92 悪夢の見かた
静まり返った夜の空気の中、タテヤの寝るテントの周囲に闇夜に紛れ男達が集まって行く。
ひそひそ声で話している様だがそれなりに薄い生地の為中にも声は届く。
声に釣られタテヤはうっすらと意識を浮上させながらなんとはなしに聞き続ける。
……おい、本当にここに寝てるのか?
ああ、確認した奴が居る。確かにここに寝てるらしい。
それにしても街の外とはな、思い付くか普通。
理由があったんだろうさ。……で、どうする?
決まってんだろ、やるしかねえ。
そうか。よし、開けるぞ……っ!
そこまで聞こえた所でテントを斬られては買い直すのが面倒だと言う思い入り口を開ける。
「んー……、なんだ一体」
「「「「「「「「「なんかはだけた服装で出て来た!?」」」」」」」」」
微妙な睡眠時間のせいで寝ぼけた頭のままテントの外に出て行く。
その時に装備を付けるのを忘れて居たのだがそれよりも格好に驚かれた。
ああ、横着して着替えるのをしなかったら思いの外暑くてボタンを外したんだったか。
その結果何故かリアル世界の体形がそのまま出ている状態になっている。
見ろよこの幾ら鍛えても筋肉が付かない身体をよお!
眠気のせいか若干不機嫌になりつつそんな事を考えながら歩いて行く。
「で、今度の夢の続きはなんだ…… 餅つき猫と学校鬼ごっこか、はたまたカンガルーと殴り合いか、それともバケツと水の被り合いか?ああ、噛み付きハサミとのギターの演奏会もあったなあ……、で、これはなんだ?夢の中でまで戦えってか?」
『えっ』
「……ぐぅ」
『えぇー……』
いかん一瞬意識が落ちた。
目を不機嫌そうに歪めながらふらふらと前後に身体を揺らすこちらを見て目の前の連中が集まって相談をし始める。
「おい、魔王様完璧に寝ぼけてねえか」
「マジかよ……。え、どうすんのこの空気」
「闇討ちとか言ってられる空気じゃ無いなこれ」
「え?俺士官に取り立てて貰う為だって聞いてたんだけど」
「魔王と戦えるって聞いたんだが」
「自分は単に話してみたかっただけなんだけど」
「こっちはギルドホームに誘って来いってギルマスが言っててな」
「ウチは装備関連で世話になった宴会するって言うんで誘いに来たんだけど」
「魔王様に詫びの品届けて来いって言われて来たんだが」
「弟子入りがしたくて来たんですけど……」
『あれ?』
「ん~…、全員と戦えば良いのか?」
『それはもう少し待って下さい』
寝そうなんだけど。と言うか寝て良いか、俺。
今度は色々と言い合いが始まった様で俺の方はちらちら見ている為寝れそうにない。
さっさとこんな夢は終わって欲しいんだけどなあ。
いつもであればログアウトをしている為に装備を付けているのだが寝る為に外していて寝ぼけていたと言うのもあり無手のまま夢うつつの状態で立っていた。
そして何もして来ない『夢』の連中に対して苛立ちを覚え始めていた。
ああ、これは悪夢だと。だから立ったまま待たされているし、何も言って来ないのだと。
なのでこちらから行動を起こす事にした。
「とりあえず全員消せばこの悪夢も終わってスッキリと寝れるよな?」
『えっ』
回らない頭のままメニュー欄を開きPvP申請の設定を整えて行く。
夢の中とは言え随分と似ている様だ。
そうして設定し終えれば目の前の連中に対して送り付ける。
「後で聞くから戦ったら寝かせろ」
『は、はい……』
≪PvPが承諾されました。戦闘が開始されます≫
即座に戦闘が始まった。
その後の事はよく覚えていない。
困惑している夢の中の連中の一人に対し走り寄れば困惑した様に武器を振り下ろして来たのでそれをサクッと避けてゲーム内でいつもしていた職務投棄を口で唱えてアッパー気味に腹目掛けて振りぬけば遠くの壁にめり込んで動きが止まる。
それを見て顔が引き攣っている奴が真剣な表情で斬りかかってくればそれを紙一重と言った所で避け続けて行く。
相手の目が驚愕に見開かれるが剣速がなんだか遅いのは気のせいだろうか。
きっと先生の攻撃を受けたり兎の体当たりとか投擲系の攻撃を食らったせいで目が慣れたかな?
そんな事を思いながらも目の前の人を思い切り殴り飛ばせば壁に刺さった。
次の人は槍を使っているが三叉槍であり、その横の人は十字槍を用い、更にその横には先端が十手の形に尖っている槍を持った人が居た。
先程闇討ちとか聞こえた気がするのはこいつ等だったような気もする。
が、それを気に出来る程頭も回っていない為夢だからと思い躊躇なく飛び込んだ。
突き、振り下ろし、薙ぎ払いとやってくるが見える範囲で刃を手で掴んだりして逸らして行く。
何故か相手の顔が泣きそうになっていたのだが夢の中でも怯えられるのかと悲しくなった。
ただ安眠を邪魔する夢は許さないので思い切り殴り飛ばし、めり込ませていく。
列に合わせる様に壁にめり込ませて行けばもう5人分になった。
「戦うつもりは無いんですよ!起きて下さい魔王様!」等と言ってくるのが数名居たが君達がいるせいで私の安眠は妨げられているんですよ?と思いながら挑みに行く。
「ダメだ!寝ぼけてるから言葉が通じない!」と叫ぶのが居るがそもそも悪夢の内容は君達だろうと思っているのだ。それにしては妙に感触が生々しかったり意識がはっきりしている気もするが明晰夢と言う奴なのだろう。
しばらく追いかけまわしたりしながら最後に蹴り上げる。
『とんだ使いっ走り引き受けちまったなぁーっ!!!』新たに数名が打ち上げ花火となった。
気付けば悪夢の原因も残り一人。
侍みたいな着流し姿でこちらをじっと見ていた。
腰には長剣が二本結わえられており背には大剣を背負っていた。
こいつがラスボスらしいと思い気を引き締める。
「剣で」
「ん?」
「剣で、戦ってもらっても良いだろうか」
「んー……、貸してくれ」
「承知した」
どうやら俺の夢の中では刀は使って来ないらしい。
妙にゲーム性に似てるなと思いながらもラスボスが聞いてきたので受ける事にする。
この試練に勝ったら寝れるんだろうな?
背の大剣を地面に差し腰から長剣の一本を鞘ごと抜いて渡して来るのを受け取り長剣を抜く。
お互いに大剣を目印として数歩離れる。
何故かはわからないが同時に鞘を横に投げ、それが草の上に落ちた瞬間から斬り合いが始まった。
お互いに致命傷はまだ無い。
どうやらゲーム的にHP等があるらしいがそれも関係している様だ。
とは言え掠れば痛みもあり、面倒だと思う他無かった。
しかし長剣を使っていると言うのに互いの剣がぶつかり合う事も無くまるで刀同士の斬り合いの様になっている事におかしみを感じる。
飛んだり跳ねたり。剣すれすれに体を合わせて避けたり。
流石はラスボスと言いたい動きを相手がして来たのでこちらも次第に熱が入る。
しかし戦いは唐突に終わった。
なんとなく真剣白刃取りをしてみようとしてみようとした結果成功したのだ。
ラスボスが切り上げを放って来た所に片手を離して掴みに行った所成功してしまった。
そこで一瞬驚愕の表情をした相手をさらに追い詰めるが如く長剣を放り投げる。
ラスボスはそれを見て目を細めた後にこちらを向いて両手を広げ迎え入れる様な姿勢になった。
「ラスボス、貴方は強かった。だからこそ、俺は、寝るっっっっっ!!!」
掛け声に合わせ職務投棄を発動させ振り下ろし脳天から唐竹割りに軌跡が通った。
最後の叫びを聞いてラスボスは困ったように笑うと光と共にHPバーが無くなって行き俺の手から長剣も消え去って行った。
この時点で意識が落ちないのが不思議だったが後ろを向けばテントが見えたのでそちらに向かい再び寝転がった。
おかしな夢を見たものだと思いながら。
妙にリアルだったけど、気のせいかな……?
まあ、多分気のせいでしょう。
その後戦闘の様子を録画していた者達は魔王の寝起きの悪さに震え上がったらしい。
本人はそれを知る由も無かったが。
寝ぼけました(大惨事




