禁術に追われる副団長さん
投稿した話はいつか手直しをするかもしれません。
*誤字脱字の報告はいつでも受け付けています。
二
『ボス。第一、第二、第三部隊が帰還。異常無し』
はい、お疲れ。残りの部隊は?
『報告待ちでさ。ミヤの姉さんはお帰りで?』
まだ。先生と一緒だから、そろそろ帰って来るよ。俺も、今日の分は終わってるから、いつもの場所で合流で。
『アイサー』
プツン、と頭の中で声が途切れる。召喚獣との念話は何年とやってきてるけど、この時だけはどうにも慣れない。
頭の中に残る何とも嫌な残滓を無視して、手元にあるメモ書きを懐にしまいこむ。ついでに明かりとして使っていた光球を掻き消して、空を見上げる。
『真理の森』の夜は、イレニア帝国の領土の中でも特に危険な一帯になる。まぁ、昼間でもそこそこ危険だけど、住み着く魔獣の活動時間が夜に偏っているから、かなり危険が途轍もなく危険に様変わりするのだ。
時間は、そろそろ十三の刻を回るくらいかな。森の中は月明かりを頼りにするくらいしか光源がないから、人間の俺にはそろそろキツイ時間だ。
ま、慣れてるから死ぬ程危ない、って訳でもないけど。
「……さて、遅くなると先生が煩いから行こっかな」
先生、育ての親でもある大梟のデーアルは未だに俺を子供扱いするから、夜更かしすると怒るんだよね。流石に頭ごなしに叱ったりはしないけど、機嫌が目に見えて悪くなるんだよね。
俺も二十三になったんだから、いい加減ムダに過保護になるのはやめてほしいんだけどね。親心は理解できない。
『真理の森』に限らないけど、夜の森は足元が見えない。ついでに先も見えない。俺がいる位置は森の中でも浅い所だけど、それでも高い木の背に隠されて月明かりも頼りなくなる。
この位置に住む魔獣に襲われて死ぬ程、俺は弱くないけど、警戒することに越したことはない。心配性の先生の機嫌を伺う意味合いが強くなるけど、さっさと帰ろう。
森の中で育ったからなのか、夜目は効く方だ。もちろん、普通の人間に比べれば、だけど。ただ、夜の森で目に頼るのは、あまり賢くない。
木の葉の掠れる音、土を踏みしめる何かの足音、僅かに聞こえる魔獣の息遣い。そしてその奥に隠れるこちらを狙う気配。狙うとは言え、こいつらも馬鹿じゃない。実力差がはっきりとしている者を相手に、真正面から向かって来やしない。この点だけは、人より賢いだろう。本能で察している事に従うのは、無駄にプライドを持つ人間には無理だ。だから無視しても構わない。
俺は微かに見える先を見つめながら森の中を駆け出した。耳と経験則に頼る気配察知能力を使い、魔獣にかち合わないように。
指定した待ち合わせの場所は、森に沿うように伸びる街道だ。走り出して五細も経つと、目的の場所は見えてくる。
と同時に、街道と思しき所に明かりが見えた。微妙に揺らいでいる所を見ると、焚き火かな。もう少し近づいてみれば分かるけど……うん。とりあえず用心はするべきだろう。
足を止めて、今度は足音を消してゆっくりと歩を進める。ついでに、こっちに向かっているであろうチリアやミヤ、先生に警戒するように念話で伝える。
……街道付近におかしな焚き火を見つけた。なるべく気配と足音を消して、合流。
『サー。了解でさ』
『はい』
『ヤグ、私が行くまでちょっかいを出すな。いいか、絶対に大人しくしていろよ?』
……分かってるよ先生。先生が来るまで手は出さない。
『本当か? お前は昔から短慮な所があるからな。本当に約束できるか?』
……するってば。だから、さっさとこっちに来て。
『お前は……あれ程目上の者には敬語を使えと言っただろう。まさか、私以外の者にもそんな言葉使いを……』
あー、はいはい。分かったから。お説教は後で。だから来て。はい、念話おしまい。
『ヤグ。私の話を……』
はい、念話終了。強制的に断つ。もう夜遅いから、先生の機嫌は既に悪かったよ。あれだ、この後が憂鬱だね。
ため息を飲み込んで、歩みを続ける。チリアもミヤも基本的に先生の味方だから、お説教は確実だね。まぁ、俺も逆の立場だったら先生の味方をするから、悪くは言えないけど。
ーーにしても、と、思考を切り替える。不自然極まりないね。あの場所からサリの待ちまで、犬車なら一刻も掛からないはずだ。商隊にしろ出合い組車にしろ、こんな場所で一夜を明かす必要はない。加えて、そこは『真理の森』を真横に臨む場所だ。しかも今は夜。そんな場所で休むなんて、魔獣からすればどうぞ食べてくださいと言っているようなものだ。
自殺志願者の集まりか、或いは余程腕に自信があるか。後は無知なだけか。……ナンテコッタ。考え付く限りまともなものがない。どれにしろ、面倒な匂いがしてるね。
「…………」
ま、見ればはっきりする事だ。そう思考を切り捨てて、ようやく焚き火が見える所まで移動できた。
視界に映るのは、焚き火を囲む二人の女性。一人は白いシャツに黒いコートを着た、長い髪の小柄な女性。もう一人は長身で、メイド服を着た女性。小柄な女性は傍らに鞘に収めたままの長剣を置いており、長身の女性は一見なんの武装もしていないように見える。
犬車などは確認できない。が、手荷物も思える大きめの鞄はある。そう見ると、あの二人はただの外国から来た無知な旅人、とも考えられる。であれば、『真理の森』と知らずここに焚き火を作ったのも納得できるし、犬車がないのも分かる。金がない旅人は、徒歩で移動するものだからだ。
ならば、調査班の立場としては一言注意して、サリの街まで送らなくてはならないね。無駄な犠牲を減らすのも、仕事の一つだし。ただ……、
『ボス? 何か用で?』
念話をチリアにだけ繋ぎ、呼びかける。契約している召喚獣と個別に念話できる、分離念話と呼ばれるちょっとしたテクニックだ。俺は息を殺しながら、チリアに情報を与える。
おかしな二人組みを見つけた。その内の一人は、間違いなく手練れ。いつでも縛れるように待機できる?
『ボスに一番近いのはチーでさ。すぐに行きまっせ』
よろしく。あ、小柄な方の人間には手を出さないでね。多分、お前が死ぬから。
『サー』
そして念話が途切れる。ちなみにチーとは、チリアの事。あいつなら、まぁあのメイドくらいは抑えられるだろう。
……さて、それじゃ俺は、あの二人に接触するとしますかね。どうか揉め事にならないよう、先生に祈っておこう。
「こんばんは。ちょっと、お話を聞かせてもらっていいかな」
「……来ましたか」
「誰!?」
木の陰からゆっくりと登場し、声をかける。案の定、メイド服の女性には立ち上がって身構えられた。小柄な女性も取り乱したりはしないが、ゆっくりと腰を上げると、長剣の柄を持っていつでも抜けるように体勢を整えている。
……ふんふん、俺の気配に気がついていたみたいだし、やっぱり小柄な方はそれなりにできるみたいだね。こりゃ予定通り、警戒しながらの方が良さそうだね。
俺は懐から鉄でできたカードを取り出し、焚き火に少し近づく。
「俺はイレニア帝国魔獣生息区域第十二番域調査班所属の、ヤグだ。つまり、この『真理の森』の調査を任されている者だよ。こんな所にいる君達が気になってね、声をかけさせてもらった」
メイド服の女性は鋭い視線で俺の持つカードを見つめる。小柄な女性はカードには目もくれず、俺の目をジッと見据えていた。
「とりあえず、その剣は下ろしてもらえないかな? んで、何か身分を証明する物を提示してもらいたい。ないなら、この先にあるサリの街まで一緒について来てもらって、仮の身分証を発行してもらうから」
返答は、ない。かといって、殺り合いたい訳でもなさそうだ。メイド服の女性は別にしても、小柄な女性はほとんど警戒を解いているし。
俺としては、言うことは言った。後はそっちの反応待ちなんだけど……。
「……ピア、下りなさい。この人の言う事に間違いはありません」
「っ! しかし、私達は……」
「いいから、下がりなさい。これは命令です」
「……はい」
ピア、そう呼ばれたメイド服の女性は俺を睨みつけながら後ろに下がる。小柄な女性は長剣を地面に置くと、立ち上がって俺の目の前に来た。
「初めましてヤグさん。ボクはシャラ・デ・アロン。マグリニアル王国管轄八凰騎士団一つ、ニノ団の副団長を務めていた者です」
八凰騎士団。人族が支配する国、マグリニアル王国で最高の軍事力を持つ、騎士団だ。名前の通り八つの団に分かれた騎士団で、所属する団員の練度は高い、らしい。特にその団長、副団長は人離れした実力を持っていると、聞いたことがある。
その副団長が、こいつか。なるほど、確かに噂に違わぬ力を持ってそうだね。
シャラと名乗った女性は一度頭を下げる。俺もカードをしまい、適当に返礼しておく。
「八凰騎士団の副団長とはね。通りで身のこなしが洗練されている訳だ」
「ありがとうございます。ですが、そんなに簡単に信用してもよろしいのですか? あいにく、今は休暇を取っておりまして身分を証明する物は持っていません。国民証なら持っているのですが……」
「んな嘘をつく必要性がないからね。それに、噂で聞いてるからね」
「噂、ですか?」
首を傾げる副団長。成る程、あくまでシラを切るつもりか。
「そ。八凰騎士団の副団長は、どの団もシンジア鉱を用いた武具を使っているって噂。その剣、そうでしょ?」
シンジア鉱は、高い硬度と魔導率を持つ希少な素材だ。それ故に武具に使われるんだけど、八凰騎士団の副団長格は実用性と見栄から皆それを使っている、らしい。
まぁ、シンジア鉱を使った武器を持っている時点でそれなりの使い手である事に間違いはない。高いし、加工できる所も限られてるし。
ちなみに何であの長剣の素材がシンジア鉱だと分かったかと言うと、見た目だ。シンジア鉱の武具は持ち手の魔力に馴染み易いから、見る人が見れば一目で分かる。
「そうでしたか……。優秀な目を、お持ちのようですね」
「大したもんじゃないよ。本当に優秀だったら、調査班なんかやってないしな」
「そんな事はありません。我が国でも、調査班に所属する者は一様に優秀でしたから」
そうかい。ま、世間話はここら辺にしておこう。
本題に、移ろうか。
「んで、だ。何であんたらはこんな所にいるのかな? 私用だってのは分かったけど、マグリニアル王国の人間がイレニア帝国に足を踏み入れるなんて、正気じゃないよ?」
「……昔の知り合いに、会いに来たのです」
「成る程、知り合いにね。でもよく騎士団が許したね。マグリニアル王国の王都からイレニア帝国まで、浮竜便を使っても十日以上はかかる。騎士団の副団長ともあろう人を、そんなに長期間手放すわけがないと思うんだけど」
「……いえ、それは……」
「それに浮竜便を受け入れられる設備が整っている街は、首都かその近辺の大きな街だけ。後は、港町もそうだったかな。けど、マグリニアル王国の浮竜便は受け入れてなかったはずだ。となれば、船で来たとしか考えられない。だけど、船はもっと時間がかかる。それこそ、一月ないと港町には着かないだろう。その港町からここまで、犬車を乗り継いだら……そうだな、二十日以上かかるはずだ。それに、あんたらは今は徒歩で移動している。それ込みで計算すると、あんたは八凰騎士団の副団長の身でありながら、最低二ヶ月は席を外している事になる。公務ならまだしも、ただの私用でそれだけの長期間を与えられる程、あんたらの騎士団は杜撰な管理をしているのかな?」
「…………」
副団長は黙り込み、視線を俯かせる。そもそも、おかしな話なのだ。
亜人が多いイレニア帝国と、人族が支配するマグリニアル王国の仲は最低に悪い。公務ですら、マグリニアル王国の人間がイレニア帝国に来る事はほとんどない。その事情をよく知っているはずの騎士団の副団長が、ただの私用でイレニア帝国に来るはずがないのだ。
ならどうして俺に身分を明かしたのか。きっとこいつは、八凰騎士団の副団長だと正直に言えば深くは突っ込まれないと思ったのだろう。たかが調査班の人間一人、幾らでもあしらえると考えていたのだ。つまり、侮っていた訳だ。
ただ、相手が悪かったね。マグリニアル王国じゃどうか知らないが、イレニア帝国で調査班となる奴はそれなりに“できる”奴しかいないんだよ。
「……で、何の用でここまで来たんだ? 一応、調査班の人間として、報告しなくちゃならないんでね。教えてくれると助かるよ」
「…………」
「黙り込みか? それでもいいが、言ってくれないなら拘束して首都に連れてくぞ?」
「……分かり……」
「シャラ様! そんな男の言うことを聞く必要はありません!」
後ろにいたメイドが、声を荒げて俺たちの間に割り込んでくる。鋭い双眸を獰猛に光らせて、副団長の手を取って距離を取る。
「あらあら、そっちのメイドさんは穏便って言葉を知らないのかな?」
「黙りなさい! この方は調査班の人間が、対等に話をできる方ではないのだ!」
「……困ったね。副団長さん、何とかしてもらいたいんだけど?」
「……すみません」
そうかい。なら、手荒な真似をさせてもらおうかな。
……チリア。メイドの方だけ取り押さえろ。
『アイサー』
了解の声が聞こえる。その直後、メイドと副団長の間から影が飛び出し、メイドの手足を地面から伸びる影が捕まえた。
「なっ!?」
「ピア!」
副団長はすぐに長剣へと手を伸ばすけど、それはさせないよ。
「はい、待った」
「っ!?」
俺は即座に距離を詰め、副団長の横腹に蹴りを入れるが、それはあっさりと防がれる。けど、これで正解。副団長とメイドには距離ができたし、長剣も俺の足元にある。
副団長はすぐに体勢を整えて、俺を睨めつける。剣がこっちにあるとは言え、魔法も使えるだろうし、無手での戦闘方法も知っているだろう。まだ警戒は必要だね。
……けど、その前に横でメイドが喚いて煩いから、黙らせよう。チリア、口、塞いで。
『アイサー。殺す?』
まだ。この子には、人質になってもらう。
『サー』
「むぐぅぅ!」
影がメイドの口を塞ぐ。副団長は僅かに眉を寄せて、メイドを一瞥してから俺に視線を戻した。
さて、これで形勢は完全に俺のものになった。とはいえ、副団長なら簡単に降伏してくれるでしょ。元々、話してくれるみたいだったし。
「副団長さん、どうする? 殺すつもりはないけど、そっちがやる気なら間違って殺しちゃうかもしれないよ?」
「…………」
「黙りは止めてもらいたいね。こっちもここに長居したくないんだよ。メイドさんが騒いだから、魔獣が寄ってきちゃうし」
これは嘘。普通なら寄ってくるけど、チリアの部下が周りを囲んでいるから問題ない。彼らは優秀だ。
膠着状態から十数末。副団長は観念したのか、体勢を解いて息を吐いた。
「……分かりました。お話します。ですから、ピア……そのメイドには手を出さないでください」
「その答えを待ってたよ。拘束は解けないけど、傷一つ付けないと約束するよ」
副団長は黙って両手を出す。俺が命令を出す間もなく、その両手首を繋ぐように影が纏わり付いた。
ジッと、副団長は両手を繋ぐ影を見つめる。
「……あなたはおかしな魔法を使われるのですね。拘束魔法に、このようなものは無かったと思いますが」
「ちょっと特殊でね。簡単には明かせないよ。君と違って、俺は用心深いから」
「……耳が痛いですね」
副団長は苦笑する。頭はそこまで悪くないようで、何よりだ。
「さて、それじゃお話をしようか。ここじゃなくて、あの街でね」
「……はい。お願いします」
メイドはうーうー煩いけど、副団長が従う様子を見て大分大人しくなった。俺は副団長の元へ足を進めようとして、
ーー視界の端に何かがチラリと光って、
「ーーっ!?」
俺は腰の刀を抜いた。