど。『繰転術』の応用なんか、普通の召喚術師は使わないだろうし。


「……どうされましたか?」


「……いや、こっちの……」


……いや、待て。こいつも使えるか? 剣の腕は良いだろうし、副団長クラスなら魔法もそこそこ使えるだろう。それに、曲がりなりにもここまで執行人から逃げてきたわけだ。それなりに渡り合える力はあると見て間違いはない。


だけど、それだと後々問題だよねぇ。拘束するべき対象に補助を得たなんて、お粗末な話だ。口止めしても、副団長に良いように使われる口実になるかもしれないし。


「……無し、だね」


「あの……」


「あぁ、こっちの話。君達は、黙って俺達について来ればいいから」


「はぁ……」


どこか腑に落ちない顔で、副団長は頷く。それから俯き、ポツリと言葉を落とした。


「……その、申し訳ありません。巻き込んでしまって」


「気にすることはないよ。首を突っ込んだのは俺からだし、むしろ君達が殺される前に接触できて良かったよ」


これは本当。副団長の肩書きは失くしているかもしれないけど、その力がある人物に借りを作れたのはかなり大きい。


そして、ここからが嘘。


「だけど、君達の身柄は当分俺の管轄にあると思ってね? この国に入った以上、過度な自由はあると思わないように」


「はい。もちろんです。ボクの処遇は、あなたにお任せしまう」


「…………」


「……あの、何か?」


「……そこまで信じきった眼差しで言われると、毒気が抜かれるね」


「はい?」


「いや、気にしないで」


重罪を犯したか、禁術に手を染めないと執行人はやって来ない。でもこの様子を見ていると、この人はそのどちらかをやったとは思えない。


多分、騙されたんだろうなぁ……。それか利用されたか。何にせよ、可哀想な人だ。


そんな事を考えていると、膝の上のチリアが急に立ち上がり、耳をしきりに動かし始めた。


『……第五部隊から連絡でさ。もうすぐ接触する、との事で』


そ。ありがと。


『どうします? ボス』


……迎え撃つよ。俺が単騎でね。チリア達は、このままサリの街に二人を運んで。


『アイサー』


連絡を終えて、チリアは膝の上から下りる。それを見て、俺は立ち上がる。影鼠達の足場はそれでもブレない。やっぱり、優秀だね。


「……来ましたか?」


「察しがいいね。俺が相手をするから、君達はこのままチリア、鼠達に従って。んで、サリって街に着いたら門番にギルドマスターに取り次いでもらうよう言って。俺の名前を出せば、すんなり行くと思うから」


「……分かりました。感謝します」


感謝されるような事はしてないんだけどね。俺の職務に忠実に動いてるだけだし。


ま、でも感謝は素直に受け取っておこう。損はないし。


「んじゃ、後はよろしくねチリア。任せたよ」


『アイサー。ボスもご武運を』


「はいよ」


俺は影鼠達から飛び降りる。副団長を乗せてあっという間に消え去る影鼠達を見送っていると、執行人は間も無くやって来て足を止めた。


かなりの距離を走っていたはずだけど、息は一切、切らしていない。本当に、化け物だね。


「さっきぶりだね、執行人。どう? 騙された感想は」


「…………」


「開いた口が塞がらない、って訳じゃないんだから会話しようよ」


「…………」


「そ。もう喋りたくないのね」


俺は腰の刀を抜く。執行人の両腕からは、既に両刃の刃が覗いていた。


「さて、第二ラウンドだ。仕切り直しと、いこうか」


「…………」


口元を歪め、俺は執行人を睨みつけた。

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