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調査班のお仕事の一つ

ページを開いていだだき感謝です。

あらすじにある通り、更新は不定期です。



「そこの君、ここは立ち入り禁止区域だよ。今すぐ帰るか、立ち入り許可書、或いはAクラスギルド員だったらカードを見せてもらうよ」


木々が立ち並ぶ鬱蒼とした森の中。俺は目の前にいる全身血だらけの男にそう言った。


男は二十代前半くらい。胸と足、そして腕に纏っている鎧はボロボロに壊れ、その下に覗く服は真っ赤に血で染められている。まさしく敗残兵、みたいな無様な風態だ。


男は俺の声で俺の存在に気がついたらしく、片足を引き摺って、多分走って俺の元まで来た。


「た、たのむ! 助けてくれ! 俺のパーティーメンバーは全員食われちまった! 俺をここから帰してくれ!」


何とも惨め。てか、足に縋り付くのは止めてもらいたいんだけど。服が汚れるし。


「頼む! もうそこまであいつが来てる!」


「はいはい。助けるからね。その前に、君のカードを見せてくれる?」


「ふ、ふざけんな! そんなのは後でもできんだろ! そこまで魔獣が来てんだぞ!」


「はーいはい。大丈夫だからねー。まず君の身分を証明してくれないとこっちも困っちゃうんだよ」


「馬鹿かお前は! 死にてぇのか!」


「はぁ……言い方があるよね、普通」


助けてもらおうって人にその言葉遣いは如何なものかね。ここで俺が見捨てるっていう選択肢がある事を、忘れてない?


まぁ、職務上それはできないんだけどさ。鬱憤は解消させてもらおう。服も汚れたし。


「まず、君は犯罪者って事を分かってる? ここは特別に許可が下りた人か、Aクラスの資格を持つギルド員しか立ち入りが許可されてない所なの。無許可でここに立ち入った時点で、君は侵入違法の罪を犯しているんだよ? そして無闇に魔獣を刺激して付近の街を危険に晒す行為、これはギルド規定にも反するし、反逆罪にも問われる立派な罪だ。君にその意思がなくてもね。そして極めつけが他者にその危機を擦りつける行為。イレニア帝国に住む以上、これが何を意味するか、分かってるよね?」


「う、うるせぇ! お前が黙ってりゃ済む話だろうが!」


「残念だけど、俺も一応国に属する者だからね。犯罪は見逃せないよ」


本当に一応だけど。上司は王族だから、多少は真っ当に職務をこなさなくちゃならないんだよ。この国に住む者としてね。宮仕えは辛いね。


そんな事を考えている間も喚き続ける男。言っても聞かないみたいだからしょうがない。顎を蹴り上げて黙らせて、地面に寝かせた。同時に、頭の中に声が響いた。


『そっち。行く。大きな猿』


はいはい。お前もお疲れ。そろそろ戻っておいで。荷物ができたから一回帰るよ。


『アイサー』


アイサーって……誰から習ったんだそんな言葉。ってか言葉? どういう意味なのさ。


普段は出しっぱにしているから、チリアの行動範囲は広いんだけどさ。俺の所にいない時はどこに行ってるか分からないから、何を見てきてるのか知らないんだよね。


チリアの謎は深まる。まぁ、それはさて置き、


「んじゃ、こっちも処理しようか」


腰に真横に差してある刀を鞘から抜く。と、示し合わせたようにそいつは現れた。


目の前に広がっていた木々が、喧しく薙ぎ倒される。けたたましい音を立てて姿を現した、人の二倍はある体躯を持つ猿は、真っ赤に血走った瞳で俺を射抜いた。


ギガリアバック。灰色の毛皮を持っていて、丸太みたいな腕と長い足が特徴の猿。その腕力は今みたいに、木くらいなら簡単に倒すことができる。持続的な俊敏さは欠けるけど、高い跳躍から繰り出される拳は地を割る。知性は低くて、脳筋だけど。


ギルドだとBクラスが複数人で討伐が推奨される魔獣だ。つまり、俺の敵じゃない。てか、この阿呆はどこまで潜ったんだ。こいつは、こんな浅い所にはいないはずなのに。


ま、詳しい事はこの阿呆から訊けばいいか。まずはこの猿を、処理しないとね。


「ってことで、お帰りくださいな」


猿が俺の声に応えるように吼える。酒を飲みすぎて吐いた時のジジイみたいな声を大きくしたような、そんな鳴き声だ。端的に言えば、うるさい。顔も声も汚い猿は、両方の拳を地面に叩きつけて地を割ると、砂埃を撒き散らしながら飛び上がった。


低脳のくせに真正面から向かっては来ないみたいだ。飛び上がった速度は一般的なギルド員には見切れないだろうし、加えて砂埃と地を割る腕力は注意をを逸らさせる、いい道具だ。気を取られて、余計に見失う要因になるだろうね。


あくまで、一般的なギルド員には、だけど。今回は相手が悪かったって事で。猿には退場してもらおう。


刀を自然体で構えて、視線を上空にいる猿へと向ける。後はそいつに向けて、刀を振るだけ。そうすると、次の瞬間には猿は真っ二つに斬れている。


血を垂らしながら落下する猿だった物は、ほぼ同時に地面に落ちる。元がデカイから、落ちた時の音もうるさい。結局、死んだ後もうるさい奴だったね、こいつは。


『お見事。天晴れ』


はいはい。ありがとね。てか、どこから見てたの?


『部下の目です』


便利だね、その能力。ミヤは一緒?


『明察』


『ヤグさん、今そっちに向かっています』


そ。んじゃ、森の出口で合流。荷物が一つあるから、一回帰るよ。


『了解』


『はい』


二つの声が消える。さて、俺もこれを持っていかなくちゃね。


「はぁ……身包み剥いで置いていきたい」


しかし、そういうわけにもいかない。男の襟首を掴んで持ち上げると、俺は約束の場所へ歩き出した。



イレニア帝国管轄魔獣生息区域調査班。俺の所属しているこの部署の仕事は、調査班ごとに割り当てられた区域を定期的に調査して異常がないかを報告する事だ。


正直、この仕事は危険でしかない。その分給料は高いが、死とは常に隣り合わせになるし、力と運が味方していないと行って帰れなくなる事もある。現に、去年全部で十二番まである調査班、総勢百人のうち十五人が死んだ。当然人気がなく、自ら調査班へ就労する者はいない。調査班になる奴は、全員が強制的に国から引き抜かれた奴らだけで構成されている。


もちろん俺も。元はギルドに属していたけど、三年前に国に命じられ、調査班の一員になった。平穏な日々が、終わりを告げたのだ。


ま、それは別にいいんだけどね。個人的な事情で、俺の調査担当区域、『真理の森』には何年も住んでたし。気分的には、我が家に帰ってきた気分に近いし。


かれこら三年は続いてるこの仕事に、問題は特にない。面倒な仕事、という事以外は。



「はい、それじゃお願いします」


『真理の森』から一番近い所にある街、サリ。イレニア帝国領に存在する数多の街の中でも一、二を争う規模のこの街には、ギルド『ガウゴクス』の支部がある。男の懐を勝手に漁って探り当てたカードには、この街で登録したと書いてあった。非常に面倒ではあるけど、保護した以上連れてこないわけにはいかない。


外はもう陽が暮れている。受付の女性に身分を明かし、上の人に取り次いでもらう旨を伝えたところ、二階の部屋に案内された。もちろん、気絶したままの男を引き摺って。俺の肩書きにビビったのか、或いはこの男の扱いにドン引きしたのか、受け付けてくれた女性や一階にいたギルド員は黙りながらも視線をこっちに向けていた。


ズルズル、ズルズル。案内を拒んで二階へ。そしてギルド長の部屋の前に辿り着いて、ノックをした。


「どうぞ」


「失礼するよ」


扉を開け、中に入る。部屋の中は酷くこざっぱりしていた。無駄な物がない、と言おうか。あるのは机と書庫、後は応接用の長椅子くらいだ。窓のカーテンは閉めきっていて、代わりに天井からは灯りの魔石が埋め込まれた照明具が吊るされていた。


ここに入るのは久し振りだけど、少なくとも前はもっと散らかっていたはずだ。ギルド長のジーア、彼女はドワーフなんだけど、片付ける才能が逆方向へかっ飛んでいたからね。ギルドの事務員の間では、ゴミ溜めとか言われてたし。


そんな事を考えていたのが伝わったのか、机に肘をついて座る少年、ククリアは青い瞳を宿す垂れ気味の双眸を細めて苦笑した。


「すみません、今ギルド長は出張中でして」


「あぁ、だからか。君が整頓したのね」


「はい」


長身で細身、そして青くサラサラの髪が特徴の十八歳の少年。それがククリア・ファラウだ。彼は十五の時から事務員としてこのサリ支部で働いていた。一応その時から面識はあるし、彼が俺が引き抜かれたのと同時に、副ギルド長へ就任したのも知っている。僅か一年足らずの経験を経ての昇進だったけど、それだけ有能だったって事だろう。


しかし、彼は異常なまでに綺麗好きなのだ。


この部屋も、彼が掃除したのだろう。前々から、掃除したいんです、と愚痴ってたし。まぁ、念願叶って何よりだ。ジーアさんが帰ってくるまでの僅かな時間だろうけど。


なんか会った時よりズタボロになった男を脇に捨て置いて、俺は長椅子に腰を下ろす。ククリアは、何とも嫌な視線を寝そべる男に向けていた。


「あれ、君のとこのギルド員だからね? んで、俺が来た要件も分かってるでしょ?」


「はい。既に情報は頂いています。何でも、『真理の森』に無断で立ち入ったようで」


「そ。んで無様にも俺に助けを求めて、仕方なく助けたの。一応、彼に仲間がいたみたいだけど」


ククリアは頷く。


「確認しています。他に三人、Dクラスのギルド員と彼はパーティーを組んでいました。『利の探求』というパーティー名だったようですね」


「ははっ。滑稽だね。利益を求めすぎて身を滅ぼすなんて、身の程を知るいい機会になったんじゃない?」


まぁ、阿呆は学習しないから無駄か。そう続けると、ククリアは苦笑いを浮かべた。


「ヤグさんのそれは変わってませんね。最後にお会いしたのは三年前でしたか」


「だね。ここの担当になってからは長いけど、中々ギルドに来る用事もなかったし。あっても、下で済む話だったからね」


「ギルド長も会いたそうにしていましたよ。また手合わせしたいと、たまにボヤいていましたから」


「勘弁だね。俺とジーアさんが本気でやり合ったら、面倒事しか起きないよ」


ジーアさんは元Aクラスのギルド員だ。小柄な体で大斧を自在に操り、卓越した身体強化の魔法を使う。何度か手合わせはした事があるけど、素早い動きで途轍もなく重い連撃を叩き込んでくるから、何ともやり辛い相手だった。


ちなみに、俺の最終クラスはB。ギルド員の階級はEからAまであって、その上に『名持ち』がある。『名持ち』に関しては化け物しかいないから考えるのは無駄として、俺もそこそこいいとこまで行っていたのだ。


ギルドでは一般的に、Cクラスから一人前とされる。Bクラスは熟練者、Aクラスは人間を一歩辞めかけた程の実力の持ち主とされている。そしてAクラスのギルド員には特別な権限として、手続きを踏んで認められれば国から兵を借り出すこともできる。階級を上げるには力も必要だが、それ以上に知識と信頼が必要になってくるのだ。昇級試験で重要視されるのは力ではなく、むしろ普段の態度や達成した依頼内容の評価。ギルドは国営だから、そういった面が重んじられるのだ。


ただ、ここはイレニア帝国。力が正義のところがあるから、その限りじゃないけど。


「ま、ジーアさんには今度また改めて会いに来るよ。ここには暫く入る予定だしね」


「……それは、何か異常があった、という事ですか?」


ククリアは神妙な顔つきになる。まぁ、調査班の人間が長期滞在するってなったら、そう推測するのが普通か。


「それは言えないよ。職務上の機密でね」


「……それは、そうですね。立ち入ったことをお聞きしました」


「ま、必要だったら協力を求めるから、宜しくね」


それより、と俺は転がる男に目を向けた。ククリアも、背を正す。


「ククリアも承知の通りだと思うけど、今回の問題はギルド員の侵入違法だ。もちろん、細かい事は抜きにして、だけど」


「その件につきましては、後日正式に謝罪文を王宮の方へ送ります。そして処分についてですが……」


「あー、そうだね。この阿呆はギルドからの登録抹消、んで奴隷落ちで強制労働がいいとこでしょ。もちろん、私財は没収。利を探求した結果はめでたく国庫行きだね」


まぁ、その前に治療が先か。でもその治療代もこいつ持ちだから、強制労働で稼いだ金は全部そっちに送られるんだよね。自分を買い直せる日は……まぁ、生きている間は無理だろうね。


死刑にならなくて良かったと思えばいいのか、または死ぬまで働かされる苦しみを味わい続けるのを正解とするのか。決めるのはこいつだけど、同情はできないね。自業自得だし。


ククリアは苦い顔をしているけど、何もこいつの心配をしているわけじゃない。むしろ、ギルドの癌が減って良かったと考えているはずだ。今、ククリアが気がかりなのはギルドの事だ。


「んで、このギルドへの処分についてだけど」


「……はい」


ギルド側の落ち度として、ギルド員の管理不足、そしてギルド員に正しく教育ができていたのか、だ。


ギルドに入って最初に教えられるのは、最低限の規則だ。ギルドに入るのにも実力試験と筆記試験が必要だけど、それをクリアしたとしても再度確認しなくてはならない事もある。


その最低限の規則の中に、立ち入り禁止区域の事もある。


「『真理の森』は原則としてAクラス以上の資格を持つギルド員か、街の領主とギルド長、副ギルド長、更に調査班の人間一人の許可が下りなければ立ち入りができない場所だ。理由は、分かるよね?」


「……必要な知識と力を持たない者が不要に立ち入り、魔獣を不用意に刺激しないように、です」


「だね。幸いにしてこの街には十分な防備があるから多少は目を瞑れるけど、他の街はそうもいかないからね。一律、そういう規則が出来上がってるの」


ククリアもそんな事は知っているはずだ。だけど面倒な事に、調査班の人間として再確認しなくちゃならない事でもある。


「既に最初の報告文は首都の王城に送ってる。だから後は、ギルド内部の聞き込み調査が必要なんだけど……」


俺はそこで言葉を区切って、服の内ポケットから折り畳んである紙片を取り出した。


「これ、何だと思う?」


「……紙、ですね。そこそこ上質な物だと、見られますが」


「そ。これは何も書いてないただの紙。けど、君とギルドの職員数人が署名して、後は俺がちょちょっと手を加えるだけで責任がこの阿呆に全部いく、魔法の紙にもなる」


当然、君達には口を噤んでもらう必要があるけどね、と付け加えると、ククリアは眉根を寄せた。


「……あなたの立場が悪くなるのでは?」


「はっ。この国で俺の仕事に文句を言える奴は、王族だけだよ」


『真理の森』は数ある調査区域の中でも特に危険な場所だ。そこを俺一人で、そしてもう三年も調査を続け、今までに問題を起こしていない。国の奴らも、俺が別の国に亡命すればどれだけ損をするのかは理解しているのだ。


俺以上の代わりを見つけようと思うと、それだけで何年かかるか分かったもんじゃない。自画自賛だ。だが、事実だ。


だから、多少のおイタは許される。やりすぎは駄目だが、この程度なら問題はない。


「ってことで、これに署名宜しく。上から適当に名前書いてくれれば、後はこっちで何とかするから」


「……助かります。ギルド長が不在の今、あまり問題は起こしたくないので」


「俺も世話になった礼があるからね。これくらいは目を瞑れるよ」


さて、と俺は手を打ち、長椅子から立ち上がる。ついでに、紙をククリアに渡しておく。


「とりあえず、俺はこれで失礼するよ。また二日後に来る。それまでに、それ、宜しくね」


「もちろんです。感謝します」


「二度がないように、お願いね」


俺は踵を返してから手を振って、部屋を出た。

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